第11話 初めての召喚

 放課後。

 私は進級試験の再試験を受けることになっていた。

 幻獣召喚の再試験。これが不合格だと落第である。

 つまり、二年にはなれずに一年のまま。

 

 私は森の入り口に立っていた。

 その横には試験官が試験用紙を見ながら立っている。


「ここから一キロ先にあるゴールに向かってもらいます。制限時間は十五分。険しい箇所もありますからね。普通に冒険者が歩けば三十分はかかる道のりでしょう。幻獣を操って上手く制限時間内にゴールすれば合格です」


 もらった地図には、ここから一キロ先に開けた場所があって赤い旗が立っている。

 ここに白ちゃんと向かうのか……。


「ゴールにはもう一人の試験官がおります。そこで時間を計測していますからね。学年のトップは二分二十秒。飛行タイプの幻獣ならばこれくらいのタイムは出せるでしょう」


 白ちゃんって飛行タイプなのかな?

 真っ白いモフモフで尻尾があるから、飛ばないような気がするけど……。


「それじゃあ、試験開始です」


 試験官が花火を飛ばす。

 それは上空に上がってパンと弾けた。

 これを見たゴールにいる試験官が時間を測り始める。


 さぁ、白ちゃん。

 私たちの出番だよ。


 私はユリアス先輩に言われたことを思い出していた。


『君と一緒に美しい野花を見て、優雅にお茶を飲む。幻獣だって、そうしたいと思っているかもしれないよ』


 そうだ……。

 私は白ちゃんと仲良くなりたい。

 

 白ちゃん。

 君とお話しがしてみたいな。

 綺麗な景色を見たり、美味しい物を食べたりね。

 きっと、二人なら楽しい。

 王城の庭園の花は綺麗よ。

 ツツジの甘酸っぱい香りがとっても素敵なの。

 魔法鏡にもたくさんの鏡像を撮っているわ。

 今度、見せてあげるね。


 ねぇ、白ちゃん出てきて。

 今から私を乗せて、一キロ先のゴールに向かうの。

 二人でゴールするのよ。

 私たちは二人で一緒よ。

 白ちゃん──。



「深淵よりいでよ。絆の獣」



 瞬間。

 すさまじい稲光とともに嵐が起こった。

 試験官は強風に飛ばされまいと木にしがみつく。

 この世の終わりみたいな悲鳴を上げた。


「ひぃええええええ! な、なんですかこれはぁああああ!?」


 私だってわからない。 

 でも……。繋がったのがわかる。

 白ちゃんの心と、私の心が一つになった。


 嵐が収まると、そこには大きな獣が立っていた。

 お腹にビリビリと響くような重く低い声を出す。


われを操る幻獣使いよ。力を貸そう」


 白い狼。

 これが白ちゃんの正体。

 声からしてやっぱりオスだった。

 その大きさは教会くらいあるだろうか。

 見上げるほどに大きい。

 ブルーサファイヤのように美しい瞳。

 モフモフの真珠のような真っ白な毛で覆われている。

 その毛がわずかな風であおられると、ふんわりといい香りがした。

 これはムスクの香りだ……。私が好きな匂い。

 ふふふ。素敵。


「ひぃええええええ!  神狼じんろうフェンリル!!」


 そういえば、そんな名前の幻獣が図鑑に載っていたかな。

 でも、彼は白ちゃん。私の幻獣。


「白ちゃん……。私はマルフィナ……。この地図に描いてある場所にね──」


 と、言いかけて倒れる。

 白ちゃんは私が地面に衝突するのを大きな体でささえてくれた。


「ごめん……。なんか……力が……入らなくて」

「初めての召喚は力が奪われるのだ」


 そういえば、ユリアス先輩がそんなことを言っていたな。

 だから、試験の当日に召喚した方がいいって。


 白ちゃんは私を咥えてモフモフの背中に乗っける。


「このゴールに行けばよいのだろう?」

「うん……。途中にね……。木の枝に目印が付いているから……それを頼りに……」


 ああ、ダメだ。気を失いそう。

 もう、全身に力が入らなくて、白ちゃんの毛を握っているのが精一杯。


「ふん。この程度の森。空を飛べば容易い」


 え……?

 今、空を飛ぶって言った?


 せつな、白ちゃんの体はブワッと空へ。

 白ちゃんは空を走っていた。

 それはまるで、光の床を踏んでいるように、空を蹴るたびにピカッと輝く。


 ああ、白ちゃん……すごい。


「さ、三十六秒……。ひぃえええええ……」


 これはゴールにいる試験官の声かな?

 私たち……ゴールしたの?


「マルフィナ・ラーク・ドラゴノール。合格!!」


 ああ、もうよくわかんない。

 眠い、もうダメ──。


「おいマルフィナ! しっかりしろ!?」


 この声……。


「マルフェナーー!!」


 誰だっけ?


 夢現の中、誰かが私をおんぶしてくれていた。

 それはなんとなくわかる。



  *  *  *



「は! ここは!?」


 私が気がつくと天井が見えた。

 消毒液の臭いが鼻につく。額には乾いたタオル。

 私は綺麗なシーツのベッドで寝ていた。

 ベッドの横にはベッド同士を仕切る衝立がある。

 ここは学園内の病院かな?

 衝立からひょっこりと顔を出したのはよく知る顔だった。


「起きたか」


 ゼート!?

 彼は水の入った桶と新しいタオルを持っていた。


「私……どうして?」

「おとなしく寝てろって」


 あれは……夢だったの?


「安心しろ。再試験は合格だ。進級試験は無事に突破したよ」

「そう……」


 白ちゃんは無事に召喚できたんだ……良かった。


「まさか、マルの幻獣が 神狼じんろうフェンリルだったとはな。学園中大騒ぎだよ」

「私も、驚いて──」


 と、身を乗り出しそうになってヘロヘロになる。

 ダメだ。呂律が回んない。


「寝てろよ。無理すんなって」


 そう言って、新しいタオルを水に浸し、私のおでこに当ててくれた。


「無事で良かったよ」


 彼は屈託のない笑顔を見せる。


「ゼートが私を?」

「ああ……。ゴールでは完全に気を失っていたからさ。急いで病院に運んだんだ」

「あ、ありがと……」

「気にすんなって」


 じゃあ、ゼートはゴールで私を待っていてくれたのか……。

 あの時、私を心配して呼びかける声はゼートだった。

 今朝はつれなくしたのに……。


「ねぇ」

「なんだ?」

「私が気を失っている間……」

「うん?」

「エッチなことしてない?」

「するか!」


 えへへ。

 ゼートは狼な所があるからな。

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