第16話 ベスニア
ああ、信じられない。
天国から地獄に一瞬で落とされた気分よ……。
ベスニア先輩がゼートの腕を組んで歩いている。
自分に意気地のないところは、ゼートに直接聞くことができないことなのよね。
今だって木の後ろに隠れて二人に見つからないように観察している……。
どうしてゼートが彼女と一緒なのよ?
そ、そりゃあ、私はゼートと婚約を破棄しようとしていたわよ。
でも、だからって、私に内緒でベスニア先輩と付き合うことなんてないじゃない。
おかしいなぁ?
ゼートってば浮気をするような男の子じゃないんだけど??
うーーーーん。
ダメだぁ。
直接聞くしかないけど頭が混乱するぅうーー。
私はゼートを避けながら学園に向かった。
* * *
放課後。
ゼートが屈託のない笑顔で私の方へ寄ってくる。
「これから一緒に遊ぼうぜ。プヨプヨと白を顔合わせさせてやりたいしさ」
「あ……」
なんか、気まずい……。
ベスニア先輩のことを隠している苛立ちと、自分自身がゼートに対する気持ちがよくわからない。
「ご、ごめん……。今日、ちょっと忙しいから」
私は足早にその場を去った。
そして、ユリアス先輩をたずねて二年の校舎へ。
先輩ならベスニア先輩のことを知っているかもしれない。
別に、ゼートとベスニア先輩の関係を探るためじゃない……。
ベスニアという女性が何者なのかということを詳しく知りたいだけだと思う……多分。
二年の校舎に行くとナンパされるから、ちょっと隠れながら先輩が出て来るのを待とう。
すると、私の後ろから女子の声。
「あら……。あなた……。マルフィナではありませんの?」
振り向くと、そこにはベスニア先輩がいた。
「げ!」
思わず変な声が出る。
先輩は怪しい笑みを浮かべながらも、私とゆっくり話したいというので、私たちは人気のない裏庭に来ていた。
「
「ど、ども……。マルフィナ・ラーク・ドラゴノールです」
「知っていますわ。ドラゴノール王国の姫君ですわよね」
「はい……」
「従来ならば様付けで敬称すべきなんでしょうけどね。
「ですね」
「ですから、マルフィナと呼ばせていただきますわ」
なんだか高圧的だな。
「あなた……。ゼートと婚約してるんですってねぇ?」
どうして知っているのだろう?
彼から聞いたのかな?
「それなのに、おかしいですわよねぇ。ユリアスに気のあるような態度をとって」
ギクゥウ……!
す、鋭いところをついてくるな……。
「まさか、二人の男子を自分のモノにしたいとか思っていないでしょうね?」
「そ、そんなこと思ってません!」
「おほほほ! 一国の姫君は欲張りさんですわねぇ」
「だ、だから、思ってません!!」
彼女は私に顔を近づける。
その表情は自信満々だ。
「だったらユリアスと別れなさいな。あなたと彼が楽しげに話しているところを何人もの女子生徒が目撃をしているのです」
「べ、別に付き合ってません……」
「あらあら。それはユリアスに悪いですわよ」
「え……?」
「だって、好意もないのにそれを匂わせるような態度って……。男子は勘違いしてしまいますわよ。いわゆる、性悪女」
うう……。
そういうつもりじゃないけど……。
結果的にそうなっちゃってるのかな? あうう……。
「それにね。ゼートはあなたの小根の腐ったところに気がついて、嫌いになっているかもしれませんわよ?」
「ど、どういう意味ですか?」
彼女は一輪の黒い薔薇を取り出した。
「これね……。ふふふ。ゼートにプレゼントしてもらったのよ」
ゼートが女子に花を?
信じられないな。モテ男の彼がそんなことをするなんて聞いたことがない。
「嘘だと思うなら彼に直接聞いてみなさいな。この薔薇は彼自身が
す、すごい自信……。
じゃあ、本当にあの薔薇はゼートが彼女にプレゼントしたもの……。
「薔薇の花言葉は……『永遠の愛』。ああ、
な、なんか露骨だなぁ……。
ゼートがそんなことするかなぁ?
でも、ベスニア先輩って美人だからな……。
パパもママの美貌にメロメロだった。
私は彼女の胸に目をやった。それはスライムみたいにポヨンポヨン揺れる。
男って美人に弱いからなぁ……。
ゼートだって彼女の美貌にコロっといっちゃう可能性もあるのか……。
それにしても、この人、えらく余裕があるな。
「あの……。ユリアス先輩から聞いたんですが、あなたのお父様が大病をわずらっているって……。家は大変なんですよね?」
「大病? ……え、ええ。まぁそうね。お父様は重病ですのよ」
「ユリアス先輩が心配していました。私もなにかできることがあれば手伝います」
「うふふ。結構ですわ。性悪女の力なんか借りたらお父様の病が悪化しますわよ」
えええええええ……。なんだこの人。
「
と、高笑いしながら去っていった。
* * *
私は白ちゃんと一緒に
さっき起きた一連の流れを彼に相談する。
「──ってことがあったんだけどさ。白ちゃんはどう思う?」
「ベスニアが性悪女ではないか」
「だよねーー」
でもなぁ……。
ゼートとユリアス先輩。
二人を選べない自分がいることも確かなんだ。
その点はベスニア先輩の言い分が当たっているんだよね。
「安心しろマル。
「ははは……。それはやりすぎだよ」
私は白ちゃんの大きなお腹にもたれかかって大空を見上げた。
空は透き通るほど快晴で、真っ白い雲がゆっくりと流れる。
普段なら、こんな素晴らしい景色でワクワクするんだけどな。
今の気分は混乱して、よくわからない。
こんな時は””彼””がいてくれればなぁ……。
私が悩んだ時、彼がそばにいてくれれば、気持ちが楽になる。
彼がいれば心強い。きっと、こんな気持ちにはならないだろう。
彼がいれば……。
* * *
アクジョラン伯爵邸。
ベスニアは父親にしがみついた。
「お父様。風邪は治りましたの?」
「あんなもんは病気のうちに入らんわ」
「あらそう。良かったですわ」
アクジョラン伯爵は、赤いワインが入ったグラスを優雅に回しながらグビっと飲んだ。
「わしの可愛いベスニアや。作戦は上手くいっているのだろうね?」
「ええ、もちろんですわお父様。ユリアス王子とゼート王子。二人を
「そうなれば、わしは出世して公爵になれるかもしれんな。グフフ」
「
「わしが公爵になればいくらでも買ってやるわい」
「あは! お父様、大好きですわ」
伯爵は、娘の頭を猫でも扱っているように優しく撫でた。
「おまえの美貌で二人の王子を垂らしこめるのだよ。アクジョラン一族の家訓を思い出せ」
「二兎を追って二兎を獲る。ですわね」
「その通り! 欲しいモノは全て手にいれる! それがアクジョラン一族なのだ。ククク」
「それって最高の展開ですわぁ。でも、一国の王子を誘惑するなんて問題にならないのかしら?」
「連合王立セイクリッド学園は
「でもねお父様。ゼートはマルフィナと婚約してますのよ。いくら恋愛が自由でも王国同士の婚約にたかが貴族が出るのは難しいですわ」
「だったら、耳を貸しなさい」
と、伯爵は娘にボソボソと話す。
「えーー!? そ、それって危険ではありませんの!?
「ククク。バレなきゃいいのさ」
「で、でもぉ……」
「こっそりやれば証拠なんか残らないさ。証拠がなければなにも問題はないのだよ」
「な、なるほど……。たしかに、証拠がなければ罪には問われませんわね!」
「そういうことだ。ククク」
「じゃあ、お父様の作戦でマルフィナに全責任を負わせればいいのね」
「マルフィナの失敗で、ゼートの国、スライネルザは彼女に失望する。そうなれば婚約は破棄だ」
「あとは
「アクジョラン家は不滅だ! グハハハハ!!」
伯爵邸に邪悪な笑いがこだまする。
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