第21話 元勇者のおっさんは仲間を信じて進むそうです

 空に地に剣閃が舞う。金属音が響く中に高笑いが混じる。


ようやく本気だな!」

「初めから全力だ!」


 互いに弾き合い着地する。


「さぁもっと来いよ!」


 両手を広げ打ち込んでこいとアピールする獣人。

 ノルバは前傾姿勢になり静かに息を吸い込む。体に、剣に、雷が弾け始め―――消える。

 胸元に放たれた一閃。獣人は両の爪で受け止めたその目は驚きにのまれている。


『コイツ速度が……ッ!』


 それまでより速い剣速に獣人は受け止めるのが精一杯。爪は砕け、そのまま吹き飛ばされる。

 瓦礫に埋もれ様が攻撃の手は止まらない。

 ノルバはその場で剣を掲げると雷を剣先に集約して振り下ろす。

 大地を穿ち走る雷が獣人を喰らう。

 雷鳴が轟き、その場には焼き焦げて地に伏す獣人だけが残った。


「まだギアが上がるのには時間が掛かるんだ。お陰でいい運動になった」


 剣を収めて去ろうとするノルバだが、微かな地面の揺れがその足を止める。


「嘘だろ……」


 完全に死んだ筈だ。直接確認せずとも生死を判断出来る技量をノルバは持ち合わせている。

 しかしどうしてか。今、彼の目の前には真っ黒に焦げた姿で立つ獣人の姿がある。

 そんなノルバの驚愕する様子を見て、獣人は大きく口を開けて笑う。


「驚いてるなぁ。驚いてるなぁ! そうだ、その反応が見たかった! いつだって人間のその顔はたまんねぇ!」


 炭化した皮膚が赤みを取り戻していく。生々しい血の色が獣人の体に宿る。皮膚が戻り、毛が生え、爪が生え変わる。

 機能しない筈の目がギョロリとノルバを捉える。


「再生能力か」

「魔法は人間だけの特権だと思ったか? 残念! 俺様も使えるんだよ!」


 完全に再生した獣人はより高らかに笑う。その笑いは人間を出し抜いた事を嘲笑うものだ。

 獣人の言う通り、魔法は非力な人間が持ち得る特権だ。

 他の種族は素の能力のみで戦う。だが稀に異種族の中にも魔法を使える者が現れる事がある。

 そういった者はすべからく強敵。ノルバも勇者時代、何度も窮地に立たされた。


「テメェがギア上がるの待ってやったんだ。こっからは互いに本気だぜ?」


 ノルバは自分の落ち度に舌打ちをして再度剣を構える。

 相手が手を抜いているのはわかっていた。それに甘んじた結果がこれだ。

 だが悔いていても状況は変わらない。目の前の敵を一刻も早く無力化してエルノ達を追わなければならない。

 ノルバは大きく息を吸い、走る。稲妻の尾が彼の後を追う。

 獲った。

 電光石火の一撃が獣人の首筋を捉える。だがその姿は蜃気楼の様にその場から消える。そしてノルバの背後から凶爪が振り下ろされる。

 だがノルバは身を翻し、剣の腹で爪を受け止めるとその勢いを利用して距離を取る。


『やっぱ衰えてんな。クソ……』


 昔なら防がずに反撃に転じれていた。

 これまでの戦いで分かっていた事だったが、ここに来てその事実が重くのしかかる。


「おいおいどうしたぁ? もうついてこれなくなったか?」

「舐めんな」


 ノルバは全身に力を入れる。

 今出せる全力を持って目の前の障害を排除する。

 青い稲妻が細胞一つ一つから弾ける。そして地面に踏み込んだ。その時だった―――

 炎の波がノルバと獣人の間を隔てた。

 荒々しく燃える炎。その炎をノルバは知っている。


「漸く追いついた」


 炎が放たれた方向を見るとそこからシャナが現れる。

 第二陣の突入隊の合流だ。だがいるのはシャナだけだ。


「何だぁ、テメェはよぉ」

「コイツは私に任せて先に行け」


 無視してノルバに話し掛けるシャナ。

 獣人の頭に血管が浮き出る。


「無視してんじゃねぇぞゴラァ!」


 両の爪を鋭く立て襲い掛かる獣人。それはこれまでの速度を凌駕する。

 それをシャナは二本の短剣で受け止めた。


「他の仲間が後から来る! 行け!」

「分かった! 頼んだぞ!」


 迷いはない。シャナはプラチナ冒険者。ダンジョンでも実力は見ている。死ぬ筈がない。

 ノルバは彼女を信じて走った。

 その背を見送ると、シャナの目が鋭くなる。

 その目には怒りと怨み、荒ぶる業火の復讐心が宿っていた。


「何だよ、その目は」

「キサマはカルレド村を覚えているか」


 お互いに弾き合い距離を取る。


「知らねぇなぁ」

「そうか。なら思い出させてやる」


 考える素振りすら見せない獣人にシャナは静かに返す。

 全身に炎を纏う。そして足底から炎を噴射させ速度をつけて斬り込んだ。

 爆発音と共に火花が散る。

 目にも止まらぬ連撃。

 しかし獣人は余裕の表情を浮かべて弾き続ける。

 それどころか微かな隙を突いてシャナの体に傷をつけていく。


「十五年前! キサマが滅ぼした村の名だ!」

「覚えてねぇなぁ!」


 大振りの一撃がシャナを襲い、吹き飛ばされる。

 防いだ。だがあまりの威力に剣を持つ手が痺れる。


「何だ? その村の生き残りか?」

「そうだ」


 痺れを消す様に強く剣を握る。そして目の前の仇を見据える。


「忘れもしない。その青い体毛。魔王と手を組み人々を襲い続けた害獣。凶爪のガイナス。私はキサマを殺す事をずっと考え生きてきた」


 父を母を姉を殺された。友も村も全てを失った。隣村のエルノの家に引き取られ、幸せな生活を送る中でも抉れた心と憎しみの炎は消えなかった。

 だから冒険者になった。魔王の死後も暴れ回っているのなら、いつか出会うかもしれない。討伐依頼が出るかもしれない。

 そう思いがむしゃらに戦い続けた。そしてプラチナランクにまで辿り着いた。

 その努力は無駄ではなかった。

 思わず笑みがこぼれる。


「何がおかしいんだよ」

「嬉しいんだ。この手でキサマを殺せる事が」


 どれだけこの時を待ち望んだか。胸が高鳴らない理由はない。

 ガイナスには首輪がついていない。つまりは自らの意思でここに立っている。

 あの日、殺したい程に目に焼き付けられた姿が変わらずある事にシャナは感謝をした。


「私の全霊を持ってキサマを殺す」

「言ってくれるじゃねぇか!」


 シャナを包む炎が激しさを増し始める。

 ガイナスは何が起きるのかと攻めの手を引く。

 炎は彼女の皮膚を焼き、骨を溶かし、血を沸騰させる。

 全ての細胞が炎に置き換わっていく。


「これはキサマを殺す為に生み出した魔法だ」


 それは人の形を保った太陽。近付く者全てを照らすと同時に消滅させる業火の化身。

 どれ程の熱を帯びているのか周囲の壁が蒸発していく。床が沼地の様に溶けている。

 ガイナスは身震いした。武者震いではない。本能が逃げろと警告している。

 だが彼は大きく笑うと震える腕を握り潰す。

 瞬く間に再生していく腕を動かし、かかって来いと挑発する。


「焼き尽くしてやる」


 その言葉を残してシャナが消える。

 ガイナスが彼女の行方を知ったのは攻撃をくらう直前。

 顔面を鷲掴みにされ、掌から業火が放たれる。

 吹き飛んだガイナスの顔面は前半分が消し飛び、頭部は炭化している。

 しかし彼は死なない。すぐさま再生を始める。

 だがシャナも回復を悠長に待つ訳がなく。追撃の拳の連打を浴びせる。

 攻撃をくらう度、ガイナスの体は炭化し崩れる。しかし彼の再生力は肉体を生き続けさせた。


「いい加減にしろ」


 瞼のない目がシャナを睨む。

 彼女の拳をガイナスは受け止めた。

 再生と炭化の狭間を生きる彼の姿はおぞましく、生きる人体模型だった。

 炎の拳が握り潰されていく。

 シャナはその場で回転すると、ガイナスの腕を引き千切る。そしてそのまま噴射を利用した踵落としを脳天にぶち込んだ。

 炎が大地を走り蒸発させる。

 大きく穴の空いた地面に落ちていくガイナス。炎を利用し空に留まるシャナは右の拳を強く握る。

 ありったけの炎を拳に集約させる。

 赤々とした炎は金へと変わる。


「俺様を……舐めんじゃねぇ!」


 攻撃が止んた事で再生しきったガイナスは力を解放する。

 筋肉が肥大化し、目が血走る。

 一回りも二回りにも巨大化した体躯は、空間を掴み、空を駆ける。


「殺す! 殺す殺す殺す殺す!」


 迫る狂獣。シャナは限界まで力を溜める。


「キサマを殺すには再生を上回るしかない」


 煌々と燃える金の炎は巨岩の如き大きさで敵を照らす。


「殺ぉす!」

「くたばれ!!」


 全身全霊を持ってシャナは拳を放つ。

 黄金の炎はガイナスを飲み込んだ。

 叫び声すら燃やしつくし、炎は暗闇の底を照らす。

 黄金の地底には細胞の一つも残らなかった。


「後は……頼んだぞ」


 消えゆく炎を身に纏い、シャナは先に進んだ仲間に託すのだった。

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