第二話.神社と地震

 それから私は姉と入れ替わり、見合いの場に向かうこととなった。

 西洋の処方だというクリームに粉白粉をまぶし、黒墨で眉をかいて紅をさす。着なれない洋装に身を通して、大きな麦わら帽子を被る。


「ああ。似合っているよ、葉摘はつみ

「今日はがんばりましょうね。外ツ神さまとお会いするなんて緊張するけど、あなたなら大丈夫よ」


「ええ、お父さま、お母さま。本日はどうぞよろしくお願いします」

 ──二つ違いの姉と私が入れ替わったことにも気付かないんだ。

 それは穂果には衝撃ともいえることだった。姉を誰よりも見ている自信があったから振る舞いを真似できている。でも顔立ちは姉はつり目ぎみだけれど私はたれ目ぎみだ。それ以外にもよく見れば、違うところはいくつかあるのに。

 その程度の関心しかないのだ。二人の娘に対して。

 よほど自分たちが今来ている洋装がハイカラな出来栄えになっているかを気にしている。そんなことはこの十数年で分かっていたのに。今さらずきんと痛む胸がこっけいだった。


 神さまとの顔合わせは、国にとっても重要な施策のようだ。用意された黒塗りの車をみて改めて思い知らされる。興奮したように言葉を交わし合う両親にてきとうな相槌を打ちながら、穂果は窓の外からの景色を楽しむことにした。

 古い街並みと新しい街並みが並ぶ光景を眺めるのはいつだって胸が弾んだ。あと十年もすればきっと、この帝都は良くなるのだろう。そのために大事な存在の一つが外ツ神だった。


「(でも、元の日の本を守ってた神さまの信仰は失われてきているのよね)」


 かつて女学校で学んだことを思い出す。


「(元々うちにいた神さまじゃなくて外の神さまを取り入れるのは……どうなのかしら)」


 国の政策に口をはさむつもりはない。けれども心のどこかに引っかかっていた思考が棘のように刺さる。だからだろうか。到着した洋食店。その中に入るよりも先に隣にあったうらびれた神社へと目が行ってしまったのは。


「お父さま、お母さま。約束の時間はもうすぐなのかしら」

「いや。まだ半刻ほどあるね」

「なら、少しだけこの辺りを見てきていい? 時間までには戻るから」


 本音としては却下したかったのだろう。二人の眉間にきざまれたしわがありありと物語っている。でも、これから神さまとお会いする前に緊張をほぐしておきたいと重ねて伝えれば、今の娘の機嫌を損ねたくない彼らはしぶしぶ頷いた。


「遠くに行くんじゃないぞ」

「必ず時間までに戻ってきなさいね」

「ええ。分かっています」


 つかの間の自由に弾みそうになる声を抑えながらすまして返す。向かう先は隣の神社だ。外ツ国の神さまに出会う前に他の神さまの社に行くなどと、と言われるかもしれないがあくまで今日の名目は「顔合わせ」だ。

 それに、他の神さまのお参り程度で憤慨するような神さまだったら、姉、葉摘にはふさわしくないだろう。


 神社へと足を踏み入れれば、そこだけまるで別世界のようだった。

 木の葉が重なり合ったすき間から広がる光は美しかった。けれどもそれだけでなく、社はいつ崩れてもおかしくないようにぼろぼろで、賑やかな大通りの傍だというのに人の気配ひとつない。うら寂れた景色だ。


「……神さまが死ぬのは二通り。肉体が滅びるか、信仰が消えるか」


 人は心臓が止まれば死ぬが、神さまはそれ以外にも信仰が消えてしまえば活動が出来なくなると聞いた。この神社の神さまはどちらなのだろう。賽銭箱の前で手を合わせて、そこで落ちているものに気がついた。


「鏡……?」


 拾い上げたのは小さな鏡だ。根付としても使えそうな、珠で装飾されたもの。傷だらけだけれど、磨きなおせば使えるだろうか。拾い上げてまじまじと眺めていたところで一瞬めまいがする。


「あら? ──っ!きゃ!」


 めまいだと思ったそれは地面の揺れだった。すぐにその揺れはまっすぐ立っていられないくらいのものになり、掴む場所がないからだはへたり込む。社の屋根瓦が崩れ、体の上に降り注ぐ。逃げることも出来ずに必死に体を丸め続け──大きく何かが倒れ込む音と、背中に感じた痛みを最後に、穂果の意識はそこで途切れた。

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