第7話 素敵な時間

 私はユリアス先輩の作った秘密の場所に来ていた。

 そこは野花に囲まれていてとても美しい。

 このフジなんて、とても鮮やかな紫色で可愛い。

 

ピロリン。


 魔法鏡でフジの花を撮影。

 いい鏡像が撮れた。

 ふふふ。城に帰ったら見ようっと。

 

 そんな時、サンダルウッドのほのかな香りが鼻の中に広がった。

 小屋の中から匂ってくるから、先輩が香を焚いているのだろう。

 香料は独自のブレンドだと思う。甘く爽やかな香りだ。

 とても気分が落ち着く。好きな香り……。


 先輩はティーセットをトレイに乗せて持ってきた。

 カップのデザインが二つとも違うので、普段、ここに客が来ないことが伺える。

 でも、どちらも装飾が豪華でとても高貴な印象を受けた。


「カモミールを用意したんだけど……好き?」

「はい! 大好きです!!」


 嫌いなお茶なんてない。

 お茶は全部好き。


 先輩はカモミールティーをカップに注いでくれた。

 茶の中には真っ赤な花びらが浮かんでいる。

 この香り……。


「薔薇ですね」

「いい香りがするからね」


 うふふ。こういうの好き。

 先輩とは好みが合うかも。


「ここには、いつもお一人で?」

「うん。剣技の修練や勉強に疲れたらさ。ここに座ってお茶を飲みながらゆっくりするんだ」

「素敵ですね」

「綺麗なリストランテじゃないから恐縮だけどね」

「全然! 素敵な場所です」

「そう言ってもらえると嬉しいな」


 ついでに先輩の笑顔も素敵です……。


 先輩は私があげたクッキーをお茶と一緒に出してくれた。

 一かじりしてニコリと笑う。


「うん。美味しいね」

「でしょ! うちのコックにホキノさんって女の人がいるんですけどね。食いしん坊な人で、子供が十人もいるんです。体なんか私の三倍くらいあるかな? こーーなにも大きいんですよ!」


 と、両手を広げる。

 先輩はクスクスと笑ってくれた。


「それで、そのホキノさんはお菓子作りがとっても上手なんですよ。このクッキーはホキノさんの得意な焼き菓子なんです。彼女いわく『伝統的な味』と胸を張っています」

「うちの国では食べたことがないクッキーだね。バニラビーンズとバターの味が濃くて好きな味だ」

「えへへ。きっと、ドラゴノール特有のクッキーなんだと思います」

「なるほど……。じゃあ、これも」


 と、先輩はクッキーを包んでいた包み紙を取り出した。

 それは丁寧に折りたたまれている。彼は包み紙に鼻を近づけて匂った。


「この包み紙のデザイン。ムスクのいい香りがする。それに銀の装飾のデザインが独特だ。このうねりは竜を模しているのかな?」

「ええ、そうです。それもドラゴノール特有の物かもしれません」

「ふむ」

「このティーカップもそうですよね。ドラゴノールでは見たことがないデザインです。ターコイズブルーに金の装飾。これは星と月ですか?」

「うん。夜空を表している。僕の国。ペガスス王国では有名なデザインだね」

「とっても綺麗です!」

「茶器のデザインは僕が好きな物だけをここに持ってきているんだ」

「うわぁ……。いいですね! この茶器も、お茶も。この場所も。とても好きです」

「僕も、包み紙もクッキーも。ドラゴノールの物が好きかもしれない」


 私たちは微笑んだ。

 自然と笑みがこぼれてしまう。


 ああ、話しが止まらない。

 先輩の笑顔を見ていると、あんなことも、こんなことも話したくなる。

 大好きなパパとママの話や、仲のいい王城の部下たちのことも。

 もっともっと話しがしたい!


  *  *  *


 ドラゴノールの王城にはゼートがマルフィナをたずねてやって来ていた。


(マルのやつ……。今日は一人で練習する、なんて大見栄きってたけどさ。幻獣召喚の再試験は明日なんだからな。心配して来ちゃったよ)


 ゼートが、王城内の従者たちにマルフィナのことを聞いても「まだ、おかえりになっておりません」と言われるだけだった。


(変だな……。学園の練習場には姿がなかったし……。もう帰っていると思ったんだけど)


 仕方なく、ゼートは彼女が帰るまで待つことにした。手持ち無沙汰になったので、懐かしいドラゴノールの王城を散策する。

 調理場近くに行くと、幼少期より親しくしているふくよかな女性を見つけた。


「やぁ。ホキノさん久しぶり」

「ありゃ、ゼート坊っちゃま。大きくなられて」

「またクッキー焼いて欲しいな。俺、ホキノさんの作ったの好きなんだ」

「ああ、だったらもらえると思いますよ」

「え?」


 ホキノは声を潜めた。


「もう、ここだけの話しなんですがね。坊ちゃんになら話しといてもいいでしょう。プフフ。今朝、お嬢様にせがまれましてね」

「なんの話し?」

「クッキーですよ。今日は坊ちゃんの誕生日でもないのにねぇ。綺麗なプレゼント用の箱に入れましてね。嬉しそうにしておりました」

「……嬉しそうにしてた?」

「きっと、坊ちゃんと婚約できたことを喜んでいるのでしょう! 坊ちゃんが喜ぶクッキーをプレゼントしたいのですよ。恋する女は変わりますねぇ」

「………………」

「私ゃあね。嬉しいんですよ! ゼート坊ちゃんがこの国の跡取りになってくれるっていうんですからね! 私だけじゃありませんよ。この城の……いえ、この国の領民が坊ちゃんを歓迎するでしょうよ。なにせ、坊ちゃんは人たらしの達人だ。素直で勇敢で、誰にでも優しい。坊ちゃんを嫌っている人なんて誰一人としていないでしょうよ!」


 ホキノは幸せを噛み締めるように喜んだ。

 そして、深々と頭を下げる。


「坊ちゃん……。いえ、ゼート王子。お嬢様と婚約をしていただき、本当にありがとうございます。心から感謝申し上げます。本当に……私は……。嬉しくて仕方ありません」


 ゼートの気持ちは複雑だった。

 なぜなら、クッキーは自分に向けて作られた物ではないことに気がついていたからである。


(ホキノさんのクッキー……。誰に渡しているんだろう?)

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