第6話 先輩とマルフィナ

 私は高等部の学舎にいた。


 中等部の生徒がこんな場にいるなんて場違いなんだけど……。


 昨日、ゼートがユリアス先輩に失礼なことをしちゃったからな。

 その正式な謝罪をするために一人でここに来たのだ。


 先輩に迷惑をかけた当の本人は来てない。

 もちろん、軽く探りを入れるように謝罪を推奨してみたんだけど。


『あいつは、なんか気にくわないんだよな』


 と、鼻息を荒くする。どうも相性が悪いらしい。


 なので、ゼートには内緒でこんな場所に来たんだけど……。

 高等部は広いからな。

 どこにユリアス先輩がいるのやら?


「あれ? 銀のエンブレムだ。中等部の子?」

「あ、はい……」

「へぇ、君、可愛いね」

「え!?」


 いやいやいや。ナンパですか?

 すると、他の男子もワラワラと寄ってきた。


「うわぁ……可愛い……」

「中等部にこんな可愛い子がいるんだ」

「君、可愛いね」

「いいな君。名前は?」

「僕とお茶飲まない?」


 ちょちょ、ちょっとぉおお!


「マルフィナ」


 あ、この声は!?


 みんなが声の主に注目する。

 そこには凛々しく立っている金髪の男子生徒がいた。

 私は助けを求めるように名前を呼んだ。


「ユリアス先輩!」


 もう、なんかテンパっていたので名前を呼ぶのが精一杯。

 

「これはユリアス様のお連れでしたか」

「ユリアスの連れなら仕方ないな」

「ユリアス様のご友人なら美しくて当然だ」

「あんな可愛い子……。ユリアスが羨ましいよ」

「流石はユリアス様だ」

「まさか、ユリアスの彼女か?」

「ええ!? ユリアス様の彼女?」


 みんなボソボソと話しながら私から離れる。


「マルフィナ。中等部の君がどうしてこんな場所に?」

「えっと……。昨日のお礼と……。私の友達が失礼な言動をしてしまったことの謝罪です。なのでこれ……」


 と、私はクッキーの詰め込まれた箱を差し出す。


「気を遣わなくていいのに」

「いえいえ。えへへ」


 ユリアス先輩は綺麗に包装された箱を見つめていた。


「昨日は危ないところを助けていたがき本当にありがとうございました。それと……。ゼートがすいません。あんな失礼な態度とっちゃって……。ちょっとした誤解なんですよ……。彼は悪いやつじゃないんです」

「うん。わかってる」


 ああ、なんか、本当にわかってくれてそう。

 懐が広いというか、そんな笑顔……。


「……そのクッキーはうちの自慢のコックが作ってくれました。とっても美味しいんですよ」

「そう……。ありがとう」


 周囲の目はジロジロと私たちを見つめる。

 ボソボソとなにかを話しているようだけれど、女生徒からは嫉妬の声が漏れ聞こえていた。

 やっぱり、彼は学園内でも人気があるんだな。

 そりゃそうか。こんなに素敵な人なんだもん。

 私なんかが話してると迷惑だよね。


「じゃ、じゃあ私はこれで失礼します」

「待って」


 先輩は私の手を握って止めた。


 うう、これはドキッとした。


「せっかく来てくれたんだ。ここではなんだから、落ち着いた場所に行こう」

「で、でも……迷惑じゃ?」

「大丈夫だよ」


 と、そのまま私を引っ張る。

 私たちはみんなの注目を浴びながら学舎を出た。

 外に出るなり、先輩はグリーンペガサスを召喚する。

 

「じゃあ、ちょっと失礼するよ」

「え? きゃ!!」


 彼は私をお姫様抱っこする。

 真綿でも持つように軽々と。


「せせせ、先輩!?」

 

 彼は私を抱っこしたまま、ひょいっと軽く飛んでペガサスの背に乗った。


「ペガサスの二人乗りはちょっと癖があってね。羽の所に君の足が引っかからないようにしなくちゃいけないんだ」

「な、なるほど……。そ、それとこれがどういう?」

「ペガサスの尻尾に包んで持ち運ぶということもできるんだけどね。流石にそれはないと思って」

「は、ははは……。それは嫌ですね」


 だ、だからって……。

 体の距離が……ち、近すぎる。


 彼の硬い胸板の感触と甘く爽やかなサンダルウッドの香りが私の胸の鼓動を早めた。


 ヤバイよ。

 ドキドキが止まらない。


 私はユリアス先輩に包まれて横座りの状態でペガサスの背に乗った。

 彼は凛々しく手綱を持って、ペガサスを操作して空を飛ぶ。


「さぁ、行こう」

「うわぁ……」


 グリーンペガサスはその美しい緑の翼をブワァサっと羽ばたかせて空を舞う。


 気持ちいい風。

 チラリと彼の方を見ると、長髪の金髪が風に揺れてとても美しい……。

 スッと通った鼻筋と、翡翠のような美しい瞳が凛々しくて……。

 カッコよすぎるってば。


「空を飛ぶのは初めて?」

「パパが……。コホン……。父が翼竜を召喚するんです。なので、子供の頃はよく上に乗せてもらいました」

「そう……。それはいいね」

「でも、ペガサスは初めてです! 最高の乗り心地です!」

「ありがとう。君が喜んでくれると僕も嬉しいよ」


 学校がもうあんなに遠い。

 

 ペガサスは森の方へと飛んだ。


「もうすぐ着くよ」


 ああ、もう着いちゃうのか……。

 あと二、三時間は乗っていたい……。


 何分乗っていたのかはわからないけれど、数秒にしか感じなかったな。


 グリーンペガサスが着地したのは森の中にある開けた場所だった。

 そこには小屋が一つあって、その周囲には魔法陣や、剣術を練習する用の木材なんかが置かれている。


「ここって……?」

「ここは僕が作った秘密の場所。主に闘技大会の練習をしたりテスト勉強をしたりする場所なんだ」


 ひ、秘密……。

 小屋の中にはベッドもキッチンもある。

 小屋の横には井戸まで完備しているようだ。


「もしかして寝泊まりしているんですか?」

「うん。練習に集中したい時はね。二、三日、籠ることがあるよ」


 すごいなぁ……。

 こんな誰もいない場所で一人で練習をしているのか……。

 剣術練習用の木材の打ち込み加減で、どれくらいやりこんでいるか想像がつくよ。


「座ってといて」


 小屋の前には小さなテーブルと椅子が一つ設置されていた。

 私は、言われるがままにその椅子に座る。

 先輩は小屋の中から椅子を持ってくると、おもむろに私の対面に置いた。


「これは僕の椅子ね」


 え? じゃあ……今、私が座っている椅子は、普段、先輩が座っている椅子ってこと?

 え? え??

 ちょっと待ってよ。

 じゃ、じゃあ、この場所って……。


「普段、人が来ないからさ」


 ええええええ!?

 秘密って、本当に自分だけの場所!?


「ここって……。私なんかが来ていい場所なんでしょうか?」

「大した場所じゃないよ。自主練するだけの所だからさ。ちょっとゆっくりしてて。今、お茶を淹れるから」

 

 た、大した場所じゃないって……。


 私は周囲を見渡した。


 木々の隙間から見える白い花はエゴノキだ。

 エゴノキに葡萄のようにぶら下がっているのは紫色のフジの花

 その下にはピンク色のイワカガミ。根本には小さくて紫色のカキドオシ。

 差し込むように鮮やかな黄色い花はキンランだ。


 周囲が野花に囲まれている……。


「うわぁ……! 素敵素敵素敵ぃいいいいいいいい!」


 この椅子は先輩が練習に疲れて休む場所。

 野花を見ながら、ゆっくりとくつろぐ場所なんだ!

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