第6話 元勇者のおっさんは奴隷をどうするか話し合うそうです

 翌朝、ノルバは足元でごそごそと何か動く感触で目を覚ます。

 何かが毛布に入り込んでいる。

 毛布をどけてみるとそこには昨日助けた獣人の少女がいた。


「何してる」


 まさかと思いつつ、ノルバは怒りを押し殺して聞いた。


「ん……? おれい……」

「やめろ!」


 何の躊躇もなく少女の手がズボンに伸びる。

 その瞬間、鳥肌が立つ程の嫌悪感に襲いノルバは反射的に少女を蹴り飛ばしてしまう。

 咄嗟の行動にノルバ自身も驚き固まるがすぐに自分のやらかしに気付く。

 ノルバは慌てて床に転がる少女に駆け寄り安否を確認する。

 強くは蹴っていない。幸いにも倒れただけで怪我はなかった。

 胸を撫で下ろしたノルバは少女を持ち上げると立ち上がらせる。


「ごめんな。痛かっただろ」


 目線を合わせ謝るノルバに少女は微笑みで返事をする。

 そんな少女の頭に手を置くと、ノルバは優しくも厳しい口調で伝える。


「いいか? 次からはこんな事はするな。絶対にだ。分かったか?」

「でも……そうしないとおこられる……」

「オレは怒らない。逆にさっきの事をした方がオレは怒る」

「わかった……」

「よし。いい子だ」


 ノルバが少女の頭を撫でるが少女の表情に変わりはない。まるで仮面を貼り付けられた様に変わらない顔には形容しがたい気持ち悪さがある。

 だが元々そんなではなかった筈だ。

 奴隷として生き抜く為に身に付けざるを得なかった術の一つなのだ。

 罪のない子どもをこんな目に合わせ、加えて身体労働までも教え込む。外道極まりない所業は絶対に許す事は出来ない。


「おい! 何があった!?」


 バンバンと勢い良く扉が叩かれる。

 騒ぎを聞いて隣室のシャナが確認しに来たのだ。

 ノルバは扉を開けて事情を説明する。


「何もねぇよ。大丈夫だ。助けたガキが暴れただけだ」

「そうか。何もないならいいが」

「ちょうどいいや。改めて話しようぜ」


 ノルバが踵を返すと突然少女が目を見開く。

 少女の視線はノルバのズボンのポケットに向いている。

 ノルバも同じ箇所に視線を向けるとそこにはポケットからはみ出した奴隷の首輪があった。

 徐々にひきつっていく顔は次第に絶望と恐怖に満ちた顔へと変わる。そして少女は気が狂ってしまった様に頭を抱えて叫びだす。


「おねえちゃ……おねえちゃん……おねえちゃん! あぁ……あぁ……あああぁぁぁぁぁぁ!」


 少女は逃げようとしているのか窓の方へと走り始める。


「ダメだ!」


 ノルバはその場からジャンプして咄嗟に少女を捕まえるとそのまま床に落ちる。

 その際、少女を守る様に肩から落ちるが何の問題もない。ノルバは少女を抱き締めたまま声をかける。


「大丈夫だ。もうここには怖いやつはいない。逃げなくていい。大丈夫だ。怖いやつはもう倒したから。だから安心しろ。な?」


 毛は逆立ち、目は血走っている。

 迂闊だった。フラッシュバックの可能性も考えずに首輪を持ってしまっていた。

 ノルバは自身の行動を悔いながら、少女の頭を撫でて声をかけ続ける。

 そして長い時間の末、少女の呼吸は落ち着き心拍数は戻っていった。


「だ、大丈夫なのか……?」

「あぁ、落ち着いたんだろう。寝たよ」


 相当な心的ストレスがかかったのだ。体がと心の修復の為に眠らせたのだろう。

 少女をベッドに寝かせると二人は昨日と同じ様に座る。


「昨日の続き……つっても何も話してねぇか」

「獣人の子どもの扱いをどうするか話し合わねばならない」


 獣人。その言葉にノルバは「へぇ」と内心驚きを感じた。

 そんな事は知る由もなくシャナは言葉を続ける。


「奴隷の首輪を持っているだろう。貸してくれないか」

「あぁ」


 ノルバは奴隷の首輪をテーブルに置く。

 シャナは首輪を手に取り観察する。


「やはりここか。見てみろ」

「あ?」


 そして首輪に施されているマークをノルバに見せた。


「一つ目の獅子のマーク。ライオネットアイ商会のものだ」

「どこだよ。聞いた事ねぇ」

「奴隷の出所なんて知らない者の方が多いから無理はない。ライオネットアイ商会は大戦終結後から奴隷売買で財を成していった大型商会だ。元は冒険者用のアイテム販売を主としていたのだが、その繋がりを通して奴隷売買を始めたらしい。奴隷業の始まりと言われている」


 つまりは元を辿れば全ての元凶はライオネットアイ商会という事になる。


「じゃあそこを潰せばこのガキも解放されるのか?」

「無理だな。ライオネットアイ商会は各国とのパイプが太い。今や奴隷も商品として相当な価値を持って各国が運用している。喧嘩を売れば国を敵にまわす事になる」

「何だよそれ……」


 怒りで血管がはち切れそうだ。だがここで怒りを露にしても何も変わらない。

 ノルバは何とか気持ちを抑えていく。


「エルバニアにもいるのか……?」

「いない。前国王は獣人含め亜人全てを嫌っていたからな。奴隷であろうと入国を禁じていた。ただし、これからはどうなるか分からないがな」

「そうか」


 結果としてだが自分の故郷が異種族に非道な行いをしていなかった事は喜ばしい事だ。


「話を戻すがこのガキを解放するにはどうしたらいいんだ? 見たところまだ呪いは発生してねぇが解呪された訳じゃねぇだろ」

「その通りだ。おそらくこの子は買い手がついて運ばれていく最中だったのだろう。今頃購入者が探している可能性もある。そうなると首輪の持ち主がこの子を回収しにくるかもな」

「場所が分かるのか?」

「そうだ。商品に逃げられないように首輪には位置情報が分かる魔法がかけられている」

「勝手に連れていく事も出来ないという訳か」


 解呪しようにもそんな事をすれば位置が把握されているのだから逃げられたと分かる。

 それに大事な商品に加えて国も絡んでいる可能性もある。

 奴隷一人取られたくらいで大事にはならないと思うが万が一にでも国を敵にまわした際には、国を相手に一人戦う覚悟はある。だがそれでは一生追われる身となり、獣人の少女も巻き込む事となってしまう。

 つまり残された手段は一つしかないという事になる。


「解放する為には買い取るしかない……か」

「そうなるな。ちなみにライオネットアイ商会と連絡をとれる者なら今日この村に来ると思うぞ」

「本当か?」

「あぁ。キマイラの死体を処理と調査をしないといけないからな。王立研究所の職員が何日か村に来る筈だ。その時に聞いてみるといい」


 シャナは首輪をテーブルに置いた。

 ノルバが首輪をしまうと何やらシャナの雰囲気が先程までとは変わる。

 若干の圧を放つ様子は何かを疑う様な、または興味を持つ様な雰囲気だ。


「獣人の子どもについてはそれからだ。それよりも私はアナタについて知りたい。率直に聞く。アナタは何者なんだ?」

「ただの新人冒険者だよ」

「嘘をつかないでもらいたい。ただの新人がキマイラを倒せるものか。勇者ノルバと同じ名を持ち、その軽装と使い古した安物の剣でキマイラを討つ程の実力。並の者ではない筈だ」


 真剣な眼差しの奥がキラキラと輝いている様に見える。

 シャナの追求が面倒なノルバはため息をついた。

 そして頬杖をつきながら答える。


「名前は偶然だ。どこにでもあるだろこんな名前。昔は魔王軍と戦ってた。これでいいか?」

「そうか。分かった」


 ノルバの返答に不服ながらも納得した様子を見せたシャナは一人何かを考え始める。


「……ブロンズにしておくのは勿体ないな……。私の権限でいけるだろうか……。いや……うーん……」

「何ぶつぶつ言ってんだ」

「す、すまない! アナタ程の猛者をブロンズにしておくのは勿体ないと思ってな。特例で昇級させられないかと考えていたんだ」


 冒険者ランクにはブロンズ・シルバー・ゴールドと3つの階級がある。そしてそれぞれの階級で更に3~1のランク分けがされている。

 現在のノルバのランクは最下層のブロンズ3。

 本来はここから一つずつ階級を上げていくのが普通だ。

 だがシャナは特例で昇級と言った。

 そこにノルバは疑問を感じる。


「お前も冒険者だろ。何でんな事が出来る」

「ん? あぁ。私は自分で言うのもあれだが、冒険者の中では特別だからな」


 胸元のネームプレートをシャナが出して見せる。

 その色は透き通る様な白の光沢を放っており、ノルバの知る三色のどれでもなかった。


「プラチナ。これが私のランクだ。ゴールドランクの更に上。2年前に作られたランクで今はまだ私と他に2人しかいないらしい」

「へぇ」


 それならば自分の脚力についてきた理由にも納得出来る。ノルバは感心を示した。


「プラチナは流石に無理だが、シルバー1。いや、ゴールド3に推薦しよう。アナタ程の実力なはすぐにでもプラチナにいける筈だ」


 冒険者にとってはまたとないチャンスなのだろう。断る者はいない。

 筈なのだが、ノルバは違った。


「いや、いいわ。別に上にいきたい訳じゃねぇし。オレは気ままに過ごしたいだけなんでな」

「アナタ程の才を放っておくなど世界の損失だ!」

「いいだろ別に。とにかくオレはランクに興味はねぇ。んじゃオレは1時間くらい出てくるから、そのガキみといてくれ」

「お、おい。まだ話は!」


 席を立ったノルバはシャナの制止も聞かず剣を持って出て行ってしまった。

 立ち上がりかけた体を再び椅子に戻すとシャナは項垂れる様に机に突っ伏して大きなため息をつくのだった。

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