第3話
「うわー、俺、まともな朝飯食うの久しぶりだわ。ありがとう、おばさん」
翌朝、俺は早々にやらかしてしまった。
うちは両親が共働きなので、ほとんどが宅配食。朝食は冷凍ピザを食べたり食べなかったり。家庭料理に飢えていたせいもあったのだろう。専業主婦であるタスク母が台所に立って料理をしているだけでテンションが上がり、「早く食べて学校に行きなさい」とばかりに用意された朝食――湯気の立つ味噌汁に半熟の目玉焼き、ほかほかの白飯に焼き鮭、きんぴら、酢の物、納豆といった小鉢のおかずが三つ――を見た瞬間、思わず素の自分が出てしまった。
「そんなの、いつも食べてるでしょ」
タスク母に怪訝そうな顔をされて、俺は慌てて席についた。
「ター君、そこはパパの席よ」
そういえばそうだったね、という顔をして隣の席に移動する。
――うわっ、俺の茶碗すげぇ大盛。
嬉しいけど食えるかな……あ、余裕そう。
やっぱタスクの身体すげぇわ。飯がどんどん入る。
中身が入れ替わったことがバレないよう、余計なことは喋らず、食事が終わると、空になった皿をシンクへ持っていく。身についた習慣とは恐ろしいもので、当たり前のように汚れた皿を洗っていると、
「ター君、どうしちゃったの? 後片付けなんて、前は全然しなかったじゃない」
甲高いタスク母の声に驚いて、危うく皿を落として割るところだった。
――タスクの野郎、学校じゃ何でもできますって顔しやがって、家じゃどんだけ甘えてんだ。
「っていうか貴方、お皿の洗い方なんてどこで習ったの?」
「……母さんのやり方見て、真似しただけだよ」
自分でも苦しい言い訳だと思ったが、タスク母は別のことに気を取られているようで、
「母さん? タ―君いつからママのこと『母さん』なんて呼ぶようになったの?」
ショックを受けたように俺のことを見ている。
――おいおい、嘘だろぉ……。
そんな傷ついた顔をされても、これだけは譲れないとばかりに俺が口を噤んでいると、
「好きに呼ばせてやりなさい。タスクだってもう高校生なんだ。世間体を気にする年頃なんだよ」
タスク父が見かねて助け舟を出してくれる。
さすが大会社の社長、分かってらっしゃると俺が頷いていると、
「さあ、タスク。そろそろパパの車で学校へ行こうか」
お前もかっ、と若干裏切られた気持ちでタスク父から距離をとる。
そいえばこの両親、生まれた時から一人息子であるタスクを溺愛し、甘やかしていた。
俺の両親とは大違い。
ずっと羨ましく思っていたが、いざその立場になると、なんか居たたまれない。
それはきっと、俺が彼らの本当の息子じゃないからだろう。
「父さん、悪いけど俺、今日から電車で登校するよ」
やんわり断れば、タスク父の顔が凍り付いたように固まる。
続いて、
――おいおい、大の大人が涙目で子供を見るなよなぁ。
車内でタスク父と二人きりなんて怖すぎる。
ストレスで胃に穴が開きそうだ。
「じゃ、行ってきます」
心を鬼にして、捨てられた子犬のような顔をしているタスク父に背を向け、玄関へと急ぐ。後ろから「パパ、泣かないで。あの子、きっと思春期なのよ」と、タスク母の優しい声が聞こえてきた。
「そうだな、俺達は親として、あいつの成長を温かく見守ろう……でもパパ、寂しい」
「……ママも寂しい」
絵に描いたような子煩悩で優しい両親。そんな彼らに息子を返せと責められているような気がして、俺は逃げるように家を出た。
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