第3話 元勇者のおっさんは冒険者になるそうです

 第2の人生を歩み始めたノルバは街へと降りてきた。

 人の行き交う賑やかな声。少し前にも聞いた筈なのに今は全く別の声に感じられる。


『とりあえず適当に歩くか』


 街並みも変わり果て、どこに何があるかなんて分からない。

 ぶらぶらと歩いていると何やら人だかりが出来ている場所を見つける。

 気になって覗きに行くとそこにあったのは銅像だった。


「これは……」


 誰かに似ている?

 首を傾げながら眺めていると、いつの間にか隣に立っていた老人が話かけてくる。


「これは勇者様の銅像じゃよ」

「これが?」


 地面に剣を突き立てた堂々たる姿を模した銅像。

 仮面で顔は隠れている為、素顔は分からない。

 だがそれが誰かをノルバは知っている。

 目の前の銅像はかつて魔王を倒し、世界に平和をもたらした人物。ノルバ・スタークスが勇者であった時代の姿だ。


「この方のお陰で世界は平和になった。感謝してもしきれない程じゃ」

「何言ってんだ。平和になったのは勇者一人の力じゃない。全員が命を懸けて戦ったからだ。誰か一人でもいなかったら今の世界はない。そうだろ?」

「ほっほっほっ、そうじゃな。こんなジジイでも役に立てたのなら広栄じゃ」


 老人は謙遜しながらも誇らしそうにたくましい髭を触った。


「そうだ。聞きたいんだが冒険者ギルドってどこにあるか分かるか?」

「なんじゃお主、冒険者になりにこの国に来たのか?」

「まぁそんなところだ」

「あっちの道を真っ直ぐ進んでいけば一際大きな建物が見えてくる。それが冒険者ギルドじゃよ」

「ありがとよ、じいさん」


 老人の指す方向に歩いていこうとすると、最後に老人はノルバを呼び止める。


「若いの。寂れている所があっても行かんようにな。そういう所は治安が悪い」

「あぁ、感謝するぜ、じいさん。また会ったら酒でも奢るぜ」


 ノルバの言葉に老人は去り行く背を見ながら「ほっほっほっ」と髭を撫でるのだった。

 老人に言われた道をノルバが歩いていくと言われた通り周囲の建物とは比べ物にならない程、巨大な建物が現れた。


「これがギルドか」


【冒険者ギルド】とは魔王討伐後に設立された組織。

 ギルドと言えば聞こえはいいが、その実、戦いの中でしか生きられない者やごろつき達を統制する為に作られた組織。

 雑用からドラゴン退治まで、個人や国からクエストという形で依頼を受けて報酬を貰う。腕っぷしだけが全ての世界。

 それが冒険者ギルドだ。

 ノルバも新聞を読んでいた頃に設立された事は知っているだけ。

 はっきりとした実状は知らないが響きだけでかつての冒険の記憶が蘇ってくる気分だ。

 そして扉を開けるとそこには期待通り昔を彷彿とさせる景色が広がっていた。

 息を飲む様な威圧感、隙を見せれば喉元を噛み千切られそうな空気、何より街中では見なかった剣や杖を携えた者達が数多くいる。

 日常とは隔絶された世界。そんな世界にみすぼらしいおっさんが一人、足を踏み入れればどうなるか。


「おい、おっさん。何しに来た。ここは酒屋じゃねぇぞ?」


 当然こうなる。

 入り口近くのテーブルにいたスキンヘッドの大柄な男は覗き込む様にノルバにガン垂れる。


「冒険者になりに来たんだ」


 怯む事なく返すノルバ。

 不相応な返答に男は腹を抱えて笑う。


「がはははは! 止めとけ。親切心で忠告してやる。ここはテメェみたいなジジイの来る所じゃねぇ。死にたくなきゃ家に帰って草むしりでもしてろ」


 男の発言に周囲の冒険者達もバカにして笑っている。

 しかしノルバは意に介す様子は全くない。

 それどころかどこか嬉しそうにカウンターへと歩いていく。

 小言も聞こえてくるが気にはしない。


「お姉さん。冒険者になりたいんだけど、どうすればなれる?」

「それではこちらの書類に必要事項を記入してください」


 凛とした態度の受付嬢から用紙を受け取るとノルバは記入していく。

 そして記入し終えた用紙を渡すと受付嬢は目を見開き念を押す様に聞く。


「登録名はこれでいいんですか?」

「あぁ、それで問題ない」

「分かりました。それでは登録料300コインをお支払いください」

「え? 金いるのか? まいったな……」


 そもそも国王と会ったら帰る気だったので金など持ってきていない。

 当たり前だが、全てのポケットを探しても1コインたりとも出てこない。


「ない場合はお金を用意してから再度手続きをしてもらうしかありませんが……」


 今日は帰るしかないのか。諦めそうになった時、カウンターにバンッと300コインが置かれる。


「これで登録してやってくれ」

「い……いいのか?」

「あぁ、もちろんだ」


 支払ってくれたのはオールバックの似合う若い男だった。

 その気前の良さにノルバは男の手を掴み礼を伝える。


「助かった。ありがとよ」

「旅は道連れ世は情けってな。気にすんなよおっさん」

「何て優しい人だ」


 握った手をブンブンを振るノルバ。その時に男がニヤッと笑っている事には気が付いていなかった。

 その間に手続きを進めていた受付嬢はネームプレートをカウンターに差し出す。


「はい。それでは登録が完了しましたよ。ノルバ・スタークス様。ご活躍ご期待しています」


 受付嬢がノルバの名を言ったその時、ギルド内でドッと笑いが起きる。


「アンタ、あの勇者ノルバと同じ名前なのか?」

「……そうだな」


 ノルバの返事にオールバックの男もたまらないといった様子で吹き出す。


「悪い悪い。いいんだ。偶然ってのはあるからな。笑っちゃいけない。いけないが……ブフォ!」


 何とか堪え様とするが男は再度吹き出してしまう。

 そして我慢する事をしなくなったのかひとしきり笑った後にノルバの肩を叩く。


「あー笑った笑った。今日は最高の日だ。楽しませてもらった礼だ。この剣やるよ」


 そう言うと男は腰に付けた剣をノルバに差し出した。


「さすがに悪いだろ、これを貰うのは」

「気にすんなよ。ちょうど替えようと思ってたんだ。それと武器があればクエストに行けるだろ?」


 男はノルバに剣を渡すとクエストボードの元に移動し、貼り付けてある紙を一つ取る。そして叩きつける様にノルバの目の前に置く。


「レッドファング5頭の討伐。俺達と行こうぜ」

「何言ってるんですか! この方はまだ登録を済ませたばかりですよ! こんなクエスト、危険過ぎます!」


 受付嬢が止めに入るが男は反論する。


「該当クエストより受注者のランクが2つ高ければ、2つ下のランクの奴を一人につき一人は同行させられる。そういう決まりだろ? オレ何か間違った事言ってるか? ん?」

「いえ……」


 男の言った事に間違いはない。

 故に受付嬢はそれ以上強くは出られなかった。

 話を聞いてノルバがクエスト用紙を確認してみると、そこには【ブロンズランク1】と書かれている。

 ノルバのネームプレートも確認してみると銅で出来たそれには【3】と刻印されている。

 つまり、男の発言通りクエストに参加する事は出来るという事だ。


「分かった。一緒に行かせてくれ」


 ノルバは仲裁する様に二人の間に入る。


「大丈夫だって。害獣駆除はやってたからよ」

「そういう事だ。さっさと受理してくれや」

「分かり……ました」


 受付嬢は渋々受理を進めていく。

 そして受理が終わるとギルド内にいた剣士が二人ニヤニヤと集まってくる。


「アニキと一緒にクエスト行けるなんてアンタ運が良すぎるぜ」

「アニキの優しさに感謝しろよな」


 子分感マシマシの男が二人。

 第一印象から弱そうに思えてしまうが、首にかけられたブロンズのネームプレートには1と刻まれている。それなりの経験はあるという証拠だろう。

 そういえば、とノルバはオールバックの男に聞く。


「名前聞いてなかったな。知ってると思うがオレはノルバだ」

「俺はカーデリック。ランクはシルバー3だ」


 二人は握手を交わす。


「オレはチッパ」

「オイラはプルース」


 子分達も続いて自己紹介をした。

 細身の男はチッパ。小太りしている方がプルース。


「それじゃあ行こうぜおっさん。初クエストだ」

「あぁ、よろしく頼む」

「「アニキの活躍が火を噴くぜ!」」


 冒険者としての第一歩が始まる。

 しかしノルバ知らなかった。これから起きる洗礼を。冒険者という世界の厳しさを。

 そしてその一歩が暗雲立ち込める世界への一歩だという事も。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る