第23話 元勇者のおっさんは魔族を追い詰めるそうです

 焼け焦げた大地に降り立つとノルバは周囲を見渡す。

 シャプール本体の気配はない。


「遊びは終わりだ。さっさと出て来い」


 当たり前だが呼び掛けに反応はない。

 その代わりにアーリシアが答える。


「出てくる訳ないでしょ」

「終わったのか?」

「えぇ。まさか私がしてやられるなんてね」


 アーリシアは何もない場所に向かって杖を向ける。


「さぁ姿を現しなさい」


 業火の球が放たれる。

 何も無い空間を進む業火。だが突如として見えない壁にぶつかり、爆発した。

 燃え広がる糸の壁。偽装されていた空間が姿を現す。


「あーあ、バレちゃったか」


 気怠そうに首を鳴らす本物のシャプール。

 彼が一歩踏み出す度に、吐き気を催す程の悪意がノルバ達に纏わりつく。


「よく見つけたね。ボクが正真正銘、本物のシャプールだ」


 傀儡越しとは比べものにならない膨大な魔力。

 その圧に押され、エルノは思わず後退りしてしまう。


「隠れて生きてたくせに随分な力だな」

「何とでも言えばいいよ。キミ達はここで死ぬんだからね」

「誰も死なねぇよ」

「どうだろうね」


 シャプールの言葉と同時、エルノの悲鳴が上がる。

 ノルバとアーリシアが振り向くと、リッカとエルノが傀儡に襲われていた。


「リッカ! エルノ!」


 駆け付けようとするノルバだが、リッカの力強い声が足を止めさせる。


「気にするな! これくらい私達で対処出来る!」


 その言葉通り、リッカは次々と傀儡を倒していく。リッカだけでなくエルノも魔法をもって敵を蹴散らしている。


「ノルバさんとお師匠は本体を!」

「任せろ」

「分かったわ」


 向き直った二人はそれぞれ武器を構え直す。


「何度も言うけど生け捕りよ。アンタのせいでまだ聞けてない事ばっかりなんだから」

「言ってくれるぜ。んじゃサポート頼むぞ」


 雷が弾けた。

 ノルバは一気に距離を詰めると剣を振る。

 狙ったのは脚。だがそれは糸の束で止められる。

 すかさず回り込み、斬る。斬って斬って斬り続ける。

 だが尋常ではない硬度の糸はノルバの斬撃をことごとく防ぐ。

 死角無し。ノルバは一度距離を取る。

 そこを狙って攻撃を仕掛けるシャプール。だが間髪入れずに火球が降り注ぎ、それを許さない。

 防御に切り替えたシャプールはたまらず舌打ちする。


「邪魔するなよ!」


 アーリシアに向かって放たれる糸の斬撃の束。

 地面を裂き、迫る斬撃だがアーリシアは余裕の表情のまま魔法の壁で防いでしまう。


「おら! 敵は一人じゃねぇぞ!」


 攻撃の隙を突いて懐に潜り込んだノルバの剣が、シャプールの頬をかすめる。


「しくったか」


 途端、シャプールの顔が歪む。


「鬱陶しいなぁ! もぉ!」


 怒り任せの全方位攻撃。

 彼の全身から放たれた糸の斬撃が弧を描きながら広がる。

 飲み込まれれば全身はズタズタに斬り裂かれる。

 ノルバは剣で受け止めた衝撃を利用し、距離を取った。

 攻撃が止むと中心には項垂れて頭を抱えるシャプールが残っていた。


「あーもう、キレた。完全にキレた」


 ゆらゆらと揺れる姿にはそれまでの人懐っこさのある雰囲気は微塵も感じられない。

 迂闊に手を出せない。ノルバとアーリシアは身構える。

 シャプールが天を仰いだその時、糸の束で出来た無数のドリルが二人に襲い掛かる。

 気を抜けば剣を持っていかれる。

 武器を失わぬよう、ノルバは器用にも剣の腹で受けていなしていく。

 回転させる事で貫通力と威力を増大させている。

 それはアーリシアの防御魔法の壁にもヒビを入れる。


「やるわね」


 魔法壁と糸のドリルの摩擦は悲鳴に似た甲高い音を立て続ける。

 それでもアーリシアは冷静さを欠かさない。

 ヒビが広がり、壁が破られる。ドリルがアーリシアを穿つが、既にそこに彼女はいなかった。

 離れた位置にワープしたアーリシアは光の刃の召喚、糸のドリルを粉微塵にした。


「さぁ、覚悟しなさい」


 杖の先端に光が集約していく。

 それに合わせてシャプールとの距離を詰めるノルバ。その背を無数の糸のドリルが追っている。

 貫かれるのも時間の問題。


「まずは一人だぁ!」


 シャプールが笑ったタイミングで、ノルバが大きく後ろに飛んだ。


「え?」


 間抜けな声がシャプールから漏れる。

 ノルバの下を通過するドリルは狙うべき相手を失ったまま突き進む。

 その行き先には発動者のシャプール。勢い付いたドリルを止めるには時間がない。

 糸のドリル達は守るべき主人を襲った。

 そこに放たれる光線。土煙の中を穿つと大爆発を起こした。


「さて、どうなったかしら?」

「倒したのか!?」


 全ての傀儡を倒したリッカとエルノがアーリシアの元へ駆けつける。

 その体に傷はなく、苦戦する事なく殲滅した事が伺えた。


「残念まだらしいわ」


 言葉とは裏腹にこの状況になると理解していた様子のアーリシアは静かに再度、杖を構える。

 土煙が晴れていくと現れたのは所々が焦げて煙を上げているシャプールの姿。

 その顔は憤死しそうな程に血管が浮き出ている。


「どうして邪魔をするんだ。ボクはただ平穏に生きたいだけなのに。どうしてなんだ……」


 ブツブツとうらみつらみを呟き、シャプールは頭を掻く。その力は徐々に強くなり、皮膚が裂け、血が噴き出し始める。

 気でも狂ったとしか思えぬ行動にアーリシア、リッカ、エルノが動揺し固まる。

 だがしかしノルバだけは好機と捉え、斬り掛かる。


「何なんだよもおぉぉ!」


 鞭の様に束ねられた糸が襲うが、ノルバの雷撃は全てを焼き尽くす。

 そして青い剣閃はシャプールの両手を捉える。


「うわぁぁぁ!」


 空を舞う腕。ノルバは止まらない。

 斬った勢いを利用し回転しつつ、地面に張り付く程、超低姿勢になると今度は両脚も斬り捨てた。


「残念だったな。これでチェックメイトだ」


 剣先をシャプールの首元に当て、ノルバは勝利を宣言する。

 血涙を流すシャプールは歯を食いしばり屈辱を露わにしている。


「うぅ……、魔王様ぁ、魔王様ぁ……」


 かと思いきや、今度は号泣し始める。

 本格的に気が狂ってしまった様子のシャプールを見て、ノルバもため息をつく。


「一人でここまでやった事は褒めてやる。だけどな、お前は圧倒的に実戦経験が足りてねぇ。だから負けたんだ。覚えとけ」


 アーリシアの拘束魔法でシャプールは全身が覆われる。

 これにて一件落着。後は奴隷制度に魔族の関わりがあった事を暴露する。

 そうすれば奴隷制度は見直され、世界から不幸が減るだろう。

 そう思い、帰路につこうとした時だった。

 アーリシアが違和感に気付く。


「もう遅いよ。ボクはここさ」


 その声は拘束魔法の中からではなく外から。

 アーリシアは慌てて魔法を解いて中を確認した。


「うそ……」


 何と、そこにあったのは人の形を残して崩れている糸屑のみ。

 しかし、見渡してもシャプールの姿はない。


「どうなってるの! さっきまでここに本物がいた筈よ!」


 拘束する瞬間もした後も気を抜いてなどいない。

 魔法を使えばどんなに微弱であろうと気付く自信があった。なのに出し抜かれた。


「臆病者に騙されたのさ。可哀想にね。でも分かってたでしょ? ここに来た時からキミはボクに化かされ続けてる」


 アーリシアは悔しさで血が滲む程、唇を噛んだ。握る手からも血が滴り落ちる。

 シャプールの発言通り、ここに来てからはずっと後手に回っていた。

 天才魔法使い、王国一の解呪師だのと持ち上げられても、魔族の魔法一つ簡単に見破れずに隠れんぼばかり。

 アーリシアは言い返す事も出来なかった。


「アーリシア!」


 突如、ノルバの怒号が響く。

 いつ以来の本名呼びか。驚きのあまりアーリシアは目を見開いた。


「ウジウジしてんじゃねぇ! 温室生活で心が腐ったのか!? お前のやる事は落ち込む事じゃなくて魔族をとっ捕まえる事だろうが! 昔のお前ならこんな事くらい笑って乗り越えてたぞ! やる気見せろよ若作りが!」


 怒号の中に混じる気遣いにアーリシアは思わず笑う。

 確かに戦場を離れて心の在り方が変わってしまったらしい。姿は変わらないようにと努力した結果、変わった部分に気付かなくなっていては足元を掬われて当然だ。

 アーリシアは大きく深呼吸をして、ダンッと杖で地面を叩いた。


「ありがと。ちょっとボケて来ちゃってたみたい」

「そうか。治って良かった」

「えぇ、お陰様でね。でも若作りって言った事は許さないから」

「悪かったって……」


 若干身を強張らせるノルバを見てアーリシアはクスリと笑った。

 自惚れるなんて一生早い。

 アーリシアは大きく息を吸い、目を開いた。


「後手に回ってたからってずっとそうなる訳じゃない。見せてあげるわ。人間の力を!」


 これまでの経験は無駄にはならない。

 積み重なって、いつかは届かなかった場所さえも容易く越えていく。

 そして越えるのは今この時。逃がしはしない。


「ノルバ! そのまま振り向いて全力で雷撃を撃ちなさい!」

「了解!」


 ノルバは大きく踏み込み、全力で剣を振り下ろした。

 大地を割きながら走る電撃は竜となり、見えない壁に激突する。

 壁を走る稲妻は亀裂となり、燃え広がる。

 その奥にシャプールはいた。


「早いね」


 手脚は糸で補われている。

 ノルバの斬ったシャプールが本物であった事に間違いはない。

 ならばどうやって拘束を抜けたのか。そんな全員の疑問を感じ取ったのか、シャプールは揚々と語り出す。


「ボクは傀儡と入れ替わる事が出来る。つまりは傀儡がボクでボクは傀儡。ここに傀儡を配置しておいて入れ替わったのさ」


 変わる機会は何度もあった筈だが、このタイミングでだけというのは発動条件があるのだろう。

 だがノルバ達にとっては些細な問題に過ぎない。もう一度倒せばいいだけなのだから。

 既に敵は満身創痍。今も強がっているに過ぎない。


「逃げれなくて残念だったな。お前はもう終わりだ」


 だがノルバ達の予想とは裏腹にシャプールは顔を押さえて不敵な笑みを浮かべる。


「何を言ってるのさ? まだまだこれからだよ!」


 シャプールは背後にある何かを隠してある巨大な布に手を掛ける。

 そして布が取られた時、ノルバとアーリシアは言葉を失った。

 それはかつて見た絶望。世界を覆った恐怖の象徴。


「何っ……で……」


 アーリシアは何とか言葉を絞り出した。

 その言葉の先にあったのはあの日、倒した魔王の亡骸だった。

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