ハイスペ幼馴染の彼女は俺のことが好き
四馬㋟
第1話
「
華奢な身体つきに色白の肌、同じ高校二年とは思えないほど彼女は小柄で、弱々しく見える。けれどいざという時、その小さな身体が驚くような力を発揮することを、俺は知っていた。
彼女の大きな目を見て告げると、色白の肌がほんのりと赤く染まる。美少女とはいえ、女子高に通っているから、きっとこういうシチュエーションには慣れていないのだろう。こんなモブ顔の俺でも、少しくらい意識してもらえるんじゃないかと期待したのは一瞬だけ、
「……ごめんなさい、私、今交際している人がいるので、貴方とはお付き合いできません」
うん、知ってる。
知ってて告白した。
彼女のことが好きだから。
そして彼女が付き合っている男が浮気者のクソ野郎だから。
俺だったら絶対に浮気しない、彼女のことを一途に想って、大切にするのに。考えれば考えるほど無性に腹が立って、休日、保護猫カフェでボランティアをしている彼女を待ち伏せし、半ば自棄になって告白した結果、見事に玉砕したわけだ。
「ですよねー、俺のほうこそ、困らせてごめん」
――振られるって分かってて、何やってんだろ、俺。
恥ずかしいやら悔しいやらで居たたまれない。今にもここから逃げ出したい気分だ。いっそ全力疾走しながら叫んでやろうか。という諸々の感情を押し殺し、俺は男らしく頭を下げると、くるりと彼女に背を向けた。後ろで彼女が何か言っていたような――俺のことを引き留めようとしているような声が聞こえたが、ショックのあまり耳に入ってこなかった。
真っすぐ家に帰ると、部屋に駆け込み、失恋ソングを大音量でかけながら泣く――つもりだったのだが、不思議と涙は出てこなかった。ただ「馬鹿なことしたな」という後悔と、「もうあの猫カフェには行けないな」という深い悲しみだけが残った。
俺の名前は
――いくらクソでも、俺みたいなモブが志伊良しいらに勝てるわけないじゃん。
少し前まで地味で目立たないグループにいたくせに、一気に華やかなメジャー入りを果たしたタスクは次第に傲慢になっていった。俺が奴から離れたのも、奴に見下されていると感じたせいだ。女子生徒に対する態度も露骨で、美人や可愛い子には親切にするが、それ以外の女子にはとことん冷たかった。それなのに金魚の糞みたく奴に付きまとう女子達の気持ちが俺にはさっぱり分からない。
奴はとにかくモテた。クラスの女子八割が奴に告白して振られていたし、他校の女子に出待ちされるのもしょっちゅうだ。道を歩けば見知らぬ女子に声を掛けられ、電車に乗れば黄色い悲鳴とともにシャッター音が鳴り響く。あいつが少しでもいい奴だったら多少なりとも同情したかもしれないが、小学校時代、幾度となくいじめから守ってやった幼馴染のことを馬鹿にして見下すような奴なので、俺はあいつを見るたびに心の中で中指を立てていた。
――イケメン滅びろ。
高校二年の春、そんなモテ男に彼女ができた。彼女の名前は甘神連珠。私立の女子高に通う清楚系美少女で、休日は保護猫カフェでボランティアをしている。珍しいことにモテ男のほうが彼女に惚れて告白したらしい。常にタスクに群がっていた女子達は躍起になって甘神の粗探しをしていようたが、どうやら徒労に終わったようだ。
彼女達の情報によれば――いつも教室で大声で喋っているので嫌でも耳に入ってくる――甘神は帰国子女で小学三年生までアメリカのナショナルスクールに通っていたらしい。両親は共に外資系の商社に勤め、日本に戻ると三十階建てのタワーマンションの最上階に移り住み、一人娘を中高一貫のお嬢様学校に通わせているというわけだ。
その上、特進科のクラスに在籍するほど頭も良く、美人であることを少しも鼻にかけない真面目な性格で、動物を愛し、ボランティア精神にも溢れている。そんな彼女に恋い焦がれる男の一人や二人、いや、十人や二十人、いてもおかしくはないだろう。かくいう俺も、その一人だ。
だからこそ、彼女がタスクと付き合い始めたと知った時はショックだったし、絶対にあの顔に騙されていると思った。もしくはよほど男を見る目がないか――それでも彼女が幸せなら、涙を飲んで祝福しよう。そう思っていた。あの現場を目撃するまでは――。
ある日の放課後、忘れ物を取りに教室へ戻ると、タスクが同じクラスの女子とキスをしていた。クラスで一番可愛いという評判の女子――しかし甘神の足元にも及ばないと俺は勝手に思っている――と。それだけでは飽き足らず、校門の前で待っていた甘神の前で、わざとその女子といちゃついてみせたのだ。見たところ甘神は無反応だったが、内心は激しく傷ついていたに違いない。俺は思った。イケメン滅びろ。
――彼女はなんで奴と別れないんだ?
俺が美化しすぎているだけで、彼女もまた、そこら辺のミーハー女と一緒なのだろうか。
いいや、違う。違うと信じたい。
そんなわけで彼女に告白し、結果自滅したわけだが、泣きっ面に蜂とはよくいったもので、俺は翌日、学校を遅刻してしまい、小テストを受けられなかった。遅刻の原因は人助け――横断歩道で立ち往生していたおばあさんの荷物を家まで運んであげたからだと説明したものの、担任教師には「嘘をつくな」と鼻で笑い飛ばされてしまった。挙句、帰り道に犬の糞を踏んでしまい、落ち込んでいたところ、車道でうずくまっている子猫を見かけた。迫りくる車にびびって動けなくなってしまったようだ。
考えるまでもなく身体が動いて、俺は車道に飛び出していた。
無我夢中で子猫をつかんで、車道の外へ放り投げる。
猫は運動能力が高いので、2.5メートルくらいの高さから落ちても平気だと聞いたことがある。思わず腕に力が入ってしまい、やや高めに投げてしまったが、子猫は無事だった。軽やかに着地すると同時に勢いよく走り出してしまう。
ほっとしたのも束の間、ものすごい衝撃を受けて、俺は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます