第8話 番う一対
祓ったはずの霧がまた空を覆っていた。
しとしとと雨が降るなか、九耀は紬の華奢な体をそっと抱き上げた。
触れる手つきはあくまでも優しく、壊れ物を扱うかのようだ。
紬は羞恥で顔を赤らめながらも、九耀の腕の中で身を任せた。
九耀は祠の奥へ紬を運び、苔むした石の上に静かに下ろした。
ひんやりとした石の感触が、高鳴る鼓動とは裏腹に紬の感覚を研ぎ澄ませる。九耀はゆっくりと身をかがめ、紬の顔を覗き込んだ。翡翠の瞳は星の光を宿したように輝き、その中に映る自分の姿に紬は息を飲んだ。
さしたる美貌もない自分が美しい妖狐に抱かれ、一つになろうとしている。
しなやかな指先に溶かされていく陶酔が、幾ばくかの冷静さを奪っていく。
「……紬」
熱を帯びた九耀の声が耳元で甘く響く。抗いがたい色香に酔わされ、思わずはしたない吐息が漏れてしまいそうになる。ただされるがまま身を固まらせていると、九耀の指が紬の頬を優しくなぞった。
その指先が触れるたび、電流が走ったかのように肌が粟立った。
九耀はそのままゆっくりと顔を近づけ、形の良い唇が紬の唇に触れた。
初めての接吻は糖蜜のように甘く、深い森の奥で咲く花のような神秘的な香りがした。
紬はおそるおそる、しかし吸い寄せられるように九耀の唇に応じた。
口付けが深まるにつれ、紬の身体から力が抜け、九耀の腕の中に溶けていく。
九耀の手が紬の薄い衣の合わせに触れる。繕われた墨染めの麻布がゆっくりと開かれ、肌に触れる冷たい空気が新たな熱を呼び覚ます。九耀の指が肌を滑るたび、くすぐったいような、それでいて甘美な感覚が全身を駆け巡った。
「痛くはないか、紬」
九耀はそっと尋ねた。その声は優しく、紬の不安を和らげてくれた。
「……平気」
紬は小さく首を横に振る。
痛みよりも、未知の感覚への期待と、九耀の優しさへの安堵が勝っていた。
九耀はそのまま、ゆっくりと紬の体を抱き寄せた。
二人の身体が密着するたび、熱が伝わり合い、境界が曖昧になる。
九耀の肉体が紬と重なり、肌と肌が触れ合う。
ふさふさした尾に素肌を包み込まれ、くすぐったさに紬は目を閉じた。
夫婦の契りを交わした美しい妖狐の昂ぶりが、ゆっくりと、しかし確実に紬の内部へと入り込んでいく。一瞬、鋭い痛みが走ったが、それはすぐに九耀の深い吐息と、全身を包み込むような温かさに溶けていった。
痛みは甘い疼きへと変わり、全身を駆け巡る。
これまで経験したことのない、強烈な快感が紬を襲った。
九耀の動きに合わせるように、紬の体は自然と揺れ始めた。肌と肌が擦れる音、二人の荒い息遣いだけが静かな祠の中に響き渡る。
晴れることのない霧の中で、ただただいつまでも繋がっていたかった。
「九耀……、やめないで……」
紬の口から、甘く途切れた声が漏れる。
九耀は懇願する声に応え、さらに深く、紬の奥へと意識を沈めた。
二つの身体が一つになり、魂が溶け合うような感覚に紬はただただ身を委ねた。
金色の九尾が
紬の耳には、九耀が囁く声以外にはなにも届いていなかった。
嘆きの霧は分厚く垂れ込め、小雨だった雨はいっそう強くなっていた。
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