散らぬ朝顔、雨嵐
庭の朝顔が綺麗に咲いた。白と、青。砂浜と、海の色。潮騒の音に目を覚ます午前十時、風情を感じる鮮やかさ。椅子に腰掛け、机へ向かい、日記の一頁に書き記す。一年前と変わらぬ調子で、軽やかに動く万年筆。窓から見えるは憂鬱な雨なれど、この花はたくましく、晴れの日の如く咲き誇っている。けれども、夕には萎んでしまう朝顔。しかし私は、そんな潔さが好きである。
「清治。また、朝顔が咲く季節になったよ。君も今頃見ているよね。きっと、どこかで必ず。」
一人ぼっちの広い部屋。二人の写真と彼の部屋を見遣り呟く。私は、彼と肩組み笑って立っていた。写真との対比が、心を蝕む。もはや私は、この頃のように笑えない。
「ねえ、君は、あの日私に忘れろと言ったけれど、とても無理だよ。だって、その日から、日記を付け始めたんだもの。君の最期の言葉も、きちんと書いてあるんだ。そうして毎朝、毎夜に必ず読んで、君との日々を綺麗に思い出してから、眠っている。私はね、清治、君をどうしても、忘れたくないんだ。でもね、もう私は日記を書き続ける事はしない。君が、私を生かしてくれたんだから、この命、君と私、これからの二人の人生の為に捧げると、誓うよ。だから、最後に、君に言いたいことがあるんだ。」
椅子から立ち上がり家を出て、向かうは荒れる海を見下ろす断崖。雨に濡れる事は厭わず、歩いた。あの日、最期の言葉を思い出しながら、ただひたすらに。
「君は、とても嘘が下手だったね。死ぬる覚悟、出来ているなんて。私の肩に置いた手が震えていたの、知っているよ。それから、本当に首を刎ねられるべきは、私だったということも。だから、君はあの時、お前が十字架を背負う必要は無い。なんて言ったんだろう。分かっている、分かっているんだよ。私は、全部、……」
涙声で、罪の告白を。この先、生きて生きて、生き抜く為に、過去の自分と決別を。
「それでも、君はこの世に悔いは無いと言った。その言葉だけは、嘘のようには聞こえなかったんだ。だから、私もね、これからきちんと、悔いる事の無い人生を歩んでいこうと決めたんだよ。君の覚悟と、言葉を無駄にしない為に、きっと、君と私の夢、叶えようと思うんだ。」
彼の命果てた断崖にて、固く固く誓いを立てる。忘れるものか、彼の信念を。もう決めたのだから、必ず、挫けない。私は冷たい海を眺め、強く強く、拳を握った。
朝顔は、雨嵐を受けてなお、誇り高く咲いていた。
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