第6話 宿泊の準備
三十分程経っていただろうか、約束通り影島くんは戻ってきた。その間に、私も『お泊まりの御支度』を済ませるはずだったが、陽日璃の着替えを手伝ってあげていたので、ようやく黒色のジャージに着替え終わったところだ。
これから、私と陽日璃の部屋に置かれた、衣類のチェストの中から、替えの下着の上下を二日分取りに行かなければならなかった。
──ボンッ…ボンッ…ボンッ…
「ひ、陽向ちゃん!!居る…?」
「うん、居るよー?」
──ススススッ…
「あれ?陽向ちゃん…さ?実は、まだ…着替えてなかったりする?」
ある程度のことは、私も覚悟はしていた筈だった。だけど、小学校から仲良かった男子から、実際言われてみると結構キツい。
人間みんな平等だなんて言うけれど、どんな家に生まれたかで価値観なんて全く違う。
今、まさにそれを思い知らされていた。
──ススススッ…パタンッ…
「私の家、貧乏だからさー。お出掛けする時に着る服、“これ”しか持ってないんだよねー。あはは…笑えるよねー。」
「え…。陽向ちゃん、ごめんなさい!!僕…全然気付かなかったよ…。中学くらいから、遊びに行くと…いつも指定ジャージ姿で居たからさ?ジャージ着るのが陽向ちゃん好きなのかなって、勝手に思い込んでた…。」
「あー。多分、それくらいからだよ…?ママがお金持って出て行って、私たち貧乏生活し始めたの…。」
中学時代は、指定ジャージとかクォーターパンツとかあったから、本当に助かった。運動部や吹奏楽部などに所属している生徒は、土日も部活動の練習があった。その為、日常的にそういう格好で買い物など出歩く生徒が多く、私は三年間それに便乗して生きてきた。
「ああ…僕、本当に最低なこと言った…。そんな大変な思いしてたことも知らず、呑気に陽向ちゃん目当てで遊びに来てさ…?おまけに、お昼には陽向ちゃんにチャーハンとか作って貰ったりして…。」
「あ、そこは私も説明不足でゴメンね?私の家が貧乏って言ってもね…?嗜好品が買えないだけ…だよ?お米とかの食べる物とか、ティッシュとかトイレットペーパーとか、生きる為に最低限必要なものは、不自由してないから。」
影島くんには言いそびれたが、いつも私の家に遊びに来る時は、食べたことのないような洋菓子や飲み物を持ってきてくれていた。しかも、無線環境のない我が家に、タブレット端末へと当時放送中のアニメを、定額動画配信サービスのアプリから、沢山ダウンロードしてきてくれて、帰り際に貸してくれたりもした。
だから、よく考えると当時の私は、好意を持った影島くんから、気を引く為に色々と貢がれていたことになる。
「ぼ、僕は…今まで、そんなこと少しも考えることなく…欲しい物を買い、のうのうと生きてきた…。だ…だから!!今日からは…陽向ちゃんたちご家族には、何一つ不自由のない生活を、我が…影島家で送って頂くことになった!!」
「え…?お、お泊まりに招かれただけじゃないってこと?!」
「うん…!!まだ幼い陽日璃ちゃんが居たことが、“ご家族”でっていう決め手になったんだけどね?」
「じゃあ…陽日璃が居なかったら、どうなってたの?」
「当代の“陽光の魔女”である当人だけを、影島家の庇護下に置いて、生活の面倒を見るってのが、大昔からの決め事だったみたい。だから、本来であれば…陽向ちゃんだけが、今から影島家に迎え入れられる手筈だったんだ…。」
先代の魔女の孫娘であると同時に、当代の魔女の妹でもある陽日璃の存在はやはり、魔女を庇護する者たちから見れば大きいのだろう。下手したら、“陽光の魔女”とやらが同時に二人存在出来る可能性だってある。
まぁ、素人の私が思いつきで言ってるだけなので、実際には実現は難しいかもしれない。だとしても、将来的に陽日璃が“陽光の魔女”の弟子や後継者になる可能性は、大いにあり得ることだろう。
「そろそろ、僕の家と“廻廊”を繋ぐから、陽向ちゃんは持ってく着替えとか確認しといてね?」
──ススススッ…
「ひなたちゃあん…!!したくぅできたよぉ?」
「陽日璃の支度待ちしてて、まだ陽向は部屋に着替えとか、取りに行けてなかったよな?」
「わぁ!?一人で出来たんだー?!陽日璃、えらかったねー?」
「うんっ!!ひなたちゃん、またせてぇ…ごめんねぇ?」
この二人はいつから私と影島くんのやりとりを、襖の向こうで黙って聞いていたのだろう。お互いに結構赤裸々な内容だったので、義父の顔を見た途端、私は急に恥ずかしくなってしまった。
思わず、義父の開けた襖から、影島くんを部屋に残して廊下へと飛び出してしまった。
──トントントントンッ…
──ススススッ…
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。」
──ススススッ…パタンッ!!
気付けば、私は陽日璃と寝起きしている子供部屋へと、引き戸を開け一目散に駆け込んでいた。普段から運動などしていない私は、狭い家の中を走っただけで息が切れてしまう。
外出するとしても、バイト先のコンビニは近いので、ゆっくり歩いて行っている。買い出し先のスーパーは、陽日璃を連れて行くことが多いので、歩調を合わせる為に自ずとゆっくりになる。
──ススッ…
「はぁ…。」
衣類の入ったチェストを前にして、私の引き出しを開けた。変わり映えのしない、殆ど入っていないスカスカの引き出しを見たら、私からため息が溢れていた。
所々が擦れて…ほつれて…ヨレて…色落ちして…と、とてもではないけれど…余所様にはお見せできない状態の下着が二セット、私の目の前に見えている。最近、サイズが合わなくなってきたせいもあって、無理して身につけていることで、下着の劣化が著しく感じてきている。
「洗濯とか…自分でするんだよね?あはは…。ま、まさか…ね。普通、こんな下着…“陽光の魔女”様が着けてるって知ったら、皆んな幻滅するよね…。」
実は…その下着というのは、中学上がる頃くらいに、五セット買ってもらったものだった。それを大事に身につけてきたのだが、やはり毎日洗濯をするのでダメージが蓄積していくのは避けられなかった。
とりあえず、身に付けられそうな状態の間は捨てずにきたが、それも今では二セットだけになっていた。
今日身に付けている下着だけは、見かねた義父がクリスマスプレゼントだと、去年買いに連れていってくれたものだった。
「あ、靴下も…持ってかないと…。」
何気なしに、引き出しの中から、靴下を手に取った瞬間、私は全身から血の気が引いていくのが分かった。靴下は親指の爪の辺りがよく穴が開くので、気づいた時に私は手縫いで穴を塞いでいた。
ただ、それは他の靴下にも穴が開いている場合なので、穴の塞がっている靴下があれば、そっちを履いてしまっている。
だから、いざ履こうと引き出しを開けた際に、穴の開いた靴下しかない事に、気づくことが多かった。
「最悪だ…。もう私、ダメかも…。メンタル持たないよ…。」
これから『廻廊を繋ぐ』と、影島くんは言っていた。なのに、私には穴の開いていない靴下が一足もないのだ。昨日、バイトに履いて行って洗濯した靴下も、結局穴が開いてしまっていた。もう少し早く気付けていれば、とっくに穴くらい塞げていただろう。
──トントントンッ…
「おぉいっ!!ひなたちゃあん?ゆうきさんがあ、よんでるよお?はやくきてくださいぃ、だってえ!!」
「え…。も、もう?!行かなきゃダメ?」
「いそいでってえいってるよお?ひなたちゃあん、はやくはやくう!!」
──ズズッ…ズズッ…
「もう行くから、先に陽日璃はお父さんのところへ行ってて?」
「はあい!!」
もうどうにでもなれという感じで、つま先の部分が穴の開いた靴下を引き出しから取り出した。そして気を紛らわせるように陽日璃に声を掛けると、無心でその靴下を履き始めた。
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