第25話 元勇者のおっさんは仲間と共に全力を出し切るそうです

「エルノは私達の補助、ノルバとリッカはアイツをぶちのめしなさい」


 アーリシアの指示を聞いてノルバの頭に疑問が浮かぶ。


「補助って何だよ。エルノは魔法使いだろ」

「エルノの適職はヒーラーよ」

「それにしちゃあ魔法の練度が高いな」

「当たり前でしょ。ヒーラーは最後の要。それが最初に倒れる訳にはいかないんだからみっちり魔法の鍛錬もさせてるのよ」


 後進育成をちゃんと行っている事にノルバは感心し、驚いた様子を見せる。


「成る程な。んじゃ、エルノ頼むぜ!」


 ただ今は雑談をしている暇はない。

 ノルバが走り出すとリッカもそれに続く。


「攻撃力、防御力、魔力強化を付与エンチャント!」


 エルノの魔力が発動すると全員の体に力がみなぎる。


「スゲェじゃねぇか」


 そこらのヒーラーではどう頑張ろうとも辿り着けないレベルの付与魔法。

 ヒーラー適性の方が高いと言うのも納得でしかない。

 これならば、とノルバはより強く地面を踏み込む。

 稲妻が地面を走る。

 しかしそこに主はいない。ノルバは稲妻を置き去りにして、シャプールの眼前に跳躍していた。

 掲げた剣に雷竜が宿る。咆哮と共に敵を喰らう竜。

 シャプールは雷の嵐にのまれた。


「とんでもねぇな」


 それなりの力は込めた。だが相手の出方を伺う為、ジャブ程度のつもりだった。にも関わらず、今の一撃はダンジョンボスに放った一撃など優に超える威力だ。

 とてつもない才能の登場にノルバは乾いた笑いが出た。


「効かないなぁ!」


 雷の中から手が伸びる。

 雷を掛け分け姿を現すシャプールの体に傷はない。


「だろうな」


 この程度で傷つく訳がない。紛いなりにも魔王なのだから。


「これはどうだ!」


 ノルバの横をリッカが走り抜ける。

 白い光を纏った剣がシャプールの腹に突き刺さった。剣が更に発光した瞬間、シャプールを覆い尽くす程の大爆発が起きる。

 爆発の勢いで後退りするシャプール。だがやはりその体は傷付かない。


「硬いな」

「当たり前だろ。魔王だぞ」


 ノルバの嫌味な発言にリッカは渋い顔をする。


「拗ねてねぇで構えろ。来るぞ」

「拗ねてなどいない!」


 一瞬ムスッとしながらも、鋭い目付きに切り替わるリッカ。ノルバも敵の出方を伺い、剣を構える。

 そして今度はシャプールが動き出す。


「次はこっちの番だ」


 右手を突き出すと霧状の闇がその手に集まり出す。禍々しき闇は徐々に形を成していく。そして巨大な大剣となる。


「気張れよ、リッカ」

「あぁ」


 身の丈の大剣が片手で振るわれる。

 距離はある。剣が届く事はない。

 だがシャプールも無意味な行動をした訳では無い。剣から飛んだ漆黒の斬撃波が二人を襲う。

 横薙ぎで放たれた衝撃波だ。範囲は広いが上に飛べば避けられる。

 しかしシャプールもそれは予想範囲内。確実に当てる為、縦にも斬撃波を飛ばす。

 二つが重なり十字となった斬撃波は風を抉る様に回転し始める。


「何!?」

「私がやる!」


 逃げ場はなくなった。

 リッカは前に出ると左腕に力を込める。

 すると魔王に匹敵する巨大な盾が出現する。

 天使を宿したかの様な純白な盾。地面に突き立てると斬撃波がぶつかる。

 黒と白の火花が散る。盾の削れる、耳を割く不快音が響き渡る。


「ぐっ……」

「盾を消せ! オレが打ち消す!」


 このままでは押し負ける。

 そう思ってのノルバの発言。

 だがそれがリッカの逆鱗に触れた。


「……ッ舐めるな! キサマの助けなどいらん! 初めて会った時からそうだ。ずっと私を見下して……。そんなに私が頼りないか!? 軟弱者に見えるか!?」

「急に何だよ……」


 思わずたじろぐノルバ。しかしリッカは怒りは鎮まらない。


「ノルバ・スタークス! 私はキサマを認めない! 腑抜けたキサマの力など借りずともこんなもの……ッ! うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 一歩、また一歩とリッカの足が進み始める。


「私はこんな所で負ける訳にはいかんのだ! 陛下を護るのはこの私だぁ!」


 目が眩む強烈な光が盾なら放出される。その次の瞬間、斬撃波が砕け散った。


「良くやった」


 肩で呼吸をし、その場に膝を付くリッカの肩を叩くとノルバは駆け出す。

 青き雷竜は地を割り、空を裂き、シャプールに襲い掛かる。


「お前じゃボクは倒せない!」


 大剣が振り下ろされる。完全体でなくともその一撃一撃は即死級の威力だ。

 だがノルバは臆する事なく突っ込んだ。真横を裂く大剣。

 雷竜の牙がシャプールを襲う。

 一撃、雷轟と共に巨躯が揺らぐ。


「効かないって!」


 再び迫る大剣。

 瞬時に距離を取るノルバだが、シャプールは逃さない。

 闇を纏った斬撃波を放とうとする。

 だが―――アーリシアの光弾がその巨躯を撃つ。

 ノルバの攻撃に勝るとも劣らない魔法。

 その手は止まり、アーリシアに意識が向く。

 それは一瞬。だがその一瞬でノルバは再度、距離を詰め、雷刃の一撃を見舞う。

 ノルバが離れればアーリシアが。アーリシアに意識が行けばノルバが。互いを補い合う隙のない連携がシャプールを追い詰めていく。


「凄い……」


 付け入る隙もない連携にエルノは尊敬と感動を覚える。

 言葉などいらない。長い時の信頼が空白を経ても尚、その身に刻み込まれている。


「いい加減にしろぉ!」

「くッ!」


 闇の波動がシャプールを中心に広がる。

 攻撃力はゼロ。だが防御不可。距離を詰めていたノルバは吹き飛ばされ宙を舞う。

 大きな隙。だがシャプールはノルバを狙わない。狙うはアーリシア。

 妨害してくる者を先に潰しにかかる。

 その体躯に似合わぬ俊敏さで跳躍しリッカの上を越えていく。そしてシャプールは光を一切通さぬ程に濃い闇を剣に宿す。


「アル! エルノォ!」


 間に合わない。

 振り下ろされる剣にノルバは手を伸ばすが届く筈もなく。

 無情にも剣は二人を襲い、闇が周囲を覆い尽くした。


「ハハハハハ! どうだ! ザマァないね!」


 意気揚々と剣を掲げるシャプールの足元にはヘドロの様に広がった闇と土煙が舞っている。

 二人がどうなったのか。目視は出来ない。


「さぁ次はキミだ」

「クソが……」


 ノルバの方を向くシャプールだったが―――


「何処行くのよ」


 その頭を光弾が襲う。


「勝手に殺さないでくれるかしら?」


 振り向くとそこに立っていたのは無傷のアーリシアとエルノ。


「防御魔法が間に合って良かったわ」

「ならもう一度―――」


 再び振るわれる剣だが、それよりも速く雷撃がシャプールを襲う。


「手出しはさせねぇ!」

「……だから鬱陶しいんだよぉ!」


 闇の波動が三人を吹き飛ばす。


「さっきからチマチマチマチマと。もういい。生け捕りなんてしない。殺してやる」


 荒ぶっていた怒りが静かな怒りへと移り変わる。


「ヤベェか?」


 全盛期ならともかく今のノルバはブランク十六年のおっさん。

 魔王が本気で来れば流石に分が悪い。


「でもやるしかねぇ」

「そうね。やるしかないわ」


 いつの間にかアーリシアが隣に立っていた。


「まだまだいけるでしょ?」

「当たり前だろ」


 ノルバはニヤリと笑い、答えた。

 分は悪い。だが一人じゃない。信頼出来る仲間がいる。

 それだけで逆境なんて跳ね返せる程の力が湧いてくる。


「リッカさん、大丈夫ですか?」


 同じくこちら側に来ていたエルノは回復魔法でリッカの体力と魔力を回復させる。


「ありがとう。助かった」


 リッカとエルノも集まって来るとアーリシアはすぐに指示を出す。


「ノルバ。アナタは後ろに下がって限界まで力を込めなさい。アナタの全力ならきっと倒せる」


 かつて魔王と渡り合った勇者への厚い信頼。

 だがノルバはきっぱりと断る。


「いや、駄目だ。魔王を倒すのはアル。お前だ」

「何言ってんのよ!?」


 堪らず声を荒げるアーリシア。

 しかしノルバは彼女を見る事ない。それどころか剣の握り具合を確認しつつシャプールに目を向けている。


「ずっと鍛錬をしてきたお前と引き籠もってたオレ。どっちが強いかなんて分かりきってるだろ。決定だ。行くぞ、リッカ」


 言い切って行動に移るノルバにアーリシアは手を伸ばしかける。

 だがすぐにその手は胸元に移動し、強く握られる。


「お師匠」

「分かってるわ」


 アーリシアがノルバを信頼するように、ノルバもまたアーリシアを信頼している。

 応えない訳にはいかない。


「エルノ。私に魔力強化の付与エンチャントを限界までかけなさい」

「はい!」


 この身がどうなろうとも。

 アーリシアは魔力を溜め始める。


「リッカ! 全力でアルを守るぞ!」

「了解だ!」


 ノルバとリッカはシャプールに突撃する。


「作戦会議は終わったかい? ならその作戦ごと捻り潰してやるよ!」


 シャプールの叫びが大気を揺らす。

 衰える気配はない。何度攻撃を打ち込もうとも倒れはしないだろう。

 だが今回は倒す為ではない。時間を稼げればいい。

 ノルバの剣が揺れる。次の瞬間、魔王の肉体を隠す程の雷撃がシャプールを襲う。


「効かないって分かってるよね!?」


 大剣がノルバのいた箇所を抉る。同時に炎に似た闇が噴き出す。


「リッカ! あの闇には触れるな! 体が動かなくなるぞ!」

「了解だ!」


 リッカはシャプールの周囲を走りながら光剣を振るう。光の刃が巨躯を五月雨の如く放たれるが怯みもしない。


「この程度ではやはり無理か」

「無意味な攻撃はいつまで続くかな!」


 シャプールの剣は大地を裂き、衝撃波が更に走っていく。

 深入りをしていない為、避けるのは容易い。

 リッカは大きく横に飛び回避した。

 ヒットアンドアウェイに徹する。

 そうすれば勝ち筋が見える。


「喰らえ!」

「グッ……」


 ノルバの胴への一撃がシャプールを怯ませる。

 反撃の隙を作らせない。

 間髪入れずにリッカも光剣をシャプールに突き刺し爆発させる。

 シャプールにとっては鬱陶しいものだろう。

 小さな蝿が集るたかるだけでなく、対処せざるをえない攻撃までしてくるのだから。


「ウガァァァァァァ!」


 絶え間なく続く嫌がらせの様な攻撃に、シャプールは怒りを叫ぶ。

 そして広がる闇の波動。

 幸いにも距離を詰めていなかった二人には当たらない。

 シャプールの目はノルバを捉える。


『ここだ!』


 攻撃の隙が生まれた。

 もう一度怯ませる為、リッカは光剣を向ける。

 だがその時、グリンッとシャプールの首がリッカに向く。


「リッカ避けろ!」


 ノルバの声がゆっくりに聞こえた。

 声だけではない。目の前に迫る剣も流れる空気も、そして自分の体さえも。まるで意識だけが切り離されて時が進んでいる。


『私は死ぬのか……?』


 まんまと罠にハマった。

 距離を取って戦えば良かったのに欲をかいた。勇者の横に並び立てたと舞い上がったのだろうか。

 いや違う。あったのは対抗心だ。

 あの日、ノルバに負けて心に刺さった屈辱という名の棘。

 くだらないプライドが今を招いた。


『自業自得か……』


 ならば受け入れるしかない。

 今日、天命は尽きると決まっていたのだ。

 リッカはゆっくりと目を閉じていく。

 だがその時、一人の人物の顔が電流の様に脳裏に走った。


『駄目だ。私は死ねない』


 かつて手を取ってもらった少年を生涯守ると誓った。

 彼に守ってやってくれと頼まれた。


『私は守りきる。そして生きて帰り陛下の隣に立つ!』


 光がリッカを包んだ。

 それは剣がリッカを叩き落とす刹那の出来事。

 ノルバでさえ気付かぬ一瞬。

 轟音を立てて沈んだリッカ。

 だが土煙が晴れるとそこには地に足を付けて立つ彼女の姿があった。

 その左腕には身の丈程の金の盾。リッカはその盾で剣を受け止めていた。


「へぇ、凄いじゃん。さっきは力尽きてたのに―――」

「余所見してんじゃねぇ!」


 ノルバの斬撃がシャプールの顔面に炸裂する。

 よろけて何度か足をつくシャプール。

 怒り任せに剣を叩き付けるがノルバには当たらない。


「リッカ無事か!?」


 隙間を縫ってリッカの元に来たノルバは、傷のない姿に驚きつつも安堵する。


「何度も受けられる訳では無いが、この盾ならば奴の攻撃を防げる」

「そうか。ならもうひと踏ん張りだ」


 ノルバの言葉にリッカは強く頷く。

 二人に潰さんとする斬撃をそれぞれ左右に避けると、ノルバは右から、リッカは左から攻め立てる。

 青い雷撃と金の爆発が絶え間なくシャプールを襲い続ける。

 そしてその猛攻に、遂にシャプールは膝を付く。


「ヴゥ……」


 俯き、苦しみに似た声を出すシャプール。


『どうしてだ。ボクは最強の力を持っている筈なのに』


 一人一人は魔王には及ばない。

 なのにずっと振り回さている。


『ふざけるなよ。ボクが最強なんだ』


 負ける筈がない。負ける訳にはいかない。

 人間への憎しみを奥底で燃やし続けてきたのはこの日の為。

 こんな所では止まらない。

 シャプールは顔を上げた。その時、転機が訪れる。

 視界の先に映るのは二人の人間。

 その一人が魔力を溜めている。


「そういう事かぁ!」

「バレたか!」

「マズイぞ!」


 大剣で地面を削りながら、嬉々としてシャプールは走り出す。

 攻撃をし続けた二人は陽動。本命の攻撃は限界まで高めた魔法での一撃。

 魔法使いさえ潰せば人間共の心は折れる。

 確信してシャプールは跳躍した。

 両手に握られた大剣に闇の炎が燃える。


「お師匠!」


 アーリシアとエルノに迫る魔王の一撃。

 命あるものを燃やし尽くす地獄の業火の斬撃を防ぐ手立ては二人にはない。


『後少し。後少しなのに……。それに今撃ったらエルノまで巻き沿いになる……』


 絶望的な状況。

 決断を迫られるアーリシアは唇を噛んだ。

 選ぶべきはどの未来か。コンマ何秒という一瞬の思考末、彼女は選び出す。

 杖をシャプールに向けた。その瞬間―――

 アーリシアとシャプールの間にリッカが割り込んだ。


「やらせはせんぞ!」


 炎諸共受け止め黄金の盾。ぶつかり合う衝撃で周囲の地面が割れる。

 しかし攻撃は止まらない。

 空中で受け止めたリッカは抑えきれずに吹き飛ぶ。

 心配している暇もない。

 アーリシアは魔法を放とうとする。

 だが―――


「リッカ良くやった! お陰で間に合った!」


 颯爽と現れたノルバが剣を受け止める。

 鍔迫り合い、炎と雷が飛び散る。

 そしてノルバは叫ぶ。


「アル! 任せろ!」


 アーリシアは思わず笑みが溢れた。

 盤面は最悪。だがノルバがいるだけで安心してしまう自分がいる。


「アンタはいつもそうやって……」


 いつだって逆境をくつがえしてくれる。

 その信頼と実績が、アーリシアの決断を変える。


「邪魔をするなぁぁぁぁぁ!」

「ぶっ飛べぇ!」


 更に荒ぶる業火。だがそれを上回る雷がノルバを包む。

 柄が潰れそうな程、握り締め、ノルバは剣を振る。

 手から血が吹き出る。体が止まれと悲鳴を上げる。

 だが止まらない。

 全身全霊。持てる力を雷に変え、ノルバはシャプールを空へと打ち上げた。


「バカな……ッ!」


 雷が身を灼く。

 痺れて体が動かない。

 それは瞬きよりも短い一瞬。すぐに回復すふ。だがそれは充分過ぎる隙。


「これで終わりよ!」


 虹色の光が杖の尖端に集約する。

 アーリシアの全魔力。

 地図を書き換える光線がシャプールを覆い尽くした。

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