第7話 廻廊の異能

 「はぁ…っ、はぁ…っ…。お、遅くなっちゃって…ゴメンね…?それに…。」

 「良いから、良いから。もう…陽向ちゃんは、僕たちには何も、気を遣うことなんてないから!!」


 今日から私たちは、影島家から庇護を受ける為に、家へと招待され滞在することとなった。その為、先に陽日璃に着替えや宿泊の準備をさせていた。

 ところが、影島くんが実家に連絡をとる関係もあって、我が家を一度後にしていたのだが、陽日璃が支度に手間取ってしまった影響か、外から戻ってきてしまった。


 「それに…。こんな汚い格好してたら、やっぱり…ダメだよね?」


 そこで、私は慌てて自分の支度をしようと考えて、陽日璃と一緒に寝起きしている子供部屋へと、着替えの下着や靴下を取りに向かったのだ。

 部屋に着くと、姉妹で共有して使ってきた、衣類チェストの一番上の引き出しを開け、まずは下着を取り出した。着古し感の強い下着だが、まだどうにかなるレベルではあった。次に、引き出しから靴下を取り出した際、重大な事を見過ごして放置していた事に気付く。

 しかし、影島くんに頼まれた陽日璃が、部屋の前まで私を呼びにきてしまい、それをリカバリーすることも叶わぬまま、今この場に至っている。


 「大丈夫だから!!陽向ちゃんは、昔から何着てたって…可愛いんだから!!それに、陽向ちゃんたちの現状も伝えてあるから!!」」

 「昔から『可愛い』とかさ、嘘くさいけどね…。まぁ、ご家族に事前に伝えてもらったことについては、本当にありがたいんだけどね?」

 「僕は陽向ちゃんには、絶対嘘つかないから!!誓ってもいいよ?」

 「じゃあさ?見てよ、これ…。」


 いくら私の気を引こうとして、無理に繕おうとも、現実を見れば誰だって本音が溢れるものだ。影島くんの目の前に、私は靴下を履いた右足をスリッパを脱ぐと、そっと見せた。


 「おおっ!?」

 「ほら…!!やっぱり…影島くん、驚いてるじゃん!!」

 「違うから!!今、嘘つかないって、言ったばかりだろ?!僕さ…?足の親指、反り爪だから…靴下、すぐ穴開くんだよ…。しかも、遺伝ぽくてさ…?影島家じゃ、靴下に穴開いてても、『ああ…爪か。』って感じで…。うわ…!?僕の足、見て…これ!!」

 「靴下、穴開いてるじゃん!!」

 「マジかぁ…。まだ…三回くらいしか、この靴下履いてないのに…。今朝履いた時、穴開いてなかったんだけどな…。まぁ、そういう事なんで…。陽向ちゃん、安心してくれたかな…?」

 「うん…。ちょっとだけ…。」


 確かに、影島くんが今朝我が家に上がってきた時、靴下は穴開いてなかった気がする。先程、一度外に出て連絡をしに行った際に、靴下と爪と靴の間で争いが起こってしまったのだろう。

 でも影島くんのおかげで、靴下に穴が開いていることについて、私の中で気休めにはなった気がする。


 「それじゃあ、ここでの話はもう終わり。あとは僕の家でしよ?」

 「そうだよね…。私が変なこと言ったからだよね…?“廻廊”に入るところだったのに、引き留めちゃて…ゴメンなさい…。」

 「ううん?陽向ちゃんが気になってたこと、ここで解決できたでしょ?だから、謝ることないよ!!ほら、もう…行こ?皆んな、陽向ちゃんのこと待ってるよ?」


 実をいうと、先程から私は見慣れぬ重厚感のある両開きの扉の前で、影島くんと会話をしていた。

 子供部屋から右手に廊下を出て、その先には玄関が本来あるはずの場所に、その扉は鎮座していた。

 色んなことが重なってパニック気味だった私にも、それが影島くんの言っていた“廻廊”への扉であることは、何となく察しがついていた。

 部屋まで私を呼びに来てくれたが、先に行かせた陽日璃や義父の姿がないことがその証拠だ。


 「影島くん、今更でゴメンなんだけど…。その扉って、何なの…?」

 「ああ、これ…?やっぱり、気になっちゃったよね…。これは、実は…我が家の玄関の扉なんだよ…。」

 「ええええ!?影島くんのご自宅の玄関?!」

 「うん…。影島家本邸の玄関の扉が、この場所と繋がってるイメージかな…。」

 「ま、まさか…。影島くんって…!!」


 小学一年生の時の出会いから、中学三年生の卒業するまでの間、ごく普通に影島くんとは友達として接してきた。ただ、中学卒業後については、私は家族の生活をより良くするために、コンビニのバイトに明け暮れていた。

 それが一番の原因だったとは思うが、影島くんと会う機会は全くと言って良いほど、無かった。

 高校進学後の影島くんの動向については、私は全く知らない。だって、影島くんからは、連絡先を教えてもらってなかったし、自宅がどこにあるのかも知らなかった。だから、中学までの仲かと思っていたので、すっかり忘れていた。


 「『異能とか使えるの?!』って…陽向ちゃんは驚いちゃった感じかな?」

 「うん…。だって…影島くん、だよ…?」

 「陽向ちゃん…?その…『だって…』って、どういう意味?!」

 「そのまんまのつもりで、私は言ったんだけどな…?」

 「もう!!サラッと酷いこと言うとこ、全然変わってないなぁ…。こう見えても…僕、“陽光の魔女”様の懐刀だからね?」

 「え…?!ちょ…ちょっと!!今、影島くん…なんて言った?」


 平然とした表情で、サラッと冗談を言ってくるのが、私のよく知る影島くんだった。

 だから、影島くんと大事な話をする際には、真偽を確かめる意味も込め、一度聞き返すのがお約束になっていた。

 まぁ…冗談だった場合、平然とした表情はすぐに緩んでニヤけてくるので、凄く影島くんは分かりやすかった。


 「『こう見えても、僕…“陽光の魔女”様の懐刀だからね?』って言ったよ?もし、聞き取りにくかったなら、何度でも言ってあげるからね?」

 「魔女の懐刀って…具体的には、何をするの?」

 「詳しくは、家の中で説明するけど…ざっくり言えば、僕が陽向ちゃんを全力で守る…って感じかな?」

 「か、影島くんが!?」

 「はぁ…。思い込み激しいところも、全然変わってないね…。まぁ、それはそれで安心したけど…。」


 ただ…今は、信じたくなかっただけだ。

 私は…中学を卒業したあの日から、何一つ変わらぬ生活を二年以上も続けてきた。なのに、目の前にいるのは、もう私の知る影島くんではないようだった。

 私だけ、あの日に取り残されてしまったようで、強い疎外感でいっぱいだった。


 「影島くんは、変わっちゃったよね…。」

 「僕は、魔女様をお護りする使命があるからね…?嫌でも変わらなければ、いけなかっただけだよ。でも、僕がお護りする魔女様が…陽向ちゃんで本当に良かった。」

 「影島くんにとって“魔女”って、何?」

 「命に替えても護るべき尊き存在…かな?それが代々続いてきた影島家の使命だからね?何度も言うけど、本当に僕は運が良かったと思うよ?だって、大好きな陽向ちゃんを僕のすぐ側で護れるんだから。」


 私も何度も言うけど、影島くんには昔から築いてきた友情はある。でも、私には恋心がよく分からないので、影島くんから好意を向けられても、正直反応に困ってしまう。


 「やばっ!!そろそろ、学校行かないとマズい!!陽向ちゃん、詳しい話は家族からさせるから…。とりあえず行こう?【廻廊:開扉】!!」


 ──ギギギギギギギギッ…


 目の前の大きな両開きの扉が、影島くんの言葉と共に開かれた。その扉の奥には、日本庭園を思わせる廻廊がその姿を覗かせているのが見えた。


 「“陽光の魔女”様、では…参りましょうか?」


 ──ギュッ…


 「へっ…?」


 にこやかな笑みを浮かべて、影島くんは私の手を握ると、扉の中へとまず一歩…歩を進めた。

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