第20話 マルフィナの大ピンチ

 私が気がつくとそこは私の部屋だった。


 ベッドの周囲には三人の侍女たち。

 あの出来事は夢だったような、そんな気がしてしまう。

 でも、この侍女たちの慌てっぷり。


「あ! マルフィナ様が目を覚まされましたよ!」

「国王様と王妃様を呼んでまいりますね!」

「マルフィナ様。良かったぁ」


 私はユリアス先輩とゼートに助けられて寝てしまったんだ。

 

 私の部屋にパパとママが駆けつける。

 パパは私を見るなり力強く抱きしめた。


「おお、マルフィナ。よくやった。大義であったぞ!」

「パパは、私のことどこで知ったの?」

「今朝方にな。ユリアス王子とゼート君が君と村人を連れてこの城に来たのだよ」

「そっか……」


 じゃあ、私を運んでくれたのも彼ら……。


「村の人たちは全員無事かな?」

「うむ! おまえの活躍でみな、無事だ!」

「良かった……。でも、家が水浸しだよね?」

「心配するな。ドラゴノールの宿屋に部屋を用意させたからな。住む場所が安定するまではいてもらえばいいさ」

「流石はパパだね。ありがとう」

「おまえの活躍に村人たちは感謝しておったぞ!」

「喜んでもらえて嬉しいよ」


 パパの抱きしめは力を増す。


「マル……。おまえの活躍はユリアス王子とゼート君から聞いている。なんでも命懸けで子供を助けたそうじゃないか」

「村人が泣いていたの……。そんな時、パパならどうするかな?って……。そしたら勝手に体が動いちゃった」

「おまえはもう立派な幻獣使いだ……。パパは誇らしいよ」


 パパが私を抱きしめると、ママはすねた。


「あなた! いい加減に変わってくださいな。次は私の番なんですから!」


 パパが私を離すやいなや、今度はママが私を抱きしめる。


「おおマル! 心配しましたよ!」

「心配かけてごめんね」

「いいのです。あなたが無事なら」


 ママは目に涙を滲ませていた。


「私の可愛いマルフィナ……。眠っているあなたをゼート君が運んできた時は気絶しそうになりましたよ」

「ははは。大袈裟だなぁ」


 ママは私を力強く抱きしめる。


「あなたは少し快活すぎます。無茶だけは本当にしないでくださいね」

「…………」


 そう言われても難しい。私が動かなかったら子供の命は危なかったわけで……。

 でも、ママの悲しい顔を見てるとそんなことは言えないな。


 私は小さく「うん」と答えるだけだった。


  *  *  *


 翌日。


 私が登校すると、学園内は不穏な空気に包まれていた。

 みんなが私を見る目がいつもと違うのだ。

 私が小首を傾げているとベスニア先輩ニヤニヤしながら現れた。


「依頼は失敗したそうね、マルフィナ」


 そうだ。

 うっかりしてた。

 私の依頼は村人を水害から助けることじゃない。水泥棒を捕まえることだったんだ。


「これは大きいミスですわね」

「ミス??」

「まさか、水門を壊して村を浸水させてしまうなんて……。セイクリッド学園、創立以来の大失敗ですわ。歴史に残る大失態ですわね!」


 な、なんでそうなるのよ?

 まるで、私が水門を壊したみたいな話になってる。

 そもそも……。どうしてベスニア先輩が私のことを知っているんだろう?

 ユリアス先輩から聞いたのかな?? そんなおしゃべりな人とは思わないけど……。


「あら? どうしてわたくしがあなたの依頼の話を知っているかわからないようですわね」

「はい……」

「教えて差し上げますわ。あの村の領主であるスペンサー男爵。彼に、その領土を分け与えたのはわたくしのお父様なのですわ」


 ええええ……。

 じゃあ、あの村はアクジョラン伯爵の領土だったのか。


「お父様の領内で起こった事件がわたくしの耳に入るのは当然のことですわね」


 なるほど、だから詳細を知っていたんだな。


「ですから、あなたがやった失態は学園中に報告しませんとね。オホホホ」


 え? なんでそうなる!?


「水泥棒を捕まえるどころか、水門を破壊し、村を浸水させた。十五人の村人の命を危険に晒したのがマルフィナ・ラーク・ドラゴノールですわぁ〜〜!」

「あ、あの……。誤解です。湖の水門は勝手に壊れたんですよ!」

「あら……? それって証拠ありますの?」

「しょ、証拠!?」

「オホホホ! 証拠がないんじゃ無実は証明できませんわね。状況だけで推測するなら、あなたの幻獣が水門を破壊したことになりますわよ」

「あ、あり得ません! 私と白ちゃんは水門を見張っていたんです!」

「でも、幻獣フェンリルは巨体でしょ? なら、その体が水門に負荷をかけて破壊したと考えるのが筋ですわ」


 いやいやいや!


「白ちゃんは水門に触れていません! 彼が水門を壊したなんてバカげてる! きっと、老朽化かなにかです!」

「水門は毎週点検しますのよ。その時には異常がなかったんですからね。状況から鑑みるにあなたの幻獣が破壊したとしか思えませんわ」

「そ、そんなぁ……」

「大方、フェンリルが水門に体当たりでもしたんじゃありませんの? プフフ」

「そんなことしません!」

「フフフ。どうだかね。なんにせよ証拠がなければあなたの罪は免れない。今回の件でユリアスとゼートはあなたに失望しますわね。こんな大失態。前代未聞ですわ! オーーホッホッホッ!」


 ああ、大変なことになったな。



  *  *  *


 私は担任の先生に個室に呼ばれた。

 そこで今回の状況報告をするらしい。

 

 私は一連の流れを報告する。

 先生はそれをレポート用紙にまとめながらメガネの位置を直した。


「困ったね。水門が破壊された件を弁明する方法がないよ」

「先生は白ちゃんが水門を壊したと思っているんですか!?」

「そうは思っていないが、頑丈な水門が壊れる理由がないんだよ」

「そ、そんなぁ……」

「スペンサー男爵からクレームが入ってね。村人を助けたいだけの自作自演なんじゃないかと、疑っているんだよ」

「じ、自作自演?」


 先生は汗をハンカチで拭きながら言う。


「村人を助けることができれば、君の評判は上がるだろう? そのために水門を壊したって……」

「バカバカしい! 私、溺れて、死ぬとこだったんですよ!?」

「わ、わかっている! だが、水門が壊れた証拠がないんじゃ、疑われるのは当然なんだ」

「そんなぁ……」


 私の心がドンヨリと沈んで、力なく椅子の背もたれに寄りかかった時だ。

 個室の扉をノックする音がした。

 先生が入室許可を出すと、入ってきたのはユリアス先輩だった。

 

「学園内でおかしな噂が流れているので、心配になってきたのです」


 うわぁあああ! 

 嬉しい!

 先輩がいてくれれば心強いな。


「ユリアス。君も事件の当事者らしいね」

「はい。僕も現場にいました」

「困るなぁ。これは個別授業なんだよ? 高等部の学生が、中等部の学生を助けるなんて懲罰ものだ」

「僕は彼女に夜食を持って行こうとしただけです。個別授業の邪魔をするつもりはありませんでした」


 そういえば、あの場所にいた理由を知らなかったな。

 私を心配してきてくれたのか……。ふふふ。嬉しいな。


「マルフィナは命をかけて村人を助けました。名声を得るための自作自演なんてありえませんよ。彼女の行動については僕も村人も証言できるはずです」

「しかしなぁ。なにぶん証拠がないからなぁ……。スペンサー男爵が納得するか……」


 その時だ。

 個室の扉がガチャっと開いた。


「話は聞かせてもらったよ」


 と、現れたのはゼートだった。

 えらく都合がいいな。


「ゼート……。聞き耳立ててたの?」

「い、今はいいだろそんなこと!」


 先生は眉を寄せる。


「マルフィナの話では君のことも出ているからね。あとで事情を聞くつもりだったよ。だが、君もユリアスと一緒だろう。証拠がなければスペンサー男爵は納得しないよ」

「証拠ならありますよ」


 え………!?


 私たちの驚きをよそに、ゼートはニンマリと笑った。

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