第4話 突然の来訪者

 ──ピリリリリッ…


 「私、出るよ。」


 ──ススススッ…


 「ああ、僕が出るから!!陽向は出なくて良いぞ?」

 「へ?」


 朝食後、私と陽日璃が居間で寛いでいると、昔ながらの玄関の呼び鈴が鳴った。なので、私も普段通りに応対するために、部屋の襖を少し開けたところだった。

 そんな状況で、急に義父に呼び止められた私は、意味が分からず呆然としていた。


 「相手が誰か分からないんだ。何の前触れもなしで、見知らぬ美人が玄関開けて出てきてみろ?最悪の場合、ショック死するかもしれないぞ?」

 「そ、そう…かな?ちょっと…考えすぎじゃない?」

 「ううんっ?ひなたちゃんはねぇ?びじんのぉまじょだよぉお!!」

 「ほら?アニメの美人キャラが本当に美人かどうか、その判定が人一倍手厳しい陽日璃だって、こう言ってるんだぞ?」

 「もういいから、とりあえず…お父さん出てあげて?」

 「ああ、そうだったな!!」


 ──トントントントンッ…


 「はーい。どちら様ですか?」


 そういえば、私たちがいま住んでいる場所について、軽く説明すると、平屋の借家だ。よくアニメやドラマで見るような、同じ造りをした簡素な借家が何軒も建ち並ぶ場所で、一家三人で暮らしている。

 母親が出て行ってから、この借家に移り住んだので四年以上は経つ。まだ二歳ほどだった陽日璃も、来年には小学校にあがる年になっている。


 ──ガチンッ…!!ガチンッ…!!

 ──カラカラカラカラッ…


 「久しぶりだなー?影島くん!!今日はどうしたんだ?」

 「ひ、陽向ちゃん…居ますか?昼間はバイトして働いてるって、噂では聞いてて…。」

 「陽向かぁ…。」


 少し離れた居間に居ても、玄関引き戸が開いた状態では会話も丸聞こえだ。よりにもよって、朝食前に義父が『あの彼は、陽向に強い好意を抱いている』と言っていた、その影島くん本人だった。

 しかも、どういう風の吹き回しだろうか、私に会いに来ているようだ。この姿でなければ、出て行ってあげても良かったかもしれない。

 でも、今の私の姿はもう…中学の頃のモブ女子ではなく、“陽光の魔女”なのだ。ハッキリ言って、瀧川陽向ではない…誰かと言っても過言ではない。


 ──トタトタトタトタッ…


 「おにいちゃん?ひなたちゃんのかれしぃ?」

 「おいいいいっ!!陽日璃!!」

 「ええええっ?!陽日璃ちゃんなのぉ!?おっきくなったねぇ?多分、小さくて覚えていないと思うので…僕は、影島かげしま夕輝ゆうきって言います。宜しくね?」


 数秒前まで、陽日里は私と一緒に、スマホから定額動画配信サイトのアプリを使って、魔法少女のアニメを見ていたはずだった。急に陽日璃が立ち上がったので、いつものようにテーブルの上にある飲み物でも飲むのかと、私も油断していた。


 「わたしはぁ、たきがわひかりぃでぇすっ!!ゆうきさんっ!!ひなたちゃん、いまにぃいるよぉ?すっごおくぅびじんにぃなったのぉ!!」

 「はぁ…。陽日璃には敵わないな…。多分、影島くんはショック死するかもしれない。それでも、構わないという覚悟があるなら…どうぞあがって?」

 「陽向ちゃんに会えるのなら、僕は構いません!!お邪魔します!!」


 影島くんを家にあげるとか、私への意思の確認は一切ないまま、玄関で話がついてしまった。久しぶりに同級生に会うのにも関わらず、私は部屋着兼寝巻きに使っている、着古し感強めな中学校時代の指定ジャージ姿だ。

 まぁ、私の方は別に好きとかではないのだから、わざわざ自宅で着飾る必要なんてない。この姿を見て、幻滅してくれても別に構わないと思っている。


 ──トントントントンッ…

 ──ボンッ…ボンッ…ボンッ…


 襖で閉め切られた居間の前で、足音が止まった。すると襖が三回ほど、前後に揺れる音が聞こえた。恐らくは、襖を手でノックしてきたのだろう。


 「ひ、陽向ちゃん?夕輝だよ…久しぶり…。突然、家の中までお邪魔させてもらって…本当にゴメン!!僕、陽向ちゃんとは…い、いつでも会えるって、勝手に思ってた…。だ…だから、連絡先教えてなかったんだ…。」

 「どうぞ?影島くん、入ってきて。」

 「う、うん…。」


 ──ススススッ…


 言われてみれば、影島くんは結構な頻度で、この家に遊びに来ていた。それに、中学を卒業するまでの間に、影島くんからスマホの電話番号や、SNSのIDなども、教えてもらった記憶がなかった。

 なので、連絡先を知らなければ連絡する手段もないので、そこで関係性も途絶えるというのが人の常だろう。

 だから、影島くんとの友人関係は中学までの間柄だったのだと、今日まで思っていた。

 とりあえず、私と『いつでも会える』という、勝手な影島くんの慢心が、このカオスな状況を招いたことは確かだ。


 「お、お邪魔します…。うわっ?!」

 「全く…。私と陽日璃でアニメ見ながら寛いでたら、連絡もせず勝手にやってきて…。それで、ひとの部屋に入ってきて早々、一体何に驚いてるわけ?」

 「い…いや…。陽向ちゃんの姿…。あ、あまりにも“陽光の魔女”様にそっくりだから…。」

 「はぁ?!何で影島くんが、“陽光の魔女”知ってるの!?」

 「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…。ぼ、僕…こう見て、魔女様のこと…小さい頃から推し続けてるんだ!!そ、それも…早逝された“陽光の魔女”様は、僕の中では神推しで…!!」


 “陽光の魔女”の話が出た途端、急に私の知る影島くんらしくなくなり、息遣いも荒くなった。そんな状況に、私も若干引き気味になった。まぁ、目の前に神推しの存在が居たら、誰であれそうなるだろうなとは理解できる。


 ──トタトタトタトタッ…


 「ひなたちゃんはぁ!!ほんもののぉまじょだよぉ?」

 「ほ、本物…!?陽向ちゃんが?!」


 ──ポンッ…ポンッ…


 「いやぁ、本当に惜しかったなぁ…?影島くん!!陽向が“陽光の魔女”を継承し、魔女としての覚醒を果たしたのは、ついさっきの事だからなぁ…?」


 気付けば居間には義父も来ており、影島くんの肩をポンポンと叩きながら、煽っているように聞こえた。それに、他人に聞かれたら色んな意味でアウトな情報を、家族でもない部外者にペラペラと喋っては、色々とダメな気がする。


 「お…お言葉ですが、現在空位の“陽光の魔女”は…一子相伝の筈です!!」

 「まさか、そこまでご存知とは…恐れ入った!!だがな…影島くん?目の前に居る陽向が、先代の血を引く孫娘だとしたら…どうだろう?」

 「なっ!?本当なのですか…?その、お話。」

 「よく目を凝らして、陽向を見てみたまえ?中学までの面影のカケラも全くない程、先代にそっくりになっただろう?」

 「はい、まさしく…先代の生き写しと言えましょう。ですが、僕は…見た目がどんなに変わろうとも、一目見ただけで陽向ちゃんだと分かりました。」

 「では、本題に入ろうか…?どうして、影島くんはそんなに“陽光の魔女”について詳しい?」


 先代の使い魔である義父が、ようやく核心をついた質問を影島くんにしてくれた。ただの“陽光の魔女”を神推ししてるだけの、男子高校生には到底見えなかった。

 だって…魔女なんて存在、きっと秘密裏に何かの活動をしてるに決まっている。それを、早逝した私の父方の祖母の容姿まで知っていると言うのだ。

 実の孫娘である私ですら、実際には見たことすらないというのに。


 「それは、陽向ちゃんの義父である瑛斗さんも、よくご存知の筈だと思いますが…?」

 「“ご存知の筈”とは、一体どういう意味だ…?」

 「おや…?これは知らないご様子で…。僕の早とちりだったようですね…?ですが、これも知っていただける良い機会です。改めまして、自己紹介させていただきますね?」


 一瞬にして、ピリピリどころでは済まない空気が漂い始める。義父は先代の使い魔であることを考えると、使い魔以外の何かなのだが、知らないということが不思議だ。下手すれば、影島くんが魔女の敵対勢力ということも捨てきれない。

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