第5話 ◎目が覚める前に
「よし、じゃあ早速始めようか。」
俺は左手を横に振ってコンソールを出し、最終調整を完了させた。
「新パーク。映画の世界を間近に体験し、役を演じることもできる、冠してスタジオパーク。その最終動作テストを開始する。」
今度は右手を振って映画の欄を開く。横に様々な映画のタイトルとそのポスターが表示されている。横にスワイプすると次々と表示される映画が流れていく。
そして目に入ったヒーロー映画を選んだ。
すると今まで画用紙が貼り付いただけの床や壁からビルや道路が形成されていき、パーク自体も広がっていく。
俺の開いた画面には選んだ映画のタイトルとポスターと共に登場人物の欄も表示されている。
適当に目についた赤いスーツを見にまとったキャラクター、メタルマンを選んだ。
すると体がパワードスーツに包まれていき仮面が被せられた。
「リバイバルモード起動。」
俺はそう呟いた。
これは映画の再現であり、キャラクターの目線になって楽しめたり、キャラとしてではなくカメラとしてキャラクター達の言動を間近で楽しむことも出来る。
音量、音声、画質、概ね良好だな、バグも無さそうだ。
「よし、じゃあ次、フリーモード起動。」
工程を移した。フリーモードとはキャラクターになりきって映画の中を自由に移動できる。
大都会の都市、方や田舎の中の田舎でも、選んだ映画の舞台であるなら探索できる。
俺は両手を下に向けジャンプするつもりで踏ん張った。そして飛び上がると、空を飛んだ。
両手両足から出る炎のようなエネルギーで飛んでいる。
四肢と身体で姿勢を制御しながら周りを見渡した。
「Xは50マイル、Yは5万フィート、Zも50マイル。ロード時間、1秒から1.5秒。クリア。」
測定し終え、体勢を変えうつ伏せになるようにして空を飛び回った。
スーツを着ているから風を感じないが感動で全身に鳥肌が立った。もちろん、俺自身が作ったシステムであるが数ある高層ビルの上を高速で飛ぶのは興奮した。
5時間後。
「マスター。早く降りてきてください。」
リサに冷めきった声でそう言われた。遊びすぎた。気づいたら1時間…くらい?飛んでしまった。
「カット。」
俺はそう呟き共に手を2回叩いた。
[終了します]
と機械音声が鳴ると共に周りのビル群は地面の中に仕舞われていき情景はパタパタと白い画用紙に変わっていく。
身体も勝手に徐々に下に降下していきスーツは脱がされ、元の白いスーツの姿に戻された。
「リサ、スタジオを増やしといてくれ。あ、あとSOAKの広報部にあともう少しでスタジオパークが公開できそうだとも伝えておいてくれ。」
パークの中を歩きながら話しかけた。
「了解しました。マスター。私からも、SOAKの社長様からもご連絡がございました。」
「なんだ?アンケートの分はほとんど終わったはずだろう?…まあ直接聞くのが早いか。」
リサにその連絡を見せるよう頼んだ。しかし彼女はメールではなく電話をかけた。
「っ!なにやっ…」
「やあ、一叶(いちか)君、いや、モルフェ君と呼んだ方がいいかな。」
SOAKの社長、地球上で第二位の大金持ち、金にしか興味のない男、彼の肩書きはいくらでもある。
「何のようだ。連絡ならメールで良かった筈だろ。」
「君に直接聞きたいことがあってね、リサ君、例のものを。」
彼女は渋々手元のタブレットを操作し、ある動画をホログラムとして投影した。
その中身は、男一人、女二人が話している映像であった。
しかもただの国民ではない。
男は以前リサが削除したカズトという謀反人であった。しかしそれ以上に気になる人物がその映像の中にはいた。
「この映像、どこで、いつ…。」
頭の中は混乱と錯乱で言葉すらまともに出なかった。
「これは、ブラックプレイヤー、カズトのベッドルームの中で撮られたものだ。そして、1週間前の出来事だ。」
「リサ、確認したよな。」
「…間違いありません。彼のアカウントは削除しました。」
彼女の言葉に頷かずにはいられない。なぜなら俺自身も確認したのだから。
しかも、削除したのは国民アンケートに答え始める前、つまり約1ヶ月前である。
そこに更に社長は不可解なことを持ち出した。
「カズトは君たちが削除したつもりの時のステータスから更に成長している。」
意味が分からない。消す前にデータを閲覧したがやつのデータはまさに熟練といえるものであった。例えるなら最高レベルに到達する寸前の98レベとでもいえる。
実際、アカウントを消したところでリアルの人間は削除できないため、もう一回このIFを遊ぶことはできる、だがレベル上げ、ステータスの向上は最初からになってしまう。
またやつのような98レベとは1年間ぶっ通しでプレイし続けなければ到達できないものである。
そうであるのに関わらずカズトは1ヶ月でそれを超えた。
まさにチートである。
「まあ言いたいことは分かった。始末をつけろ、ということだろ?」
「その通りだ。モルフェ君、頼めるかね。」
何を言っても断れないのは分かっているくせにこの守銭奴は…。
「ああ。引き受ける。」
俺がそう答えるとホログラムは消えた。
リサが消したのかもしれないが。
「マスター…。すみません。前から感知していたのですが…。」
「…。お前も気づいたのか。あの女に。」
「はい…。」
二人の女の内一人はよく見知った人であった。彼女はレナである。
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やっぱり来たか…
俺は振り下ろした右手の剣を握り、大きく開いた足幅を狭め立ち直した。
「言ったはずだぞ、何回アカウントを削除されても俺は…」
首を後ろに持っていくと"アイツ"が立ってい
た。
「お、お前は…」
「君が"夢"にまで見るほどに会いたかった人だぞ?」
ヤツは右腰に下げている刀の柄に手を掛けてそう言った。
声は掠れ膝も震える。
この時を待ち望んでいたんだ、なのに…なぜこんなにも怖がっている。
「な、ぜ、…」
「決まっているだろ。お前を削除しに来た。」
自然と剣を持つ手は強くなる。
「…だが、その前にいくつか聞きたいことがある。」
「なんだ。」
「簡単なことだ。どうして俺を憎む?」
コイツは何も知らない。
当たり前だと思っていた。当然だと。だがいざとなると怒りが湧き起こる。
「この前の、アリーナパークでの大会、また君が優勝したらしいな。素晴らしいよ、もし君がこんな感じじゃなかったら俺のボディーガードに任命したいくらいだ。」
俺がコイツのボディーガード?ふざけてるのか?
「全プレイヤー中の3分の1はこのパークに入り浸り、リアルすら犠牲にして、優勝を目指しているというのに。君は1年に10回開催されるコロシアムフェスタを2年間連続優勝。」
「何が言いたい。」
「知りたいんだよ。数多くのプレイヤーが望む夢を叶え、名声を、かっこいいあだ名まで持つ君はこの世界の恩恵を直に受けている。それなのになぜ、君はそんな世界の創造主である俺を恨むのか。その理由をな。」
「…貴様に全てを奪われたから。」
「…俺が奪った?何を?」
「何にも代え難いものだ。」
「それは、このゲームで得られるどんな勲章よりも大切なものだと言うのか?」
「ああ。」
もう、我慢できない。
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こいつはそういった途端、俺に切り掛かってきた。
だが、意味はない。
何も策なしに最強のプレイヤーに挑むほど俺は自分を最強だと思ってはいない。
GMスキル、自動反射。
これはありとあらゆる様々な攻撃、技を受け流すことも、受けることも、カウンターを放つことも全て自動でできる防御系の一線を画すスキルである。
俺の右手は刀を引き抜き、やつの横払いを止めた。
「……!?」
「悪い、もう少し質問があるんだ。だから一旦落ち着いてくれないか?」
「ふざけるなっ!」
カズトは一歩退き、再び上段から剣を振り下ろした。
しかし意味はない。
俺は刀を鞘に戻し、居合の構えをしタイミングを計った。
やつの右手が頂点に達した時、俺は抜き放った。その刃はカズトの横腹を切り裂いた。
そして大きく吹き飛ばした。
またまたGMスキルだが、飛斬である。
その名の通り、刀を振った軌道上に透明な飛ぶ斬撃が出る。
やつは吹き飛ばされた後、ベッドルームの壁に叩きつけられた。
口から唾を吐き、剣も衝撃で折れてしまっている。
「…なぜ、かと思っているだろう。」
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痛い、全身が痛い…。
なぜだ、今までこんなこと…
「…なぜ、かと思っているだろう。」
……っ!
「お前をリアルと同期させてるのさ。痛みは頭で判断して発生しているからな、脳の回路を弄った。そうすればこの通り、痛みを伴うデスゲームの始まりさ。」
「…身体が…動かない。まさか、本当に俺の体は壊れたのか。」
「安心しろ、身体だってバカじゃない、実際に怪我してないことを知れば元に戻る。だがほっとけば"現実になる"。」
これが…あいつの言ってたものなのか。
「もう一つ、アドバイスをしておこう。」
ヤツは刀の切先を壁にもたれかかる俺に突き立てた。
「この世はいつの時代も変わらない。弱き者が強き者に淘汰され、強き者は弱き者から搾取する。」
コイツは最後まで俺に嫌味を言うのか。
何がアドバイスなんだ。
「では、アドバイスの引き換えに質問しよう。」
……。
「仲間はどこにいる。」
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「仲間はどこにいる。」
やつは答えない。沈黙を通している。
「答えろ。仲間はどこだ。」
口を割る気配がない。
痛みに悶えながら片目を瞑り、もう片方はしっかりとこちらを見据えてる。
リサから聞いたがこいつの目は見れば見るほど不自然だ。いつもは普通の黒い目であるのに、一瞬、目が虚に見えるのだ。その瞬間、何かを見透かされたように感じてしまう。
「…質問を変えよう。レナはどこだ。」
今、こいつの瞳孔が震えた。
「どこにいる!レナは!」
「…誰だ、そいつは。」
「しらばっくれるな。知ってる筈だ。レナはお前の仲間なのか!?」
「…知らない。」
目を逸らした。
「そこまでして、彼女を守るのか。」
「……。」
「分かった。仕方ない。お前と合わせて消すだけだ。」
「……待て。貴様が彼女とどんな関係なのかは彼女自身から聞いている。だが、彼女は協力者ではない。」
「…どこにいる。」
「分からない。言っただろう。彼女は協力者ではない。居場所も知らない。」
「ならどうして庇うような真似をする。」
「…協力者ではなくても知人だ。俺が黙っているせいで貴様が彼女を殺せば俺は一生後悔する。ならばせめて、」
「…見上げた心だな。…その心に免じて一思いに消してやる。」
ペインアブソーバー、オフ。
俺は刀をカズトの腹に刺した。
やつは静かに刺され、身体を構成するポリゴンはブレ、やがて散った。
[ID1113カズト、アカウントを完全削除しました。]
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