第20話 元勇者のおっさんは強敵に出会うそうです

 ブツリと念話が消えた。

 また妨害か。

 ノルバは周囲を見渡すが敵の気配はない。

 それに今回はそれまでの砂嵐が混じった様な遮断のされ方とは違う。


「アル! 返事をしろ! 何があった!」


 直感的にアーリシア達の危機を察知したノルバは名を呼ぶ。だが返る言葉はなく無音だけが響く。

 アーリシア達の元に戻ろうにも彼女の指示を受けて進んでいたノルバには戻るべき道が分からない。


「アル、お前なら大丈夫だよな」


 それならばこのまま進むべきだ。

 かつて共に魔王を倒した仲間だ。こんな所で倒れはしない。

 それにエルノとリッカもいる。

 二人の実力はわかっている。大丈夫だ。

 ノルバは前を向き走った。


 ※※※


 暗い、暗い海の中。終わりのない深海へと引きずり込まれている。

 幸いにも本当の海とは違い息は出来る。

 しかし状況は最悪。魔法は使えず何処へ連れて行かれているのかも分からない。

 だがそんな中でもアーリシアは冷静だった。


『こんなもので私を封じたつもりなんてね』


 アーリシアは帽子の中に手を突っ込むとてのひらほどの球体を取り出した。

 その球体を暗い底へと投げる。

 すると暗闇が照らされ瞬間、爆発が起きる。

 根を切り取られた植物の様に生気を失っていく手はアーリシアを放れて闇に消えていく。

 それと同時に辺りの闇も剥がれていく。


「アナタが犯人ね。残念だったわね、あのまま終わらせられなくて」


 地に足をつけたアーリシアの目の前には枯れ枝の様に痩せほせた男がいた。彼女を睨みつけ、爪を噛む姿からは自身の魔法が破られた悔しさが滲み出ている。


「ぼ、ぼぼぼ僕の魔法の弱点をすぐに把握するなんてやるじゃないか」

「あら褒めてくれてるの? ありがとう。けどあれくらい朝飯前よ」

「う、うううるさい! ぼぼぼ僕は怒ってるんだ! 僕のかかか完璧な魔法をだだだ台無しにしやがって!」

「完璧? 確かに魔法封じは厄介だったわ。けど、そこだけに注力し過ぎて耐久力はなかったわね。まぁ、魔法使いにしか使わなそうな陰気な魔法だからいいんじゃないかしら?」

「ぼぼぼ僕の魔法をば、ばばば馬鹿にするなぁ!」


 男は瞬時に杖をアーリシアに向けると火の玉を連射する。

 しかしアーリシアは光で出来た魔法の壁を作ると防御する。そして壁越しに杖を男に向けると同じ火の玉を放った。

 流れる様な早業に防御する暇もなく男に魔法が直撃する。


「熱い! 熱い! 熱い!」


 地面に転がり火を消そうとする男の頭を踏むとアーリシアは聞く。


「ねぇ、ここって何処かしら?」

「だ、だだだ誰が教えるか!」

「そう。だったら」


 男の右腕が消し飛ぶ。

 一瞬遅れて脳が理解すると叫び声がこだまする。


「コソコソ隠れて人を妨害するだけで力なんてない。そんな弱虫が私に敵うと思ってるの?」


 アーリシアの言葉は男の耳には届いていない。

 涙と唾液にまみれぐちゃぐちゃになった顔で男は泣き叫び続けている。

 暴れようともひ弱な手足では無意味な抵抗。

 ただその場で絶望に打ちひしがれている。

 終わらない絶叫。

 冷えきった視線を向けるアーリシアは男の眼前に魔法を放つ。


「もう一度言うわ。ここが何処か教えなさい。しないなら次は残った腕が消えるわよ」


 その言葉に男の声が止む。

 怯える小動物の如く震える男は何度も何度も小さく頷く。


「ありがと。それじゃあ早く念話が届く場所に行かないと」


 アーリシアは拘束魔法で男を縛り付け、共に移動するのだった。


 ※※※


 アーリシアが消えた後、エルノとリッカはノルバの通過した道を辿っていた。


「ノルバ・スタークス。アイツは何処にいるんだ」


 ノルバの行動に不満げな顔を見せるリッカをエルノは「まぁまぁ」とたしなめる。


「ノルバさんなら大丈夫ですよ。お強いですから」

「そんな事は分かっている。ノルバ・スタークスはここにいる誰よりも強い。やられる事は心配していないが少々急ぎ過ぎている。事をいては足元をすくわれる」


 急がねばならない時ほど慎重に行動しなければならない。

 感情的になれば虚を突かれ思わぬ痛手を負ってしまう。


「確かにそうですね。それじゃあ早くノルバさんを見つけましょう。お師匠との通信がなくなって心配しているかもしれませんし、早く私の念話が届く範囲に行て安心させてあげましょう」

「そうだな」


 エルノの声は明るく威勢がいい。

 アーリシアから託された責任に潰されず気合に満ちた様子にリッカは目を細めた。

 そんな時だった―――


「待て、何か聞こえる」


 口元に指を立て静かにするよう指示するリッカ。

 二人が耳を澄ますと何かが砕ける音が継続的に聞こえる。

 音は遥か前方から段々と近付いてくる。

 武器を構える二人。乾いた喉に唾を飲み込む。


「来るぞ!」


 リッカの声でエルノは迎撃体制を取るが、壁を突き破り現れたのはまさかのノルバだった。


「リッカ、エルノ!」


 驚きの声を上げるノルバだったが顔をすぐに正面に向ける。

 道中に倒れていた輩では負わせられないであろう土埃をその身に纏うノルバにエルノは困惑して聞く。


「一体何があったんですか!?」

「厄介な奴が出て来やがった」


 視線を前に向けて答えるノルバの目は鋭い。

 剣を構える姿にも一切の隙はなく、奥にいる敵を警戒している。


「随分と飛んだのによく生きてたな。おっさん」


 頭に手を置き、首を鳴らしながら現れたのは一人の男。

 全身を覆う青いゼブラ模様の体毛。頭上部についた二つの三角の耳。腰から伸びる長い尾。そしてなにより獲物を引き裂き仕留める為に備わった手足の巨大な爪。

 男がニヤリと歯を見せて笑うと巨大な犬歯が光を反射する。


「獣人だと……」


 リッカが驚きの声を漏らす。

 その声に男の耳がピクリと反応する。


「何だよ。亜人かここにいちゃまずいのか? なぁおい!」


 予備動作はなかった。突如として獣人の姿が消える。

 本人の気付かぬ間にリッカに向けて延びる爪。

 ノルバは自身の横を抜ける前に剣を振る。

 火花が散る。獣人は受け止めた勢いのまま空中で回転をして着地する。


「おいおい、邪魔すんなよ」

「お前の相手はオレだろ」

「関係ねぇ。全員俺様の獲物だ。だがまぁ先にやり始めたのはテメェだ。片付けてやんよ」


 獣人が両の爪で研ぎ合うと金切り声に似た音が響く。

 より鋭利になった凶爪がノルバを襲う。

 雷を纏った青い剣閃と白い斬光が火花を散らす。

 互いに引かず、打ち込み続ける。

 加勢する隙すらない攻防一体。エルノとリッカは息を呑む。

 そんな二人にノルバは叫ぶ。


「お前ら先に行け! ここにいちゃ巻き込んじまう!」


 ノルバの言葉にリッカはハッとした。

 二人の攻防に気圧されていた。

 今優先すべきは製造工場への到着。先を急がねばならない。

 それに狭い通路ではノルバも全力を出せない。

 足を引っ張った。

 その事実にリッカは唇を噛んだ。だがすぐに切り替える。


「エルノ殿、行くぞ。ここにいては邪魔になる」

「は、はい」


 ノルバの突き抜けてきた道へと入っていく二人。

 鍔迫り合う最中、最後にノルバは聞く。


「アルはどうした」

「お師匠とははぐれました。でも大丈夫です。なんたってあのお師匠ですから」


 自信満々に答えるエルノにノルバは「そうだったな」とでも言う様にフッと笑う。


「ノルバ・スタークス! 先程の件、礼を言う! 決して死ぬなよ!」


 そして去り際に残されたリッカの言葉には苦笑する。


「誰にもの言ってやがる」


 そう言ったノルバの顔には薄く笑みが浮かんでいた。

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