第5話 元勇者のおっさんは奴隷の少女を助けるそうです
ノルバは1頭だけ残っていたポッチに乗り王都に帰ってきた。
ポッチをギルドの前に待機させ、ノルバが中に入ると最初に来た時とはまた違うどよめきが起こる。
しかしそんな事はどこ吹く風。ノルバは受付嬢の元へ行く。
「レッドファング5頭の討伐完了だ」
「は、はい。プルース様から伺っております。お疲れ様でした。……カーデリック様については私共も残念ではあります」
視線を落とした受付嬢だったが、すぐに顔を上げると疑う様な、信じられないものを見る様な視線を向けて口を開く。
「あの……キマイラを討伐したというのは本当ですか?」
「あぁ本当だ」
ギルド内が大きくざわめき、全ての視線がノルバに集まっていく。
確かにみすぼらしおっさん冒険者。しかも新人がキマイラを討ったのだ。驚くのも無理はない。
人によっては最高の栄養材になるだろう。
しかしノルバにとっては当たり前の事をしたにすぎない。
周囲の反応には一切干渉せず、拾ったベルトを出す。
「拾ったんだがあの3人の持ち物だと思うんだ。預かってやってくれないか」
「えっ……」
ベルトを見ると受付嬢は困惑した表情を見せる。
「奴隷の首輪ですよこれ」
「奴隷の首輪?」
ノルバが現役だった時代にはなかった代物だ。
平和になった世でこんなものが
心の奥から煮えたぎった感情がせり上がってくる。
「これを着けられると主人に服従しないといけなくなるんです。もしも命令に逆らったり首輪を外せば呪いが発動して、その奴隷には災いが降りかかります」
「なんだよ……それ」
「ですが奴隷が逆らったという線は薄いかと。外そうとするだけでも呪いが発動するので。なのでキマイラかレッドファングに襲われたと考えるのが妥当でしょうか」
受付嬢の言葉を聞くとノルバは首輪を持ってギルドを飛び出した。
呼び止める声が届く間もなく、ノルバは走っていく。
まるで突風。目にも止まらぬ俊足は通り道に風だけを残していく。
そして王都を出るとそのスピードは更に速くなる。
ポッチなど彼方に置き去りにする速度で走り続けると、瞬く間にノルバはキマイラ達がいた森へと帰ってきた。
ノルバは切れた息を整える事もせず捜索を始める。
「おーい! 誰かいないか! いるのなら返事をしろー! 助けに来た!」
日が沈み始めている。早くしなければ見つけるのは困難になる。
しかし返事はなくノルバの声だけが森に反響する。
それでもノルバは呼び続ける。助けられる命がそこにいる可能性があるから。
森の奥へ奥へと入っていく。しかし叫び続ける声に反応はない。
「いるなら返事をしろー! 助けに来たー!」
既にキマイラに襲われて死んでいるのか。
考えたくもない結末が脳裏にちらつく。
「絶対にいる筈だ。考えろ。どこにいる可能性が高い」
やみくもに探しても見つからない。
ノルバは一度立ち止まり思考を回転させる。
そもそも何故森にいると考えた?その根拠はなんだ。
根拠は首輪の汚れ具合だ。キマイラの牙に引っ掛かっていたが目立つ汚れや劣化は見られなかった。つまりそれが最近のものであるという証拠。
そしてキマイラの目撃情報はなかったのだから森の中で襲われたと考えるのが普通だ。何故森の中にいたのかについては今はどうでもいい。
では森のどこで襲われた可能性が高い?
「クソッ! 何で気付かなかった!」
襲われた場所を見つけるなんて簡単だ。キマイラの歩いた道を辿っていけばいいだけだ。
倒れた木々を大きな足跡を探せば襲われた地点に辿り着く。
「あった」
キマイラの足跡を見つけると進行方向とは逆に進み始める。
その間もノルバは生存者を呼ぶのは止めない。
そして完全に日は沈み星々が空に瞬いている中、ノルバは遂に発見する。
砕け散った荷車とポッチの死体に無数の
ノルバの持つ首輪と同じ物を着けている者が多くいる。背格好から推測するに子どもの奴隷だろう。そして4人の冒険者と過剰なまでの装飾品に身を包んだ太った男が死んでいる。
荷車の近くで死んでいる奴隷が少ない様子から奴隷達は主人を守る為に戦わされたのだろう。
しかし目立った戦闘の痕跡は見当たらない。つまりは為す術もなく殺されたという事だ。
「誰か! 誰か生きている奴はいないか!?」
生存は絶望的。ノルバは
しかし反応はない。惨状を見ればそんなものは一目瞭然。ある筈がない。
そう思っていたのだが、壊れた荷車が動いた音がした。
崩壊しただけかもしれない。だがもしもそれが生存者の足掻きなのだとしたら。
ノルバはすぐさま破片をどけると、そこには犬の耳が生えた奴隷の少女が埋もれていた。
「大丈夫か!?」
返事はない。だが息はある。
ひとまずノルバはほっと胸を撫で下ろす。
しかし油断は出来ない。目立った外傷はないが脈が弱い。早急に医者に見てもらう必要がある。
「確か村があった筈だ」
距離はあるが王都に戻るよりは断然近い。
ノルバは少女を抱き抱えると村へ向かおうとする。しかしその時、森の草木が擦れる音が聞こえた。
風のよる音ではない。ノルバは少女をそっと地面に置き剣を抜く。
すると月明かりに照らされた一人の女が森の中から姿を現した。
首にかけられたネームプレートが月明かりを反射して狼の如き狩人の鋭い目がこちらに向いているのが分かる。
「何の用だ。言っておくがこれはオレがやったんじゃない。来た時にはこうなっていた」
剣を下ろし敵意はない事をアピールするが女は無言のまま、業火を宿したかの様な赤く広がった髪をなびかせ歩んでくる。
「オレも冒険者だ。生存者の救助を手伝ってほしい」
ネームプレートを見せるが女は止まらない。
今は一刻を争う状況だというのに。
意思表示のない女の態度にノルバは痺れを切らし切っ先を女の顔の高さに向ける。
「そこで止まれ。時間がねぇんだ。用がないならさっさと消えろ」
すると女は立ち止まり、漸く口を開く。
「ノルバ・スタークス。まるで本物の勇者の様だな」
「何が言いてぇ」
女は返事をする代わりに青色の液体の入った小瓶を投げ渡す。
宙を舞う瓶の中の液体をノルバはよく知っている。その液体の正体はハイポーション。ポーションと呼ばれる回復薬の効力をより強くした回復薬だ。
「使え。その子を助けたいんだろう」
「どういうつもりだ」
ノルバは疑問を
飲ませられれば一番なのだが意識を失っている為、皮膚から吸収させるしかない。
だがそれでも効力は充分すぎる程にある。目に見える擦り傷は一瞬にして完治し、力強く脈は打ち始めた。
ハイポーションは別名【医者いらず】と呼ばれる程、治癒効果が高くそれ故高価だ。
そんなものを簡単に手渡すなんて並の冒険者ではない。
ノルバは同じ質問をもう一度する。
「どういうつもりだ、テメェ」
「人助けに理由が必要か?」
「答えになってねぇぞ」
返答次第では……。ノルバは再度剣を手に取ろうとする。
しかし女はノルバの意図しない行動をとる。
「知りたいならついてこい。村に連れていってやる」
ノルバの返答も待たず女は踵を返すと森の中へと入っていく。
敵意や悪意は感じられない。先の行動からもとりあえずは味方だと考えていいだろう。
ノルバは少女を抱くと警戒しつつも女の後について行くのだった。
女は短剣を使い、歩きやすい様に枝葉を切り落として進んでいく。
その間、女からのアクションはない。
ノルバから話しかける理由もない為、そのまま無言で歩いていく。
そして月明かりだけが頼りの中、迷わず足を進めていき一行は村へと到着する。
何もない小さな村だ。夜という事もあり全員家にいるのだろう。外には誰もおらず静まり返っている。
そんな静寂に包まれた村に入る前に女は「おい」とノルバを呼ぶと自身の着ているフード付きの上着を脱いで突き出す様に渡す。
「その子どもに着させろ。耳を隠してな」
「あー……そういう事か」
理由を理解したノルバは受け取ると少女に着せる。
そして女はノルバを連れて静寂に包まれた村に入っていくと村唯一の宿屋の扉を開ける。
「いらっしゃい。3人かね?」
「あぁ、2部屋頼みたい」
「おや、別々かい? まぁ深掘りするのは野暮だね。2部屋分で4000コインだ」
女は代金を支払うと宿屋の店主から2部屋の鍵を受け取り、一つをノルバに渡す。
「今日はその子と泊まっていけ。金はいらない」
「いいのか? 助かる」
ノルバは鍵を受け取る。
夜道を歩き王都に帰るのもノルバ1人なら問題はない。
しかし今は
部屋はベッドと食事用の机があるだけの簡素な作りだ。
ノルバはベッドに少女を寝かせて椅子に腰を下ろそうとすると扉がノックされる。
開けると立っていたのは隣の部屋に泊まる筈の女だった。
「あぁ、お前か。聞かせろよ」
聞きたい事は沢山ある。
二人はテーブルを挟んで座った。
最初に口を開いたのはノルバの方だ。
「聞きてぇ事は山程あるが、まずお前は何者だ」
「私の名前はシャナ。冒険者だ」
「んで、シャナ。お前はあそこで何してた」
「アナタを探していた。ギルドでキマイラ討伐の話が聞こえてきたのでどんな冒険者か確認したくなったんだ」
警戒して損した。
ノルバは気が抜けた様に椅子にもたれかかる。
「だったら最初からそう言えよ。敵かと思っちまったじゃねぇか」
「す、すまない」
申し訳なさそうに下を向くシャナ。森で出会った時とはまるで態度が違う。
「別に気にしてねぇよ。ポーションも貰って、宿代も出してもらったしな。謝らないといけないのはこっちだ」
「それこそ気にするな」
シャナの態度が戻る。
「私はやりたい様にやっているだけだ。それに亜人と言えど子どもを見捨てる事は出来ない」
そんなシャナにノルバは若干の怒りを交えて指摘をする。
「亜人じゃない。獣人だろ」
亜人とは人間以外の知的生命体の総称だ。
差別用語ではない。人間が当たり前の様に使っている言葉。だがノルバはそれがたまらなく嫌いだった。
「亜人は亜人だ。何が不満なんだ」
「人間以外は下に見てる様な態度が言葉に表れているのが気にくわねぇ」
「実際問題、人間より下だろう。抗わず魔王軍に
「アイツらだって好きで従ってた訳じゃねぇ。戦場を知らないガキが知ったような口を聞くんじゃねぇよ」
「戦場を知らないだと……? ふざけた事をぬかすな!」
ノルバの発言が逆鱗に触れたのか、シャナは怒り机を叩く。
「私はこの身をもって亜人どもの卑劣さを体験している。キサマこそ知った様な口を聞くな!」
感情が高ぶり呼吸が荒くなっている。
その様子からシャナの身に相当な事があったのだと想像するのは容易い。
ノルバ自身、間違った事を言ったつもりはない。しかし、だからと言って今のシャナに自分の考えを押しつける程子どもではない。
ノルバはシャナが落ち着くのを見計らって口を開く。
「悪かった。オレとお前では歩んだ道が違うんだ。意見も食い違う。だからこの話は終わりだ。もう戻れ。ガキのおもりはしとくからよ」
「そうさせてもらおう。声を荒げてしまい申し訳なかった」
シャナはどこか気落ちした様子で部屋を出ていった。
シャナがいなくなった後、ノルバは奴隷の少女に着いた首輪に手をやる。
奇しくもそれはノルバが装着する契約の腕輪と似た効力を持つ魔具。
だがノルバとは違い、この少女や死んでいた子ども達は無理矢理首輪を着けられている筈だ。
平和になった筈の世界なのに少女一人救えていない自分の不甲斐なさにノルバは腹を立てる。
とりあえずは少女の回復を待ち、明日少女の扱いについてシャナと相談しよう。
ノルバは少女をベッドで寝かしたまま、自分は毛布一枚被って床で寝るのだった。
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