第4話 元勇者のおっさんはクエストに挑戦するそうです

 出発前にカーデリックは武器屋に行き剣を新調する。

 そして一行は馬……ではなく、冒険者御用達の鳥獣ポッチに乗り込み目的地へと向かう。

 ポッチは家畜用に改良された大型の鳥の獣だ。

 羽は退化し飛べない代わりに人の胴体程の太さの足で悪路だろうと容易く走り抜け、休憩せずとも丸一日走れる体力を持つ。

 ノルバはチッパの操作するポッチの背で風を切りながら、1時間程で目的地に到着する。


「さーてと、おっさん。森の中にいるレッドファングを見つけるのは難しい。手分けして探すぞ」

「見つけたら大声で叫べよ。オレ達が助けてやるからな。ヒャヒャヒャ」

「人里に逃がすんじゃねぇぞ。報酬が減るからな」

「分かった」


 ポッチを待機させ、カーデリックらは鬱蒼うっそうとした森の中へと消えていく。


「久しぶりだな。こういうの」


 その背中を見送った後、ノルバも森の中へと消えていくのだった。

 そこから少し時間が経った頃、森の中で合流している者達がいた。


「ヒャヒャッ。アニキ、あのおっさんどうなるでしょうね」

「きっと泣きついてきますぜ」


 悪どい笑みを浮かべるチッパとプルース。

 その間で更に邪悪な笑みをカーデリックは浮かべている。


「レッドファングは初心者が倒せるようなザコじゃねぇ。体が残りゃ御の字ってところだろ。いい年して夢見てるような奴に冒険者の厳しさを教えてやる」


 カーデリック達の笑い声が響く。

 しかしその声は騒がしい森の中では遮られ、ノルバには届く事はなかった。

 一方その頃、ノルバはレッドファングを見つける為、木々の間を縫う様に歩いていた。


「あぁクソッ。鬱陶しい場所だな」


 愚痴を吐きながら開けた場所に出るとそこには空を向いて生える赤い牙を携えた巨大なイノシシがいた。


「レッドファング。見つけたぞ」


 それも5頭全て揃っている。運がいい。

 ノルバが剣を抜くと、その音でレッドファング達は外敵の存在に気付く。

 レッドファングはその名の通り赤い牙が特徴の獣。何故牙が赤いのか。それは串刺しにした獲物の血が染み込んでいるから。

 人の何倍もある体躯が突進してくるだけでも脅威だが、そこに鋭利な牙もある。だがそれだけならせいぜいブロンズランク2止まり。レッドファングがブロンズランク1に設定されている理由。それは突進力にある。

 1頭のレッドファングがうなりを上げると脚に力を入れる。

 すると発砲音の様な風を切る音が鳴り、レッドファングの姿が消えた。

 これがレッドファング最大の武器にして脅威。強靭な脚による突進は弾丸並の速度を出す。

 牙の付いた岩石が弾丸の速度で襲ってくる事を想像すれば分かりやすい。

 実力のある冒険者でも気を抜けば危険な相手。

 しかし、今回は相手が悪かった。

 突進したレッドファングは真っ二つに割れて地に倒れていた。


「この程度なら助けを呼ぶ必要もないな。さぁ来いよ」


 仲間が殺られた事に怒ったのか、残りのレッドファングは雄叫びを上げる。

 一斉に突進してくるレッドファング。

 ノルバは余裕の表情で飛ぶとその上を越えていく。

 そして去り際に真下にいるレッドファングを一刀両断した。


「あと3頭」


 ノルバは身をひるがえして着地するとレッドファングに突っ込んだ。

 レッドファングの突進は急停止は出来ても急旋回は出来ない。

 つまり突進は脅威であると同時に隙になる。

 剣が日に当たり一瞬キラリと光る。

 それは瞬きよりも短い時間。だがしかしノルバにとっては欠伸が出る程長い時間。

 気が付くとノルバの立つ背後には残りのレッドファングが倒れていた。


「久しぶりだが案外出来るもんだな」


 常人ならざる行為。しかしノルバはさも当たり前かの様に呟いた。

 血を払い剣をしまうとノルバはカーデリック達を探しに行こうとする。

 すると森の奥で目視出来る程、巨大な爆発が起こる。


「何だ?」


 続く獣の様な雄叫び。レッドファングではない何かがいるのか。

 爆発があった方の森がざわめき始める。

 この地域には先程の様な爆発を起こせる生物がいた記憶はない。一体何が出てくるのか。

 ノルバは警戒し鞘に手をやる。

 足音が大きくなってくる。ノルバは身構えるが、森から飛び出してきたのはチッパとプルースだった。


「お前ら何があっ―――」

「アンタも死にたくなかったら早く逃げろ!」


 ノルバの声を遮り死にもの狂いで様子で走っていく二人。

 呆れつつノルバが再度森の奥に目をやると重厚な足音と共に木々をなぎ倒して巨大な獅子が姿を現した。


「そういう事かよ」


 針の様に鋭い毛で覆われたたてがみ。鱗と毛が交互に生えた体。何より特徴的なのは蛇の尾。


「こんなところにキマイラなんてな」


 こいつが現れた影響でレッドファング達は住処すみかを追われて人里近くまで来たといったところだろう。

 しかしそうなるとキマイラはレッドファングがいた場所に住み着く筈だが、今目の前に現れている。

 獲物を追ってここまで来たのか。それとも別の理由か。


「まぁごちゃごちゃ考えても仕方ねぇか」


 理由なんて何でもいい。分かっている事は一つ。野放しにすれば人が死ぬ。

 そう。カーデリックのように。

 ノルバの視線の先には尾の蛇に咥えられてピクリとも動かないカーデリックがいた。

 尾の蛇の持つ猛毒が全身に回っているのだろう。皮膚の色も毒々しい紫色に染まっている。

 仮に生きていたとしてもこれでは助からない。

 ノルバは浅く深呼吸をする。

 キマイラはレッドファングなどとは比べものにならない強敵。

 勇者であった頃のノルバならともかく一線から退いたノルバにとっては強敵となるだろう。

 迂闊うかつに突っ込む事はせず、出方を伺い間合いをとる。

 対してキマイラは堂々たる態度で歩を進める。

 目線が向いているのはノルバが仕留めたレッドファングの群れ。


『こっちは眼中にないってか』


 当たり前といえは当たり前だ。

 本来キマイラにとって人間など地を這う蟻に等しい存在。歩いていれば勝手に死んでいく矮小な生物でしかない。

 ちょっかいをかけられれば払いはするが怒る必要もない。

 カーデリックを咥えているのだってただの気分だろう。


「舐めやがって。そっちがそうなら、こっちも好きにやらせてもらうぞ」


 ノルバは助走をつけて走り出すと剣を水平に滑らせる。

 狙うは前脚。

 レッドファングを仕留めた速度で斬る。しかし剣は脚ではなく空を斬った。

 ノルバの頭上に移動した右前脚は勢い良くノルバを踏みつける。

 地面が揺れ、草が舞う。

 ただの踏みつけでさえ即死級の威力だ。

 しかし踏みつけた先にノルバはいない。


「危ねぇ危ねぇ」


 寸前で避けたノルバは言葉とは裏腹に余裕そうな表情をしている。


「もうちょいギア上げるか」


 ノルバは再度剣を構えると大地を踏みしめる。

 まだキマイラがノルバを気にする様子はない。

 だが次の攻撃で敵である事を認定せざるを得なくなる。


「さぁ、避けろよ。ネコ野郎!」


 地面が大きくえぐれる。

 その次の瞬間。キマイラの右前脚が宙を舞った。

 苦しみの声を上げるキマイラは怒りをあらわにする。

 しかしそれも一瞬。キマイラはブンブンと首を振ると冷静さを取り戻す。

 そして赤い目がギロリとノルバをとらえると背中から翼が生えて空を飛んだ。

 口から炎が溢れ出る。その炎は口の中で球を作ると大砲の様に発射された。


「ここら一帯消し飛ばす気か?」


 火球の大きさからその前の爆発とは比べ物にならない被害が出る事が予想される。

 止めなければ。

 ノルバは両手で剣を握り、頭上に振り上げた。

 バチバチと剣から音が鳴り始める。それだけでなく剣は青い光を放ち始める。

 その状態のままノルバはギリギリまで火球を引き付ける。


「いくぞ!」


 そして限界まで火球が迫った時、大きく踏み出すと同時にノルバは全力で剣を振り下ろした。

 曰く、近隣の村人はその後、こう証言したという。「夕焼けの空が昼に戻ったと思ったら雷鳴が轟いた」と。

 火球はかき消され、キマイラは裂けて地に落ちた。

 ノルバは剣をしまうと、キマイラの横で倒れるカーデリックの元に行く。

 そして首元に指を当て生死を確認すると、開いた目をそっと閉じさせる。


「ア、ア、アニキ!」

「生きてますかい!」


 どこにいたのかチッパとプルースが駆け寄ってきた。

 カーデリックの顔を覗き込む二人。沈黙の時間が流れると二人は大粒の涙をこぼし始める。

 そんな様子をノルバが黙って見ているとチッパが突然掴みかかってくる。

 助けられなかった悔しさで殴りかかってくるのかと思ったがどうやら違うらしい。


「アニキは最後に何か言ってたか……?」

「いや。既に死んでいた」

「うぅ……うぅ……」


 そのまま泣き崩れるチッパ。

 その後ろでプルースは涙を拭うと立ち上がる。


「オメェがキマイラを倒してくれたのか?」

「あぁそうだ」


 衝撃の返事にプルースだけでなく泣き崩れていたチッパさえ目を見開いた。


「すまなかった!」


 プルースは突然頭を下げる。

 突拍子もない行動にノルバとチッパは固まる中、プルースは言葉を続ける。


「オイラ達、実はオメェを騙してた。レッドファングに襲わせるつもりでこのクエストを受けたんだ。今までそうやって新人を虐めてきた。だからむくいが来たんだ」

「お……おいプルース! 何いきなり変な事言ってんだ!」


 慌ててプルースに掴みかかるチッパ。

 どう考えたってここで言う話ではない。キマイラを倒したのが本当だとすれば尚の事だ。

 チッパは恐る恐る振り向きノルバの顔を見る。

 表情に変化はない。しかし溢れ出る気迫なのだろうか。

 チッパは思わず声を上げて尻込みする。


「わ……悪かったよ。ちょいとからかってやろうと思っただけなんだって」


 表情は変わっていないのに蛇に睨まれた蛙の様に動けない。

 恐怖のあまりチッパは泡を吹いて倒れてしまった。

 プルースは倒れたチッパを無視して話を続ける。


「金も武器もあるもの全て渡す。もう冒険者も止める。だから頼む。殺さないでくれ!」


 黙って聞いていたノルバだったが呆れた様にため息をつく。

 結局は保身だ。報いが来たと言うのなら命の一つでも差し出す覚悟を持つべきだ。

 それにそもそも―――


「オレが気付いてないとでも思っていたのか?」

「え?」

「全部分かった上でオレはお前らと一緒にいたんだよ」

「あ……あぁ……」


 ノルバの射殺す程の圧を放つ目にプルースは腰が抜ける。


「い……嫌だ。嫌だ……」


 後退りするプルースにノルバは剣を抜き歩み寄っていく。

 そしてプルース目掛けて剣を振り下ろした。


「ひっ!」


 死ぬ。

 反射的に目を瞑るプルース。しかし体に痛みはない。生きている。

 怯えながら目を開けると、その剣は地面を叩いた。


「オレに人殺しの趣味はねぇ。報酬は受け取らず、冒険者も辞めて二度とオレの前に姿を現すな。分かったか」

「や、約束する! 約束する!」

「分かったならコイツら連れて消えろ」

「は、はいぃー!」


 プルースはチッパと死亡したカーデリックを抱えると逃げる様に消えていった。


「バカ共が」


 一人悪態をつきつつノルバもその場を後にする。その時、ふとキマイラの牙に何かが引っ掛かっている事に気が付く。

 拾ってみるとそれはベルトの様だった。

 青い宝石が付いたそのベルトは、ノルバの着ける腕輪と同じ光を纏っている気がする。

 そんな気味の悪いベルトだが、ノルバはあの3人の持ち物かもしれないと思い持ち帰るのだった。


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