ディア・マイシスター
姉さん。庭の白いマーガレットが、枯れてしまいました。──それから、わたし、謝らなければいけないことがあるのです。だから、そのために、このエデンの園から抜け出します。いいえ、抜け出すのではない。これから、少年、アダムとして生きてゆくわたしは、蛇にそそのかされてしまった、かつて少女だったわたし自身を、エバを、追う。つまりは、自分で自分を、追放するんです。ここから出て行くのは、当然。だから、姉さん、どうか約束してください。ぼくを決して、探さないと誓ってください。ぼくが裏切った、神様に誓ってください。
姉さん。お誕生日、おめでとう。そして、さようなら。
姉さん。楽園に、クロッカスの花が咲きました。わたしは、もうここへは居られません。助けて、姉さん。たすけて。花言葉なんて、わからなければよかった。知らなければ、よかった。知らなければ、あの紫色の花びらを、姉さんといっしょに、愛でることが出来たのに。わたしには、もう出来ないのです。あの花がこわくて、たまらないんです。
姉さん。貴女はもう、とっくにお気付きなのでしょう。わたしは、あなたを騙していたんです。わたしは、少女なんかではないのです。ぼくは、男です。いつ、感情に任せて、清らかな姉さんを傷つけてしまうかわからない、男なんです。
姉さん。わたしたちの部屋の窓から、ヤマブキの花が咲いているのが見えます。姉さん。あなたに、この黄金色と、花言葉をおくりたい。このお手紙に、同封します。同じ部屋にいるのだから、直接渡してはどうかとお思いになるでしょうが、どうしても、お手紙でなくてはいけない理由が、あるのです。だって、お手紙には、普段伝えられないことであっても、きちんと書けるのですから。例えば、姉さん。わたしがあなたを──
姉さん。この楽園には、ほんとうにたくさんの花が咲いていますね。庭のミモザを、見ましたか。小さくて、可愛らしい黄色の花。わたし、あの花が好きなんです。あの花は、わたしのさみしいこころに、寄り添ってくれるのです。
姉さん。この間、姉さんが言っていた沈丁花とは、香り高く、美しいものなのですね。とても、目を惹かれました。わたしだけに教えてくださったようで、嬉しい限りです。ときに、姉さん。ひっそりと、しかし、確かに存在を知らせるように咲いているこの花には、有毒な果実が成ることを、ご存知ですか。けれども、この国で見られる沈丁花の多くは雄のようで、果実が成ることは、滅多に無いのだそうです。転じて、花言葉には、永遠や、栄光などの他に、実らぬ恋、というのも、あるそうですよ。
姉さん、わたしは純な少女になりたかった。
姉さん。最近は、すっかり寒くなりましたね。お風邪を引いていないようで、何よりです。それから、庭でビオラの花が咲きそうなのを、知っていますか。この間、人目のつかない日向で、見つけたんです。今度、姉さんにも見せてあげたいと思います。花が咲いたら、教えますから、かならず、一緒に来てください。そうしてくださらないと、わたし、この花を、ぐしゃぐしゃにしてしまいそうなんです。なぜだかは、わかりませんが、とにかく、そんな嫌な感情が、ぐるぐるとわたしの身体中を巡っていくのです。
姉さん。いつだったか、わたしの誕生花を教えてくださいましたね。わたしに似合うとも、仰ってくださいました。とても気に入っているのですよ。けれども、姉さん。わたしは、あの花の言葉通りに生きてはゆけないのです。清純でないこころになってしまったので、幸福が訪れるはずもないのですから。むしろ、この花は、姉さんにこそ似合うのです。
姉さん。わたしは、イエス様のお誕生日に、自らの大罪を知りました。姉さん。わたしは、あなたを愛してしまった。家族としてでは、ありません。実に、おろかな、愛、……いいえ、これはきっと、劣情なのです。姉さん、わたしを、決して許さないで。ですがせめて、姉さんの誕生日を祝うまでは、隠したい。だからわたしは、少しでも姉さんに分かって頂けるよう、お手紙を書くことに致しました。いずれわたしが、この楽園から出て行ったときには、わたしの机の引き出しを開けて、このお手紙を読んでください。
弟よ。わかっていました。姉さんは、すべてわかっていましたよ。けれども、伝えられなかった。伝えてしまったら、おまえが壊れてしまいそうで、姉さんは、怖かったのです。臆病な姉さんを、許してください。それから、安心してください。姉さんは、おまえの後を追うことは致しません。ひとり楽園に取り残された姉さんは、エバは、愛するアダムの背を、じっと見送り、そうして祈りを捧げます。おまえに、幸がありますように。と。
弟よ。姉さんは、おまえを探しません。探さないかわりに、姉さんは、おまえの遺していった手紙を、逆から読むつもりでいます。おまえが出て行ったその日の手紙から、おまえが罪というものを知った日まで、はんたいに、読みます。そうすれば、姉さんのこころの中でおまえは、ずっと生き続けるのですから。
弟よ。かつて、私の妹だった君よ。おまえは姉さんにとって、ただひとりの、大切な家族。愛しています。永遠に。
白色のマーガレット・・・「真実の愛」
紫色のクロッカス・・・「愛の後悔」
ヤマブキ・・・「気品」「崇高」
ミモザ・・・「秘密の恋」
沈丁花・・・「実らぬ恋」「永遠」
桃色のビオラ・・・「少女の恋」
胡蝶蘭・・・「清純」「幸福がやってくる」
クリスマスローズ・・・「不安をやわらげて」
掌編小説 まとめ 深月 唯 @BelleAoiyuu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。掌編小説 まとめの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます