第9話 三人
私はドキドキしながら先輩の背中を見た。
彼は私をかばって飛んで来た椅子を背中で受けたのだ。
そこは紫色に変色していた。
「痣になっていますよ」
私が傷薬を塗ると先輩は痛みを堪えるようにピクっと反応する。
「私のために……。すいません」
「いや、気にしないでくれ。幻獣の魔力がすごいだけさ」
「今まであんなことなかったのに……」
「幻獣との共感が上手くいったのさ。きっと、これで上手く召喚できる」
「じゃあ、城に帰ってから続きをやってみますね」
私は傷薬を塗り、湿布を貼って治療を終わらせた。
先輩は服を着ながら言う。
「召喚は明日にしたほうがいい」
「なぜですか?」
「強大な魔力を持つ幻獣を召喚する時、周囲は嵐になり、主人の体力は奪われると聞いている。今日、召喚してしまったら明日の試験に差しつかえるかもしれない」
「ええええ……。召喚するたびにあんなことが起こるんじゃ大変ですね」
「初めての時だけさ。二度目からは普通に召喚できる」
でも、あの感覚……。
初めて白ちゃんと繋がった気がした。
「ありがとうございます。なんだか私……やれそうな気がします」
「明日は剣術の練習試合があって試験には立会いができないが、終わり次第中等部の校舎に行かせてもらうよ」
「わざわざ来てくれるんですか?」
「君の幻獣がどれほどの魔力を持っているか気になるんだ」
なんだ……そっちか。
「それに……。君の試験の結果も知りたいしね」
うう……。やっぱり先輩は優しいな。
気がつけば空は茜色に染まっていた。
先輩と話していると時間が溶けるように過ぎるな。
「僕のペガサスで送っていこう」
私は先輩の幻獣グリーンペガサスに乗って送ってもらうことになった。
途中、国境の関所を通って先輩の入国許可を取る。
彼はペガスス王国の第二王子なので、私の国に入るには関所での記録が必要なのだ。
本来はパパの許可が必要なんだけどね。
私の友人、ということであっさりと通れてしまう。
事務手続きは少しあったけれど、それでも空を飛ぶので馬車で帰るよりも何倍も早かった。
ドラゴノールの王城に着立すると空はすっかり暗くなっていた。
王城の入り口では従者が集まって私の帰りを待っていた。
「おお! 姫様が帰られましたぞ!」
パパとママは私の元へとやってくる。
「心配したぞ。マル」
「ごめんパパ。幻獣召喚の練習をしていたら遅くなっちゃったの」
ママは先輩を見つめた。
「マル……。あの方は?」
私が紹介するまでもなく、先輩は胸に手を当てて自らの身分を名乗った。
「お初にお目にかかります。僕はユリアス・ヴァン・ペガスス。ペガスス王国の第二王子です」
「ユリアス先輩は高等部の二年生でね。私がやる幻獣召喚にアドバイスをくれたのよ」
パパは私の言葉に安心しながらもどこか不安そうな顔を見せる。
そんなパパの背後から現れたのは幼馴染のゼートだった。
彼には事前に断りを入れている。
「今日は会わない約束でしょ?」
「心配だから来たんだよ」
「その気持ちは嬉しいけど……。わざわざ王城に来ることないでしょ」
「……あんなやつと会っていたのかよ」
ちょ!
「あんなやつ呼ばわりはやめてよ!」
ゼートは私の言葉を無視してユリアス先輩の前に立つ。
「マルに近づくな」
その言葉に先輩は冷たい表情を浮かべる。
「僕が誰と付き合おうと君には関係がないことだ。それに、マルフィナだってそうだろう。彼女が誰と会おうが、君の許可はいらないはずだ」
「なんだとぉ……!」
ゼートは私をガバッ! っと抱きしめる。
はえ!?
「マルフィナは俺の婚約者だッ!」
ええええええええええええ!?
「ちょ、ゼート! 何言ってんのよ!!」
あんたとの婚約は破棄するって二人で話したでしょうがぁああああ!!
先輩は初耳とばかりに目を瞬かせていた。
そこにフォローを入れたのはパパだ。
「ユリアス王子。すまないが、ゼートが言っていることは本当なのだよ。彼とうちのマルフィナは婚約をしたのだ」
パパ……。
「悪いが、マルフィナと親密になるのはやめていただきたい。彼女はもう子供ではないのだ」
「そんなこととは知らずに、大変失礼いたしました。以後、気をつけたいと思います」
あわわわわわ……!
先輩から優しい笑みが消え去って、冷たい氷のような視線になる。
私には一度だって見せたことがないそっけない態度。
「マルフィナ……さよなら」
そう言って背を向ける。
違ッ!
「違うんです!! これには深い訳が!!」
先輩は私の方には一度も振り向かず、ペガサスに乗って去って行った。
あああああ……嫌われたぁ……。
これじゃあ、私が婚約者がいることを隠して先輩と会っていたことになる。
まるで、浮気を楽しんでる、性悪女みたい。
そんなことを思われていたら最悪よ!
ゼートとの婚約は形だけ!
気持ちはお互いにないんだから!
たしかに、本来ならば、婚約を破棄してから先輩と二人きりになるべきよ。
それはそうだけど……。ちょっとタイミングが狂っただけなんだからぁ……。
* * *
私はゼートの手を引っ張って自分の部屋に連れ込んだ。
「どういうつもりよ! 先輩にあんなことを言うなんて!!」
「あいつと会うなんて……。聞いてないぞ」
「どうしてあんたの許可がいるのよ!!」
ゼートは私から視線を逸らす。
「……クッキー。あいつと一緒に食べたんだろ?」
え……?
「な、なんであんたがそんなこと知ってるのよ?」
「ちっ! やっぱりか……」
「べ、別にいいでしょ! 私が誰とクッキーを食べようと、あなたに関係ないじゃない」
「あ、あいつはダメなんだよ! あのユリアスはなぁああ!!」
な、なんでよ……。
「ユリアス先輩はいい人よ。ゼートだって、あの人と話せばきっと仲良くなれるわ」
「話すつもりなんかないね」
「なんでよ? どうしてそんなに先輩を嫌うのよ?」
「おまえの表情が気に食わないんだよ」
はぁ?
「なにそれ? どういう意味よ?」
「おまえがユリアスに見せる表情がな……。俺は許せないんだよ!」
え? え??
「わ、私がどんな表情を見せようとあんたには関係ないでしょ!」
「デレっとして……情けない!」
くっ……恥ずっ!
だって、しょうがないでしょ。先輩は素敵なんだもん。
そりゃ、デレッともするってば。
「べ、別にいいでしょ! あんたには関係がないんだから!」
「関係はある!」
「どこにあるのよ!?」
ガバッ!
ゼートは私を抱きしめた。
え…………!?
「俺はおまえのことが好きなんだよ!!」
えええええええええええええええええええええええええ!?
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