第24話 元勇者のおっさんは復活した魔王と戦うそうです

 見間違える事はない。

 十六年前、勇者とその仲間が死闘の末に討ち取った厄災。

 骸骨になろうとも怨念の様にこびりついているプレッシャーが肌を打つ。


「見覚えがあるでしょ? これはキミ達が殺した魔王様だ!」

「そんなもん大事にしまってどうするつもりだ」


 魔王は死んだ。その骸を回収した所で何か出来る訳でもない。

 骸に存在価値はない。だがノルバの脳裏に一つの最悪な予想が浮かんだ。


「まさか……」


 それは人間では成し得なかった領域。過去から今において人間が追い求める神の所業。

 それを魔族が成そうとしている。

 あり得ない。だがその可能性が脳裏にこびり付いている。

 そしてその最悪な予想は的中する。


「多分、そのまさかは正解だよ」


 シャプールは掌の上に糸で奴隷の首輪を作り出す。


「この首輪。実はただ奴隷を使役する為だけの道具じゃないんだよね。てっきりバレてたかと思ったんだけどさ。やっぱり人間より魔族の方が上だよね」


 シャプールは誇る様に口角を上げて首輪を触ると話を続ける。


「首輪には魔力を吸い取る機能があるんだ。それで吸い取られた魔力は何処に行くかと言うと……」


 シャプールは背後の骸を指差した。

 そこにアーリシアが口を挟む。


「そんな事したって魔王は生き返らないわ」


 これまで人類も死者蘇生を試みて様々な実験を行ってきた。

 だがその全てが失敗。一度たりとも核心に近付いた事はなかった。

 故にアーリシアは自信を持っての発言だった。

 しかしそんな彼女をシャプールは嘲笑う。


「人間と魔族が同じ土俵だとでも?」

「どういう事よ」

「言葉通りさ。キミ達人間はボクら魔族の力を利用は出来ない。その中に死者蘇生への一歩があった。それだけさ」


 言うは易く行うは難し。

 さらっと言いのけてみせたが、シャプールは仲間もいない中、一人でその極地に辿り着いたのだ。

 その執念は相当なもの。

 同じく魔法を研究する者としてアーリシアは畏怖の念を感じた。それと同時に今ここで止めなければ世界は再び混沌に包まれてしまうという恐怖も。

 アーリシアは先手を打たせない為、シャプールに光線を放った。

 だが光線はシャプールの眼前で霧散する。


「残念。もう手遅れだよ」


 禍々しい黒いモヤがシャプールを守る。

 そのモヤをノルバとアーリシアは見た事がある。


「黒の鎧……」


 魔王が身に纏っていた外敵から身を守る為のオート防衛能力。


「させるかよ!」


 ノルバの雷を纏った斬撃がシャプールの脳天に叩きつけられるが、モヤは侵入を許さない。


「諦めなって。もう終わってるんだ」

「何も終わっちゃいねぇ!」


 諦めない。諦める訳にはいかない。

 ノルバは雄叫びを上げ、剣を押し込み続ける。

 だがシャプールは焦る様子を見せない。それどころか呑気にノルバの腕輪に目をやる。


「ずっと気になってたんだけどさ。キミが着けてるのって契約の腕輪だよね」

「それがどうした!」

「実はね……」


 シャプールにとっては他愛もない話のつもりだったのだろう。

 だが次に発せられた言葉にノルバは耳を疑い、怒りが爆発する。


「奴隷の首輪って契約の腕輪を元に造られたてるんだよね。何て言ったっけな。エルデル王? とかっておじさんと造ったんだ。人間のくせに物分かり良くてさ。亜人を支配する為なら喜んで手を貸してくれたよ」

「あんのクソジジイ!」


 つまりフューに訪れた不幸も、異種族が差別され続けるこの世界も、元を辿ればエルデルが原因。

 異種族嫌いを咎める気もなかった。人々に付けられた傷はあまりに深い事をりかいしているから。だがその邪悪には吐き気を覚える。


「テメェもジジイもぶっ殺してやる!」

「ッ!?」


 怒りで雷は激しさを増す。

 モヤを裂き、入り込み始める雷剣。

 シャプールは食い止める為に手を出す。だがもう遅い。


「うおおぉぉぉぉ! くたばりやがれぇぇぇぇぇ!」


 怒りを乗せた雷刃は魔王の骸ごとシャプールを撃ち抜く。

 雷に灼かれ消滅していくシャプール。その手は何も掴む事はなく塵と化していく。

 終わった。

 ノルバは深呼吸をひて収まらない怒りを鎮めていく。その時―――


「言ったでしょ。もう手遅れだって」


 声が響いた。

 出処は骸。何が起きたのか。ノルバの思考は止まる。

 しかしそれも一瞬。すぐさま骸目掛けて雷撃を放った。


「ハハハ! そんなのもう効かないよ!」


 高笑いと共にモヤに消される雷撃。

 それと同時に黒い衝撃波がノルバを吹き飛ばす。


「ノルバ!」

「……ッ大丈夫だ」


 着地したノルバに駆け寄るアーリシア達。

 見上げる先ではモヤが骸を覆い尽くしていく。


「どうなってやがんだ……。クソッ!」


 怒りの籠もったノルバの拳が地面に向けられ、破片が舞う。


「首輪を通じて集められた魔力で魔王様復活の準備は整った。後はボクが贄になれば完成さ!」


 モヤの繭からシャプールの声が響き渡る。

 その声は勝利を確信している。


「魔王が復活する」


 諦めにもとれる言葉がエルノから溢れる。

 繭に亀裂が走った。

 漏れ出たモヤは滝の様に溢れ出し、ノルバ達の足元へと広がっていく。

 纏わりつく不快感。そして吐き気を催す邪悪が体を巡る。

 目を逸らそうとも変わる事のない現実。

 繭を突き破り現れる巨大な腕。繭が崩壊していく。

 己を閉じ込める殻を突き破り、自由を求め這い出て来る。

 呼び起こされる十六念前の記憶。剣を、杖を握る手が汗ばむ。


「ヴオォォォォォォォォ!!」


 耳をつんざく咆哮が轟く。


「クソが……現れちまった」


 人間の何倍もある体躯。畏怖と支配の象徴とも言える天を刺す二本の角。

 紛う事なきかつての姿で、魔王は再び世界に足を下ろした。


「ハハハハハ! どうだ、この姿! 見覚えがあるだろ! かつて世界を蹂躙した魔王の復活だ!」


 魔王から贄となった筈のシャプールの声が響き渡る。


「残念な事にキミ達のせいで魔力が集まりきらずに不完全な状態での復活になってしまった。それでも凄い力だ! キミ達なんて簡単に倒せる! キミ達は殺しはしない。四肢をもいだ後に首輪を着け、この肉体が完全体になるまで魔力を搾り取ってやる!」


 興奮気味に話すシャプール。不完全故なのか、魔王と一体化しきれず、残った精神が肉体に引っ張られている事が伺える。それだけではない。本来なら周囲に漂っている筈のモヤも存在しない。

 最初に気付いたのはノルバ。そして彼は腹を抱えて笑い出す。


「何がおかしい!」


 シャプールの怒号が大地を震わせる。

 そのプレッシャーは並の者なら息をする事すら危ぶまれる程。実際、そばにいるエルノは胸を抑え、息苦しそうにしている。

 しかしノルバは臆しない。何も意に介さず、ひとしきり笑い切ると紛い物を見据える。


「びびって損したな。当たり前だよな。たかだか十数年で魔王を復活させられる訳ねぇんだ。来いよ。もう一度倒してやる。オレ達がここでな」


 その言葉にアーリシアは小さく笑う。


「えぇ、そうね。中途半端な魔王なんて私達の敵じゃないわ」

「二人がそう言うんだ。きっとそうなのだろう」


 続いたリッカの声に怯えはない。


「エルノ。安心しなさい。私達がついてる」


 一人へたり込んでいるエルノにアーリシアは声を掛ける。

 だがエルノの足には恐怖が纏わり付き、その場から立つ事を許さない。

 だがアーリシアはそんなエルノに鞭を打つ。


「立ちなさい!」


 しかしエルノは動かない。それどころか大粒の涙を流し始める。


「無理です! 相手は魔王ですよ!? 不完全だとしても私達だけで勝てる筈がないじゃないですか!」


 心が折れてしまっている。

 仕方のない事ではある。彼女は魔王の存在など文献でしか見た事がない。それに加えて実戦経験も少ない。

 感性は一般人に近い。それは短期間で特殊な経験を積もうとも簡単に変わるものではない。

 故にエルノの言葉も正しい。

 不完全だろうと魔王と対峙するなど命を差し出す様なものと思うのが普通だ。

 だが例え確率が低かろうとも、負け戦だろうとも人には立ち向かわなくてならない時がある。

 アーリシアはエルノの前に立つと、胸ぐらを掴み強制的に立たせた。


「ずべこべ言わずに立ちなさい。アナタは私の一番弟子なんでしょ。何の為にアナタは私の弟子になったの!? このままそれを失っても良いって言うの!? どうなのエルノ!」

「わ……わたくしは……」


 怖くて足がすくむ。死にたくない。

 けれど、ここで逃げれば多くのものを失う。二度とシャナの隣に立つ権利も失ってしまう。

 それは嫌だ。

 ここで戦わなければ生涯、シャナとアーリシアの顔を見れなくなる。

 アーリシアの言葉がエルノの覚悟を突き動かす。


「シャナの隣に立ちたい! お師匠の一番弟子として恥じない人間でいたい!」


 覚悟を決めた言葉にアーリシアは笑みを浮かべ手を放す。


「ならやれるわね」


 厳しい顔付きとは裏腹の優しい言葉。エルノは「はい!」と力強く返事をした。


「おら! ボサッとしてんなよ! 構えろ!」

「えぇ」

「はい!」


 十六年の時を経て、二度目の最終決戦が始まる。

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