第10話 すれ違う想い

 私はゼートの腕を振り解いた。


「ふざけないで!」


 私を好きだって!?


「離せっ! この……!!」


 力、強ッ!


「こんな時に冗談はやめてったら!!」

「違うんだって! 聞いてくれ、マル!」 

「離してよ!」


 すっごい力ね。

 まったく離れる気配がないわ。

 ったく、んもうーーーーーー!!


「バカッ!!」


 私はゼートの頬をビンタした。

 もちろん、おもいっきり引っ叩いてやったつもりだけど、握られた手の力が強かったからダメージはそれほどでもないと思う。


「あんたが離さないからよ! バカッ!」

「………………ごめん」


 ゼートは今にも泣き出しそうなくらいしょんぼりする。


 そ、そんなに痛くしたつもりはないけど……。

 すごく辛そう……。いや、ふざけてるこいつが悪い。


「と、とにかく。今はあなたの冗談を聞いている場合じゃないの! 私はあなたとユリアス先輩が仲良くして欲しいだけなんだから」

「さっきの言葉……。嘘じゃないよ」

「え……? な、なに言ってんのよ?」


 ゼートは真剣な目で私を見つめた。


「俺……。おまえのことが好きなんだ」


 はぁ? 理解できない。

 去年の秋。私は彼に告白して……。


「私を振ったのはあなたの方よ?」

「あの時は……。じ、自信がなかったんだ……」


 ゼートは本当に申し訳なさそうに語り始めた。


「中等部の幻獣闘技大会ではいつも三位だったしな……。そんな俺が好きな人を守れるのかな?って……」


 ゼートは昔から完璧主義だったからな……。

 三位だって十分すごいのに……。


「それで俺……。がんばって一位を獲ったんだ! ちょうど自信がついた時に、親同士が決めたこの婚約の話が来てさ。おまえとは微妙な関係になっちゃったから……。おまえはこの婚約は乗り気じゃなかったみたいだけどさ。俺は嬉しかった。それに……。またこうやって友達みたいに仲良く話せるようになったしさ」

「どうして言ってくれなかったのよ? 私は、てっきり……。私のことを女の子として見てないんだと思ってた……」

「言えるかよ……。そんな情けない話」

「それって自分勝手すぎない? 私がどれだけ悩んだか知ってる?」


 こいつに振られたあの日。

 私は三日三晩泣いたんだから……。


「俺の国、スライネルザでは強い男が好きな女を守る決まりになっている。俺は、強い男になったんだ」

「だから、それはあなたの事情でしょ! 私の気持ちはって──きゃぁっ!」


 ゼートは私をベッドに押し倒す。

 彼の両手は私の両手首をガッチリ押さえているので逃げることができない。


「俺のこと……。嫌いになったのか?」

「そ、そういう問題じゃない……」

「だったら」


 と、顔を近づけてくる。

 キ、キスするつもり!?


「いや……」


 私は抵抗するように顔を真横に背けた。


 こんな強引なのは本当に嫌だ。

 全然、ロマンチックじゃない。

 キスをするならあの時が良かった……。

 寂れた教会の横にある鐘楼。

 薔薇に囲まれたあの場所。

 去年の秋、私は、あの場所でゼートに告白をした。

 あの場所で恋人同士になりたかったのに。


 それなのに……。


 私の目には涙がたまる。


「あなたとの婚約……。今すぐにでも破棄したい気分よ」

 

 瞬間、私の手首を押さえているゼートの力が弱まった。


 今だ!


 私はすぐさま横の枕を掴んで彼の顔にボフゥッ! とぶつけてやった。


「最低! バカ! エッチ! 変態!!」

「ご、ごめん……」


 私は枕をおもいっきり投げた。


「出てけバカ!!」


 彼はそれを顔面にモロに受けながらも申し訳なさそうにこちらを見つめる。


「そ、そんな怒ることないじゃないか」

「いいから出てけ!」


 と、今度は燭台を手に握る。


「わわわ! ま、待て!」

「出ていかないとぉ……」

「わ、わかった、わかったから落ち着け!」


 ゼートは急いでドアに向かった。


「こ、これだけは言っておく……。俺はおまえとの婚約は破棄したくない」


 い、い、


「今更なによ!」

「これが俺の本心だ! 本心を言えって言ったのはおまえじゃないか!」

「バカーーーーッ!!」


 私は燭台をおもいっきり投げつけた。

 ゼートは急いでドアを閉めて出て行った。


「はぁ……はぁ……。最ッ低……」


 あーーーーーーーーーーー!

 んもぉおおおおおおおお!!


 せっかく良い友達の関係に戻れたと思ったのにぃいいいいいいい!!

 ゼートのバカ野郎!!


 しかも、私は……。


 私は──。


「ユリアス先輩が好きなのよぉおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 バカバカ!

 ゼートのバカァアアアアアア!!

 

 頭の中がグッチャグチャよ!

 仲の良い友達に戻れたと思ったのにぃいいい!!

 どうして今になって余計なことをいうのよぉ!!

 最低ッ! 私の気持ちも知らないで。

 本当に酷いやつだわ。


 その晩。

 私は夕食も食べずにふて寝した。

 もちろん、ゼートのことを恨んでね。


 彼がユリアス先輩を嫌っているのは、もしかして嫉妬なんだろうか?

 私もゼートに告白する前は、他の女の子にとられたくない気持ちがあったな……。

 で、でも、だからって私の気持ちを無視するなんて酷い話よ。

 最低だわ! バカゼート! フン!



  *  *  *



 翌日。

 寝たらちょっとだけスッキリした。

 いつものように登校すると、亀岩の前にゼートが立っていた。

 どうやら私を待っていたらしい。


「よ、よぉ」


 よくよく考えれば、私と婚約した日に打ち明けてくれりゃ良かったのにさ。

 それを私をベッドに押し倒して……。

 あ、あんなに顔が近くなったのはいつぶりだろうか?

 

『俺……。おまえのことが好きなんだ』


 あの目は嘘じゃない……。

 私をまっすぐに見つめる真剣な表情……。

 うう………………。なんか気まずいのでダッシュッ!


「あ! マルッ! 待てよ!」


 うるさい! 

 あんたに構っている暇なんてないんだ。

 今日は幻獣召喚の再試験なんだからね!

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