第12話 ゼートと先輩
「マルフィナ! 大丈夫か?」
病院に飛び込んで来たのはユリアス先輩だった。
ゼートはムッとしながらも、先輩に私との会話を譲る。
「私は大丈夫です」
「そうか……。良かった」
「心配させてすいません」
「僕が付き添えれば良かったんだが……」
ゼートは得意げな表情を見せる。
「マルフィナは俺が助けたんだ」
「……君は彼女の婚約者なのだろ? 助けるのは当然じゃないか」
「んぐ!」
ああ、先輩にはゼートとの複雑な関係を話していなかったんだ。
「マルフィナの様子だと、婚約には訳があるようだが?」
す、鋭い……。
「おまえには関係ないだろ!」
「関係はあるさ。彼女に辛い思いはさせたくないからね」
「なにぃいい!? どういう意味だ!?」
「君に理由を説明する義理はないね」
「うぐぐ……!!」
「婚約の話はマルフィナから聞いた方が良さそうだね」
「彼女は病み上がりだ。そんな話はあとにしてくれよ」
いや、今すぐにしたいわ。
このまま気になってるなんて嫌だもん。
「ゼート……」
と、私はゆっくりと体を起こす。
「悪いんだけど、ちょっと席を外してくれないかな?」
「マル……」
「先輩には知っておいて欲しいの」
「くっ! じゅ、十五分だけだぞ!」
ゼートは鼻息を荒くして部屋を出ていった。
「マルフィナ……。無理はしなくていいよ」
「ううん。聞いて欲しいんです。私とゼートとの婚約の話」
私は先輩にこれまでの事情を話した。
親同士が決めた婚約。
去年の秋に私がゼートに振られたこと。
最近になって長かった不仲が修正できたこと。
彼と協力して婚約を破棄しようとしていたこと。
そして、彼が私を好きだったことも……。
「なるほど……。君は彼との婚約は不本意だったのか」
「だって……。彼は私を振ったんですよ。そりゃあ、気持ちの切り替えをしますよ」
「ふむ」
「ゼートだって、私と同じ気持ちだと思っていたんですけどね……」
先輩は眉を上げた。
「では聞くが、君はゼートのことをどう思っているんだい?」
「そ、それは……」
ゼートのことは好きだけど……。
この気持ちは多分、友達としてだと思う。
先輩は落ち着いた目で私をまっすぐに見つめた。
「マルフィナ」
「は、はい……」
「僕が君のことが気になっていると言ったらどうする?」
「え………?」
ええええええええええええええええええええ!?
「じょ、冗談はやめてください」
「冗談ではない」
「え………?」
「真剣な話だ」
先輩は私を見つめる。
そして、ニコリと微笑んだ。
「君はよく笑って、とても素直だ。それに思いやりもある。僕はそういう純朴な人に惹かれるんだよ」
え!? えええ!?
じゃ、じゃあ……本当に?
「僕は君が好きだ」
どきどきどき。
鼓動が早くなってるのがわかる。
「僕たちはまだ出会って数日だ。でも、僕は……運命を信じている」
夢見たい……。
私と同じ想い。
先輩は私の手にそっと自分の手を重ねる。
「君が困っているなら助けたい。僕が力になるよ」
嬉しい……。
でも、どきどきしすぎて声が出ないよ。
そこにゼートが戻ってくる。
「マルーー。もうそろそろいいだろう? って、おまえ、こら! なにやってんだぁあああああああ!!」
ゼートはユリアス先輩の襟首を掴み上げた。
「いい加減にしろよ。俺の婚約者に手ェ出すな!!」
「ゼート! やめて!」
「マルは黙っててくれ!」
もう……。ゼートは怒ったらこれだからな。
ゼートとは対照的に先輩は冷静だった。
「事情は聞いた。君はマルフィナを振ったそうじゃないか」
「そ、それは……」
「無理強いで結婚するのは酷いと思わないのかい?」
「俺は強くなった。彼女を守れるくらいな。二人の問題は話し合って解決するさ」
「都合がいいな。彼女がどれほど辛い思いをしたのか、考えたことはあるのか?」
「…………」
「手……。離してくれ」
先輩は襟首を直しながら、ゼートの胸についた勲章に目をやった。
「戦いならいつでも望むところだ。僕だって高等部の幻獣闘技大会で優勝しているんだからね」
先輩の胸にもゼートと同じように優勝の勲章がついている。
二人ともすごい実力者なんだ。
でも、私はそんなこと望んでない。
「ねぇ、ゼート仲良くしてよ」
と、私が身を乗り出したところでフラフラと力を無くす。
「マル! 大丈夫か!?」
彼は私を寝かしつけた。
「ごめん。こんな時に……。熱くなりすぎた」
「僕は失礼するよ。ここにいては彼女の体に悪いからね」
先輩は去り際に笑顔を見せる。
「マルフィナ。君とはもっと話しがしたい。また、お茶をしよう。あの場所で」
「はい……」
先輩が去った後、ゼートは「あの場所……」と小さな声で呟いてから、しょんぼりと元気をなくしていた。
新しいタオルの水を切り、私のおでこに乗せてくれる。
「今日は動けそうにないな」
「う、うん……。ごめんね」
「気にすんなよ。さっき、ここに泊まれるように手配しといたからさ」
「あ、ありがとう」
「腹減ってるだろ?」
そういえば……。
「ペコペコかも……」
「ふふ。そう思ってさ」
ゼートがニコリと笑うとベットの下からスライムのプヨプヨが飛び出した。
その体にはバスケット籠を持っている。
「宿泊の手配と同時にサンドイッチを持ってきました」
「うわ。用意周到」
「へへへ。一緒に食おうぜ」
「うん……」
私はゼートと一緒に夕食を食べた。
なにからなにまでやってくれる。
とても頼もしい幼馴染です。
夕食を食べ終わるとゼートは立ち上がる。
「んじゃ、着替えを持ってくるよ」
「い、今から?」
外はもう暗い。
「馬を走らせるよ」
「暗いから危ないよ」
「俺にはプヨプヨがいるからな」
プヨちゃんはランタンを持って得意げに体をプルプルと振るわせる。
数時間後。
ゼートはいつもの笑顔で戻ってきた。
「んじゃ、これが着る物一式な」
「うん」
「おじさんとおばさんには、再試験の合格とマルが無事なことは伝えておいたらからさ」
「あ、ありがと」
本当にゼートは頼りになるな。
制服のままで寝るのは辛いからな。
パジャマを持ってきてくれたのは本当にありがたい。
「じゃあ、俺、帰るわ」
「うん。ありがとう」
「……………なぁ、マル」
「ん?」
ゼートは「あいつのこと……」と言ってから黙った。
あいつ、とは先輩のことだろう。
「…………な、なんでもねぇよ。ハハハ」
「…………」
「じゃ! 俺、帰るわ」
「うん。気をつけてね」
「………なんなら、体を拭くのを手伝おうか?」
「バカ!」
「ハハハ! じゃあ、また明日な」
「うん。おやすみ」
ゼートが帰ると急に寂しくなった。
体を拭き、パジャマに着替える。
頭の中には先輩の言葉を思い出す。
『僕は君が好きだ』
嬉しい……。
まさか、先輩がそんな風に思っていてくれたなんて……。
そんな先輩の言葉をかき消すようにゼートの笑顔が飛び込んできた。
『ハハハ! このサンドイッチ美味いよな』
あううう。
ゼートとは友達なんだ。
私たちは仲の良い幼馴染なんだぁああ……!
夢を見た。
先輩の穏やかな微笑みと、ゼートの屈託のない笑顔でうなされる夢。
なんなのよ、もう……。
翌日。
私の体調は回復した。
学内を歩くとコソコソと声がする。
「マルフィナ様だぞ。まさか
「すごいわよねぇ。幻獣召喚の試験は三十六秒だって」
「学園最短記録更新よ」
「すげぇな」
「流石はマルフィナ様だ」
ああ、そういえば白ちゃんががんばってくれたんだったな。
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