第5話 魔女の懐刀
「それでは、改めまして…僕、いえ…影島家は古くより、歴代の“陽光の魔女”様の懐刀として、今日この日まで命を繋いで参りました。ただ、先代の魔女様だけは、魔女たる自分の為に人間が命を張る事を、良しとしませんでした。その為、影島家からの庇護を一切受け入れることなく、多くの使い魔を使役し、弟子すらも取らないでおりました。その矢先、あのような悲劇が起きたのです…。」
「影島くんは、あの…影島家に名を連ねられるお方なのか?!」
「はい。これは…もう、僕の運命といっても過言ではありませんよね?先代の“陽光の魔女”にご子息が居ると、我が影島家にも噂…程度ではありましたが情報は得てはおりました。ただ、先代に使役されていた使い魔たちが、魔女様の急逝後隠匿を図った為、以後一切の消息は途絶えておりました…。」
義父たち使い魔によって、私の実父が“陽光の魔女”の遺児であるという情報は、厳重に伏せられ大事に育てられていたのだろう。だが、実父は高校卒業を境に、使い魔たちの前から突然失踪を図ってしまった。
それからの長い間、影島家、先代の使い魔共に実父の消息は掴めずにいた。そんなある日、“陽光の魔女”の素質を持つ私を、先代の使い魔の一人が偶然にも見つけることに成功する。
それで、先代の使い魔であった義父が、実母の好みの男性に擬態して近づき、今日のこの光景に至ったのだ。
「僕は、まさか…陽向ちゃんが“陽光の魔女”様の御令孫だとは思いもせず、不躾ながら…一方的に好意を寄せてしまっておりました。」
「はぁ!?か、影島くん…?!私、小学生の頃からずっと、モブ女子だった…よね?」
「魔女様に覚醒する以前の…ひ、陽向ちゃんは!!ぼ…僕にとっては、とっても可愛い女の子だったんだ!!」
まさかのモブ女子好きな、物好き男子が本当に居たとは。しかも『可愛い女の子だった』とか、本人の目の前で平然と言っちゃって。
不思議と影島くんとは趣味が合ったから、小学一年生の頃から、友だちの一人として私は接してただけなんだけど。
さっき義父から、中学の頃の影島くんは私に『強い好意を抱いていた』と事前に聞いていたので、別段驚きはしなかった。
「うん!!ひなたちゃあん!!かわいかったあ!!」
「あ!!よく見れば、陽日璃ちゃん…!!陽向ちゃんの小さい頃に…似てるよね?!」
「ええええっ!?ひなたぁちゃん、そうなのお?!」
「あー。確かに…?小学校入った頃の私に…似てるかも…。」
あの頃の私に似てるということは、残念ながら陽日璃も…モブ女子確定という事だ。
まぁ…逆を言えば、多感な青春時代をモブ女子という蕾で過ごして、十八を迎える時に魔女という花を咲かせる。青春時代に、外見だけではなくて、内面を好きになってくれる相手と出会えるのならば、きっと陽日璃にとっても良いことだろう。
「ああああっ!!こんな悠長に、魔女様たちとおしゃべりしてる場合じゃなかった!!今から、実家に連絡入れても宜しいでしょうか?」
「ああ、問題ないよ?元来、“陽光の魔女”様は、影島家の庇護を受けるべきなんだ…。」
「ありがとうございます!!では、僕は連絡してきますので、その間に陽向ちゃんたちは…お泊まりの御支度をしていて下さい。」
「おとまりぃ?!わあぁいっ!!ひなたちゃん…?どうしたのぉ…?」
影島くんから、『お泊まりの御支度』などと言われ、正直私は困惑していた。
これまで、貧乏な生活を続けてきた私には、替えの下着は二日分しかなかった。それは、中学の頃から使い続けているもので、十八歳にもなる女子が身に付けるような代物ではない。更に、私の寝巻きなんて言ったら、まさに今着たままになっている、中学時代の指定ジャージだ。
「ううん?じゃあ、陽日璃も私と一緒にお着替えしちゃおっか?」
「はぁいっ!!おきがえしまぁす!!」
ここまで説明すれば、大体お察しだとは思うが、私には余所行きのお洒落な服などは、一着も持ち合わせていない。
私にあるのは、近所のスーパーで特価で売られていた白地のTシャツと、白い線が縦に入った黒色のジャージ上下だけだ。どこに出掛けるにも、私はその格好で行くしかないのだ。そんな格好で、由緒ある影島くんの敷居を跨ぐのは、烏滸がましいにも程があるだろう。
「ねえぇねえぇ…?どれがかわいいかなぁ…?」
「うーん。これ、良いんじゃない?」
ただ、まだ幼い陽日璃だけは、そんな思いを私はさせたくなかった。なので、陽日璃だけは持ってく着替えも、余所行きの服も、選抜できるくらい持っている。
最近では、小さい子の服が可愛くて安価なものが多く出回っている為、薄給な私でも買ってあげられるので、助かっている。
「おとうさんはぁー?したくしないの?」
「ああ、そうだな。今から僕も着替えてくるから、陽日璃は着替えて待っててくれよー?」
「はぁいっ!!」
義父については、自分の洗濯物を出しているところを、三人で暮らし始めてからは、私は一度も見た事が無かった。でも、いつも義父が着ている服は、清潔感があるため私が見ていない間に、洗濯していると思っていた。
でも、実際には義父の正体は使い魔の為、恐らく服も擬態させているだけで、実際には存在しないのだろう。ただ、実母が居た頃は、本当に服を着ていたようで、ちゃんと義父の服が洗濯されているのを見た記憶がある。
「あれえ?ひなたちゃん、したくはぁ?おとうさん、おきがえにいったよぉ?」
「陽日璃のお着替え手伝ってから、私も着替えるから大丈夫だよ?だって、いつものジャージに着替えるだけだしね?」
私の言葉にハッとした表情をして、急に陽日璃は黙り込んでしまった。ただ、私が選んであげた服へと着替える際には、陽日璃はちゃんと言うことをきいてくれた。
これから、余所の家へとお泊まりに行くのは、陽日璃も理解出来ている筈だ。
「ほら?もう、陽日璃は着替え終わったんだからさ?持ってくお着替えの支度しよっか?」
「…。」
だからこそ、自分は余所行きの可愛い服に着替えようとしているのに、姉はどうしてかジャージに着替えようとしている事で、気付いてしまったのだろう。
どうにもこうにもお金がなくて、私自身への投資は後回しにして、陽日璃に回してきたので仕方ない。
もしも私がモブ女子でなくて、誰もが目を引く美人だったなら、もっと人生違ってたのかもしれない。
──ススススッ…パタンッ…
「ふふっ…。」
今となっては笑い話になるが、今朝の義父の姿が居間から消えた際、一瞬ではあったが、バイト先のオーナーの“オンナ”になれば、現状の暮らしに比べれば、一発逆転のチャンスもあるかもしれないなどと、思ったりもした。
そんなわけで、中学指定ジャージのズボンを脱ぎながら、私は思い出し笑いしてしまった。いっぱい笑って今の自分の気持ちを誤魔化さなければ、これから名家にジャージ姿で行くなんて私的に無理だ。
──ピリリリリリリリリッ…
「僕出るからいいぞー?」
「私、着替えてるから、居間には入れないでー?」
ちょうど黒いジャージのズボンから履こうと、手に取ったところだった。そんなタイミングで玄関の呼び鈴が鳴ったのだ。
「どちら様でしょうか?」
「お待たせしました!!影島です!!」
「おお、早かったね?今、開けるよ?」
──ガチンッ…!!ガチンッ…!!
──カラカラカラカラッ…
「お邪魔します。」
「本当に申し訳ない。今、陽向が着替えてるところでさ?」
──カラカラカラカラッ…バンッ…!!
「ど、どの部屋ですか!?なーんて…。」
「相変わらず、影島くん冗談上手いねー?」
──ガチンッ…!!ガチンッ…!!
「本当に…陽向ちゃん、ど、どの部屋で着替えてますか?」
「え?!ハハハハハハハハッ!!」
そんなやり取りを耳にした私は、慌ててジャージのズボンを履いた。そして、勢いよく着ていた寝巻きのジャージのジャケットを脱ぎ捨て、あっという間に黒色のジャージを羽織った。
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