第27話 元勇者のおっさんはとどめの一撃を放つそうです。

 服装も武器も変化はない。

 肉体だけが全盛期に戻っている。


「何ダ。オ前」

「何だはねぇだろ。さっきまで仲良くしてたのによ」


 ノルバは両手で剣を握ると静かに構え、目を据えた。


「もって五分だな」


 何故だかこの肉体でいられる時間が分かった。それも込みでの効果なのか。

 時間が分かるならばやる事は決まった。一瞬でケリをつける。


「行くぞ」


 ノルバが呟いた次の瞬間、彼の姿は消える。そして怪物の体に一閃。地から昇った雷が怪物を打ち上げる。

 間髪入れずに稲妻の軌跡が後を追う。

 そして怪物の遥か上空。ノルバは剣を構え力を溜める。

 空を青く染め上げる雷をその身に宿し、空を蹴る。


「うおぉぉぉぉぉぉ!」


 雷鳴轟く一撃が怪物に叩き付けられる。

 大地を砕き、稲妻が花を咲かした。

 着地したノルバは自身の身体能力に驚きを隠せずにいた。

 それまでの体には重りが敷き詰められていたのではと思えてしまう程に軽い体。湧き出る魔力。

 全盛期の自身の力の凄さを初めて理解した。

 だが感心している場合ではない。

 怪物がフラフラと立ち上がる。

 焼け焦げ、砕けた体が瞬時に再生する。

 相変わらずの再生力。だが、苦悶の表情からノルバの攻撃は再生能力を上回っている事が伺える。


「再生出来ねぇくらいどデカい一撃を喰らわしてやる」


 怪物が叫ぶ。鼓膜が割れんばかりの咆哮。それはまるで恐怖を押し殺す様な声だ。

 その直後、何故か怪物はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 まるで何かを企んでいる表情。だが取り合うつもりも待ってやるつもりもない。

 ノルバは突撃した。その時―――


「魔王シャプールノ名の元ニ命ずル。ソノ場カら動ク事を禁ズル」


 ノルバの腕輪が光り出した。腕輪についた宝石から発せられる赤い光は形を成し、ノルバをその場に縛り付ける。


「なっ……!」


 微動だに出来ない程に強力な拘束。

 だが驚きの原因はそこではない。


「何で……、テメェが使える……ッ!?」


 契約の腕輪は王家の者しか使えない。なのに何故、王家の者ではない、ましてや人間ですらない魔族が使用出来るのか。

 ノルバは困惑した目で睨みつける。


「首輪ハ腕輪ヲ元に造らレテいル。腕輪ヲ使エナい理由ガなイ」


 再生した怪物はさらりと答えた。

 理屈は分からないが、エルデルと結託した際に腕輪については調べ尽くしているという訳だ。

 馬鹿げた話ではあるが、魔王復活の手筈まで整える程の存在だ。不思議はない。

 ノルバは大きく息を吐く。


「フンッ!」


 ノルバは拘束を解こうと力を入れる。

 だが強固な縛りだ。ちょっとやそっとでは破れない。

 しかしそれは想定内。

 ノルバは再度力を込めた。全身から雷が溢れ始める。

 雷雲がそこにあるかの如く、雷鳴が轟く。内に収まらない雷が大地を砕く。


「ガアァァァァァァァァァァァ!」


 契約の腕輪は奴隷の首輪同様、命令に逆らえばその身に罰が降り掛かる。

 より強く、その身を引き千切らんと縛り上げる腕輪の呪い。

 だがノルバは力を緩めない。はち切れんばかりに血管を浮かべる。雷の勢いは更に増していく。

 無謀な我慢比べだ。契約の腕輪の呪いはそこらの呪いとは比にならない程に強力。逆らう事は死を意味する。

 しかし、それは勇者ノルバ以外の話。


「ダアァァァァァッ!!」


 一面が青に染まった。

 雷は呪いを焼き尽くし、腕から放れた腕輪は光を失い、砕け散った。

 その光景に怪物は動揺を隠せずに固まる。

 だが瞬時に、今すぐ目の前の敵を討たねばならないと両手で大剣を握った。

 ノルバも剣を握り締め、突撃する。

 大剣に溢れ出る闇の炎が纏われる。

 当たれば即死。回避しても余波で致命傷は避けられないだろう。


「ウガァァァァァァ!」


 だがノルバは逃げずに正面から突っ込んだ。

 剣と剣が触れる。次の瞬間、怪物の剣は砕けた。


「軽いんだよ」


 涼しい顔で言い放ったノルバはそのまま踏み込む。

 大きく仰け反った怪物の腹部に、雷撃を纏った蹴りが炸裂する。

 吹き飛ぶ巨躯。だが次の瞬間には空に蹴り上げられていた。

 地上から見上げるノルバの体が激しく光る。

 刹那、荒れ狂う雷の嵐が怪物を斬り刻む。

 再生も追い付かない神速が怪物を追い詰めていく。

 怪物が手脚を両断され、抵抗も出来ない程にズタズタになるとノルバは空を蹴り、上昇していく。


「テメェはバラバラにしたって再生すんだろ」


 ノルバは空を足場に力を溜める。

 剣に、体に、これまでにない程、電撃が宿る。空間に電撃が走り、歪む。何者をも寄せ付けない雷を纏う姿はまさに雷神。


「一片たりとも残さねぇ!」


 ノルバが消えると、遅れて爆発したかの様に空気の割れる音が響く。そして走る稲妻の軌跡。

 持てる力を使い、右腕と大剣を再生させる怪物。雄叫びを上げ、敵を迎え撃つ。

 互いが持てる全てをこの一撃に賭ける。


「これで……終わりだぁ!!」

「ウゴォォォォォォォォ!!」


 両者の刃が触れ合う、その瞬間―――


「は?」


 ノルバの体が元に戻った。

 何が起きたのか。全くもって理解が出来なかった。

 ただ一つ分かる事があった。それは―――自身の死。

 止めを刺す力は消え去った。錆び付いてガタの来た肉体では攻撃を防げない。

 どうする事も出来ない。ノルバを剣をその身に浴び、叩き落とさた。

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