第2話


 よくネットでトラックに轢かれて異世界転生する主人公の話を熟読したものだが、まさか自分も車に轢かれるとは思ってもみなかった。両親には悪いことをしたが、猫を助けて死ぬんだから、きっと俺も異世界に行けるはず。


 そう思っていたのに、目覚めると、俺は病室にいた。

 どうやら運よく助かったらしい。


 きっと日頃の行いが良かったんだなと思い、ボケっとしていると、


「タスクっ、良かった、目が覚めたのねっ」


 綺麗なお姉さん? いやおばさんか? が駆け寄ってきて俺の顔を覗き込んでくる。


 なんか見覚えのある人だなと思ったら……思い出した、タスクの母親だ。


 ってか今、俺のこと、なんて呼んだ?


「心配したのよ、ママ。ター君が学校の階段から落ちたって聞いて」



 ター君! なんだ、タスクの野郎。高校生にもなってまだ母親にター君とか呼ばれてんのか。

 いやいやいや、今はそんなことで奴を馬鹿にしている場合じゃない。


「すぐに看護師さん呼んでくるから、大人しくしてなさい」


 その後、看護師がやってきて、脳に異常がないか等の検査をした。

 俺は検査の間中、この状況を理解しようと必死だった。


 異世界転生は果たせなかったものの、どうやら俺は志伊良タスクと入れ替わってしまったらしい。俺が交通事故に遭ったまさに同じ時間帯に、タスクも階段から落ちて頭を打ち、意識不明になってしまった。そして俺と同じ病院に運び込まれたと。おそらくそのせいで意識? もしくは魂が入れ替わってしまったのだ――あとになって考えてみれば、完全に中二病的思考の解釈だが、少しでも冷静になるために無理にでも自分を納得させる必要があった。ただでさえ事故に遭ってパニクってたから――と俺は勝手に結論付けた。


 となると、気になるのは俺の身体が今どうなっているのか、だが……。


「草士君? そういえば同じ病院だったわね。退院する前にお見舞いに行きましょうか」


 大きな怪我もなく、脳に異常も見られないというので、俺(タスク)はあっさり退院することになった。帰る前に俺(草士)の病室に立ち寄ると、昏睡状態で生命維持装置に繋がれている俺(草士)――なんかややこしいな――がいた。


 ――うわぁ、マジか。


 こうしてあらためて自分の身体を見下ろしていると、本当に入れ替わってんだなぁと実感する。目線が高いし、髪の毛はサラサラで手入れしやすいし、女性の看護師さんがやたらと親切にしてくれるし、ただ鏡を見るたびにそこにタスクがいて、びくっとはするけど。


 ――なら、俺(草士)の中にいる本物のタスクは今眠ってるってことだよな。


 なんの確証もないので完全に推測だが、そう思うことにした。

 じゃないとまたパニックになりそうだ。


 ――ってか、親父もお袋もいねぇし。こんな時まで仕事かよ。


 中学校受験に失敗して以降、両親の期待が優秀な弟に移ってしまったとはいえ、地味にショックだ。弟には過保護でも、俺に対しては完全に放任主義。それでも努力して公立の有名な進学校に合格したものの、両親の関心を取り戻すことはできなかったようだ。


 ――これで死んだら完全に親不孝ものだよな。


 どうすれば自分の身体に戻れるのかと悩んでいるうちに、


「さあ、ター君、帰りましょう。草士君が気の毒すぎて、ママ、もう見ていられないわ」


 タスク母に手を引かれ、強引に運転手付きの高級車に乗せられてしまう。


 家に帰り着くなり「夕飯ができるまで休んでいなさい」と自室に押し込まれたものの、ベッドに横になっても一向に眠気は襲ってこなかった。そりゃそうだ。だってここは俺の家じゃないし、俺の部屋でもない。当然リラックスできるわけがない。


 ――けど、ガキの頃はよく遊びに来てたよな。


 お菓子食ってジュース飲んで、漫画読みながらゲームして、楽しい思い出もそれなりにある。今のタスクは爽やかスポーツマン系のいけ好かない野郎だが、昔のあいつはゲーム好きの根暗で、いい奴だった。この状況を利用すれば、タスクにいくらでも恥をかかせることができる――例えば全裸で登校するとか、甘神の前で脱糞するとか――ものの、俺は何もしないことに決めた。


 そんなことをしたところで、甘神が俺(草士)を好きになるわけがないし。

 余計に自分が惨めになるだけ。


 ともあれ、明日から学校だ。


 外見はハイスペ高校生でも中身は陰キャの俺――無理ゲーにもほどがある。いっそこのまま学校へは行かず引きこもってしまおうか。しかしタスク母にはガキの頃、よく晩飯食わせてもらった恩がある。あんないい人を悲しませるのは気が引ける。


 ――そういえば、タスクは階段から落ちて頭を打ったんだよな。


 だったら記憶障害路線でいこう。色々と記憶がぬけ落ちているせいで性格まで変わってしまったことにしよう。これならタスクのふりをしなくてすむ――というよりできないしなと、俺は安心して目を閉じた。




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