第15話 ゼートとベスニア

「自己紹介が遅れたましたわね。わたくしはベスニア・アクジョラン。アクジョラン伯爵の一人娘ですわ」


 彼女の体は十七とは思えないほどに成熟していた。

 紫色のボリュームのある髪。猫のように釣り上がった魅惑の瞳。

 艶やかで魅惑的な唇。そして、男子生徒を虜にしてしまう大きな胸。

 

 彼女は自分の長所をよく熟知していて、ふとした仕草で両手を腹の前で組んでは大きな胸をアピールしていた。

 ゼートは、彼女のそんな仕草にドキッとしながらも目線を逸らす。


「あ、あなたはユリアス先輩の友達なんですよね?」

「んーー。どうなのかしら?」

「じゃあ、交際しているんですか?」

「あら? わたくしのことが気になっているのかしら?」

「そんなんじゃないです。ただ……」


(あんたがユリアスにくっついてたらマルが泣くんだよ)


「えーーと……。ユリアス先輩が困っていたんで……。それで確認をしにきただけです」

「困っていた?」

「ええ……」

「……残念ながら恋人ではないわね。あの人ったらわたくしに全然振り向いてくれませんの」


(やっぱりそうか。別にあいつを助けるわけじゃないが、マルが泣くのは嫌だからな)


「あいつ……。いや、ユリアス先輩には好きな人がいるんですよ。それで振り向かないのだと思います」

「知っていますわ。ドラゴノールの姫君。マルフィナでしょ?」

「そ、そうです……」

「おかしいですわね? 噂ではあなたとマルフィナは婚約されていると聞きましたわよ。だったら、ユリアスがマルフィナに良い寄るのは筋違いじゃありませんこと?」

「そ、それは……。深い訳がありまして……。今、解決中です」

「へぇ……。深い訳ねぇ」


 と、ベスニアは体を近づける。

 ゼートは後ずさった。


「と、とにかく。俺はあなたとユリアス先輩の関係を確認しにきただけです。まだ、交際をしていないのならアプローチは程々にした方が良いと思いますよ」


 ベスニアは黙り込んだ。


「べ、別に……。恋愛は自由なので、彼が好きならアプローチは続けてください。ただ、生徒たちの目があるので……。あなたや、ユリアスにとってもよくないと思いますよ。俺が言いたかったのはそれだけです」

「………………」

「じゃ、じゃあ……。俺は帰ります」

「うう……」


 ベスニアは泣いていた。

 大粒の涙をポロポロとこぼす。


「ううううう……!!」

「え!? お、俺、なんか悪いこと言いましたか!?」


 ベスニアは号泣しながらゼートに寄りかかる。


わたくしのね……。ううう……。お父様が病気ですの」


 ゼートはそんな彼女を振り払うことができない。

 大きな胸の感触も相まって頭が混乱する。


「な、なんか辛い境遇なんですね」

「ユリアスには相談していましたのよ。それであんな距離感でしたの」

「そ、そうだったんですね……。なんか、余計なことを聞いてしまって……すいません」

「かまいませんわ! だって、あなたはわたくしのことを心配して話してくれたんですもの! ああ、でも、わたくしのお父様にもしものことがあればどうすればいいんですの!? ううう!!」


 ゼートは複雑に気持ちになった。

 自分のことばかりで彼女のことを考えなかった自分が恥ずかしくなる。

 彼は号泣するベスニアを優しく抱きしめた。


「お、俺ができることがあれば協力はします」

「そんな……悪いですわ。出会ったばかりですのに……」

「泣かせてしまったのは俺の責任です。なにか、あなたの気分が晴れるようなこととか。伯爵のご病気の治療で協力できることがあれば言ってください」

「では……」


 と、ベスニアは指を差す。


「あの薔薇を一輪くださいな。あの黒く美しい薔薇を」


 ゼートは薔薇をちぎって彼女に手渡した。


「ああ、ゼート! 素敵な薔薇ですわ。これを見ると元気が出ます! お父様に見せてもきっと喜ぶと思いますわ!」

「大袈裟ですよ……」

「いいえ。この薔薇にはあなたの優しい心が詰まっていますのよ! ああ、この素敵な薔薇と、あなたの慈愛に満ちた心に感謝いたしますわぁ!!」

 



  *  *  *


 ああ、晴れやかな朝。

 昨日までとは、まるで違う景色だわ。

 白ちゃんが空を駆けてくれると通学が楽でいい。


「ふふふ」

「ご機嫌だな。マルフィナ」

「だってぇ……」


 昨日はユリアス先輩がわざわざ私の城までやってきてくれて、ベスニア先輩との関係を説明してくれたんだから。

 結局、彼女とは誤解だった。

 ベスニア先輩のお父様は重い病で、その相談を受けていただけだったのよ。


「あーー。通学って最高ぉ!」

「笑っているおまえの方がわれも嬉しい」

「あはぁ! んもう! そんなこと言ってくれる白ちゃんが大好きだよぉおおお!!」


 私は白ちゃんの体に顔を擦り付ける。

 白ちゃんってばフワフワのモフモフで、そのくせいい匂いがするので、この晴れやかな気持ちを更に倍増してくれるのよ。


「白ちゃん、好き好きぃい」

「こそばい」

「ふふふ。……あ、もうそろそろ関所だ。あそこで降ろしてよ」

「うむ」

「今日はあそこから歩いて通学するわ」

「飛んで行けば良いではないか」

「歩きたい気分なのよぉ」


 白ちゃんはちょっといじけた感じを見せる。


「じゃあ、放課後だな。今日は 紫色の百合アガパンサスを見に行く約束だぞ」

「わかってるってぇ。ふふふ」


 私は地上に降りて白ちゃんを深淵にかえした。

 関所を通ってるんるん気分で通学路を歩く。


「あーー。最高の気分よ」


 たんぽぽの茎を一本ちぎって口で吹こうとする。

 その瞬間。


「え……………………………」


 とんでもない光景が視界に飛び込んできた。


「な、なんで……?」


 どういうこと!?


 どうして、ゼートとベスニア先輩が腕を組んで歩いているのよぉ!?

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