第22話 元勇者のおっさんは魔族と対峙するそうです

 僅かな魔力の残滓を辿っていると二つの人影が見えた。


「リッカ! エルノ!」


 ノルバの声に二人が振り向く。


「あの獣人はどうした」

「シャナが来てな。任せてきた」

「シャナが!?」


 ノルバの発言にエルノは驚き目を見開く。


「大丈夫だ。アイツは強い。それはエルノが一番知ってるんだろ?」

「はい……そうですね」


 エルノが不安気に返事をした時、突如轟音と共に熱波が押し寄せる。


「何だこれは!?」

「シャナです!」


 顔を覆わなければただれてしまいそうな熱の中、エルノはシャナの行方に目をやる。


「シャナ……」


 心配して声が漏れるエルノだが、そんな彼女の肩をシャナが叩く。


「行くぞ。私達に止まっている暇はない」


 エルノの表情が引き締まる。

 そうだ。立ち止まっている暇なんてない。ここに来たのは友の心配をする為ではなく、潜む巨悪を討ち取る為だ。


「だけどどうすんだ。アルがいねぇんじゃ道が分からねぇ。適当にぶっ壊してくか?」

「馬鹿者。そんな事をして崩落に巻き込まれたらどうする」

「だよな」


 手詰まりだ。

 頭を掻くノルバだが、不意にノイズが脳内に響く。


「念話か?」


 それはノルバだけだなくリッカ達にも聞こえていた。


「お師匠ですよ!」


 エルノの言葉通り、ノイズがクリアになっていくとアーリシアの声が聞こえる。


『もしもし? 誰か聞こえる?』

「アル、お前何してんだよ」

『ノルバ? 良かった、繋がって。ちょっと寄り道してたのよ』


 軽口を叩く余裕があるのだ。無事だろう。

 三人はほっと胸を撫で下ろす。


『今アンタ達一緒にいるのね。なら丁度いいわ。そこから三階分床を壊しなさい。合流出来るわ』

「任せろ!」


 ノルバは声高に返事をした。

 雷を纏った剣が地面を叩く。

 すると雷は一気に三層の地面を突き破った。


「無事だったか」


 飛び降りて来たノルバにアーリシアは呆れた様子で顔に手を当てる。


「エルノに任しなさいよ。ぐちゃぐちゃにして。もう少し頭を使いなさい」

「いいだろ別に。てかそいつ何だよ」

「あぁこれ?」


 アーリシアは拘束した男の魔法の紐を引っ張る。


「私に喧嘩売ってきたからボコしたの。で、コイツの魔法のせいでいまいち場所が分かんなくなっちゃったから案内させてたって訳」


 焼けた皮膚と片腕のない姿は痛々しく目を背けたくなる。だがこの場で彼に同情する者は誰もいない。

 男には冷たい視線だけが向けられている。


「でもまぁ、もう用済みね」


 杖が男の顔に向けられる。

 涙を流し必死に何かを訴えるが、口を封じされている男の声は誰にも届かない。

 静かに、そして一瞬で男の頭が吹き飛ぶ。男の倒れる地面には頭を探す赤い染みが広がる。


「さ、行きましょ。工場までは後少しよ。ノルバ、アンタももう離れないでね」

「分かってる」


 合流を果たしたノルバ達は工場へと向かう。

 程なくして一行は一つの扉の前に到着する。


「ここか?」

「その筈だけど。ねぇここで合ってるわよね」


 リッカに引きられ、一行の戦いを見てからは黙り続けていたシーの頬にアーリシアは杖を突き付ける。


「あ、合っている! ここが工場だ!」

「そう。なら良かった。皆下がりなさい」


 アーリシアはノルバ達を後ろに下げると杖を構える。

 杖の先端に集約していく光の粒。溜めが終わると極太の光のビームが扉を貫いた。


「行って」


 間髪を入れず突入するノルバ。

 剣を構え敵を探すが、そこに広がっていたのはVIPルームよりも遥かに広い空間だった。


「何だここは」


 何も無い。機材の一つも存在しない平坦だけが映る世界に全員が困惑する。

 騙されたのか。

 リッカは鬼の形相で剣をシーの喉に当てる。


「答えなければ首を斬る。工場と魔族は何処にいる!」

「わ…分からない! 分からないんだ! 本当に! 本当にここで合ってるんだ!」


 切っ先が喉に刺さる。溢れる血が剣を伝う。

 しかしシーはフルフルと震えて「信じてくれぇ」と涙を流すだけ。

 そんな様子にリッカはため息をつき、剣を引く。

 投げ捨てられたシーが床に転がる。


「た、助けて下さいシャプール様! シャプール様!」


 シーの声が果のない空間に響く。

 応答はない。かと思われたが―――


「あーあ、来ちゃったよ。最悪だね」


 少年の声が聞こえたかと思うと、何も無い空間がほつれ始める。

 散っていく糸の数々。そして現れたのは果てしなく続く空間に設置された巨大な機械と弧を描いた巨大な角を頭の左右に携えた魔族の少年。


「シャプール様ぁ!」


 イモムシの格好で跳ねて行くシー。

 彼は助けを求めてシャプールと呼ばれた魔族に擦り寄る。


「申し訳ございません。彼の者達の侵入を許してしまいました。どうか、どうかシャプール様のお力をお貸し下さい。貴方様の圧倒的な力で蹴散らしてやって下さい」


 ウジ虫を見るような冷たく嫌悪感に浸った目がシーを見下す。

 気付いていないのか、それとも見て見ぬふりをしているのか、シーはごまをすり続けている。

 シャプールの大きなため息が響いた。


「もういいよ。鬱陶しい」

「え?」


 瞬間、シーが三枚におろされる。そして赤い糸を引きながら崩れた。


「さてと」


 シャプールは躊躇なく肉塊を踏んでノルバ達の元へと歩む。


「よくここまで来たね」


 仮面を貼り付けた様な笑顔が向けられる。


「何で魔族が……生きてるッ!」

「待ちなさいノルバ!」


 慌てて止めるアーリシア。しけしノルバは制止も聞かず剣を振るう。

 シャプールの首が飛ぶ。

 だが違和感。斬った首は異様に軽かった。

 落ちた首が糸屑に変わる。

 残された胴体から糸が伸びて頭が生える。


「いきなりなんて酷いじゃないか」


 紡がれ形を成した口が喋る。


「どうするんだい? ボクがただの人間たったら」

「間違える訳ねぇだろ。テメェらの腐った魔力は鼻に染み付いてる」


 ノルバは吐き捨てる様に言うとシャプールを斬った。

 一度剣を振っただけにしか見えぬ速度。その刃は一瞬の内に魔族を細切れにした。

 しかしそれは糸で出来た人形。命持たぬ代弁者。

 新たな糸が地面から生えてシャプールとなる。


「なるほどね。戦争経験者か。でも剣を収めてほしいな。ボクは争いは好きじゃないんだ。話し合おうよ」

「テメェらと話し合う事なんてねぇよ」


 再度剣を振るおうとするノルバ。だがそれをアーリシアが前に出て止める。


「落ち着きなさい。こっちにも聞かないといけない事が山程あるの。アンタが剣を振るのはそれからにしなさい」

「さっすが。話が分かるね、キミは」


 大袈裟に拍手をして褒め称えるシャプール。アーリシアは隠しもせず、殺意を含んだ鋭い視線を向ける。


「勘違いしないでもらえるかしら。私だって今すぐ殺してやりたいわ。けどね、そこまで短絡的じゃないってだけ」

「いいね。そういうのは好きだよ。好きのお礼だ。何でも聞いてよ」

「なら最初の質問。何で魔族のアナタが生きているの? 魔王は死んだ筈でしょ」


 一番の疑問にして最重要な質問。

 シャプールは「そこが一番気になるよね」と大きく頷く。


「確かに魔王様は死んだよ。それで多くの魔族も死んだ。ボクだって死ぬんじゃないかとビクビクしていたさ。けど死ななかった。何故だか分かる?」

「くだらない雑談に付き合う気はないわ。さっさと答えなさい」

「分かったよ。つれないなぁ。正解はボクが一つの種として確立したからさ」

「どういう事?」

「何百年という時間はボクを魔法生命体ではなく、個として認めたという事さ」


 つまりは魔王の魔法という位置付けではなく、人間や獣人といったと独立した生命体となったという事。シャプールは魔族という種族となったのだ。


「そんな話は聞いた事がないわ」

「そりゃそうでしょ。ボクもボク以外の魔族には会った事がないし」


 信じられない。

 アーリシアの脳は否定しようとする。しかし目の前に映る現実がそれを事実だと証明している。

 無意識の内に手汗が滲んでいた。

 シャプールは戦後、自分以外の魔族には会っていないと言った。だがそれが真実である証拠はない。例え真実であったとしても、他に魔族が生き残っていないという証明にはならない。

 考えれば考える程、呼吸が浅く速くなっていく。


「つまりは隠れてただけの臆病者だろ?」


 たくましく大きな手がアーリシアの肩を叩いた。


「そんな奴に負ける程、オレ達は弱くねぇだろ」

「ノルバ……」


 その背中には動揺も恐怖もない。

 あるのは世界を救わんとする確固たる信念だけ。


「テメェが作った首輪のせいで苦しんでる奴らが山程いる。楽に死ねると思うんじゃねぇぞ」


 剣の切っ先とギラつく目がシャプールに向けられる。

 しかしシャプールは穏やかなまま、態度を崩さない。


「ボクはビジネスをしただけだよ。魔族だからって殺すのはおかしいとは思わないの?」

「思わねぇよ」


 ノルバの一太刀でシャプールの胴が飛ぶ。

 しかしそれは糸で出来た傀儡。ダメージにはならない。

 新たな糸がすぐに形を成す。


「何で分かり合おうとしないの? ボクのやってる事は世界に認められてる。他から見たら悪は君達だよ」


 確かに魔族を知らぬ者からすればシャプールの言い分は正しく思えるだろう。

 だが―――


「舐めんじゃねぇ。感じんだよ。テメェのドス黒い悪意が」


 魔族とは人間や異種族を害する為だけに創られた存在。それは一つの種になろうと変わる筈がない。

 何より溢れ出る悪意が肌に打ち付けている。


「話し合いは無駄……か。残念だよ、ここでキミ達を殺さないといけないなんて」

「やってみろよ。手足落としてやっからよ」

「いいよ! やってみなよ!」


 地面から生えた糸が無数のシャプールを形成する。

 一斉にノルバに襲い掛かる傀儡。しかし稲妻が弾けると一瞬にして糸屑へと帰る。


「アル! 本体は何処だ!」

「待って! まだ時間稼いで!」


 最初の傀儡を倒した時から本体は探していた。だが幻覚魔法とは異なる、糸を用いた幻影はアーリシアの探知を妨害し、上手く探し出せずにいた。


「そうだよ。ボクを見つけない限り永遠に消耗戦が続く。そして先に果てるのはキミ達だ」


 魔力量には自信があるのだろう。

 その証拠に絶え間なくおびただしい数の傀儡が生み出されている。

 だがノルバも簡単にやられる程、弱くはない。

 引退しようとも元勇者。その身に雷を纏い、容易く蹴散らしていく。


「いいねいいね。ならこれはどうかな?」


 傀儡の進行がピタリと止む。

 次の瞬間、目に見えぬ程に極細の糸がノルバを襲う。

 それはシーを殺した攻撃。当たれば人の身など紙切れの様に切り裂く。

 それが数え切れない数、迫っている。

 しかしノルバは冷静により激しく、より濃く雷を纏う。

 そして一薙ひとなぎ。稲妻が走ると糸は全てこと切れた。


「もう一撃だ」


 ノルバは傀儡の大群の頭上に跳躍。雷の宿る剣を振り下ろす。

 すると雷撃が降り注ぎ、傀儡の群れのいた箇所は焦土と化した。

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