第3話 継承の条件

 「わっ?!だ、誰なの!?」


 まだ薄暗い時間帯で、洗面所の明かりもつけずに、洗面台の鏡を何気なしに見た私が悪かった。まさか鏡に映った自分自身の姿が、全くの別人だとは思いも寄らなかった。だから、洗面所に他に誰か居るのだと思い、一瞬パニックになった私は、思わず鏡に向かって大声をあげていた。

 当然のことながら、目の前に映った女性からの反応はなく、私が身体を動かした方へと同じく動くだけだった。


 ──トタトタトタトタッ…


 「ひなたちゃん!!」

 「わあっ!?」


 そんなことしてる間に、気付けば可愛らしい足音と共に、私を心配したような陽日璃の声が、すぐそばで聞こえた。鏡に映った自分の姿で、パニックになった直後ということもあり、正直これはこれで驚いた。


 「こら!!陽日璃!!ダメだろ!!」

 「お父さんも…陽日璃も…。一体、どうしたの?」

 「急に大きな声が聞こえたから、陽日璃が『ひなたちゃんが…。』って、部屋を飛び出してったんだよ…。」


 ──ポフッ…


 「だいじょうぶ…?」

 「大丈夫だよー?でも…陽日璃、ありがとう?」

 「よかったぁ…。」


 小さな身体で陽日璃は、私の腰あたりを目掛けて飛び付いてきて、心配そうな表情でこちらを見上げている。こんなことされたらもう、頭をなでなでしてあげる他ないだろう。


 「ひなたちゃん、まじょにへんしんしたままなのぉ?」

 「私も気になってるんだけどね…。そこはどうなの?お父さん!!」

 「陽向の場合、魔女に変身したんじゃなくて…覚醒したんだ。陽日璃は意味分かるか…?」

 「うんっ!!わたしわかるよぉ?てきだったこが、まほうしょうじょになったりするやつ!!ついかせんしぃ!!」

 「覚醒したってことは、これが私の本当の姿ってことで良いのかな?」

 「ああ。先代の魔女さ…んによく似ている。」


 先代の使い魔である義父は、恐らく癖で“魔女様”と言いそうになり、咄嗟に“魔女さん”と言ったように見えた。

 父方の祖母の隔世遺伝が覚醒したとか、口に出してしまえばかなり寒い感じに聞こえるが、生前の写真など見たことがないので、義父の言うことを信じるしかない。


 「せんだい?!おとうさん、いまぁ、せんだいっていったぁ?」

 「そうだ。今の陽向は先代の魔女…いや、お前たちのおばあちゃんの若い頃に似ているんだ。」

 「わたしのおばあちゃん、まじょだったのぉ?!」

 「陽日璃のパパのお母さん。ママのお母さんじゃないよ?」


 両親それぞれが私たち姉妹を捨てて出て行ってから、実父はパパと、実母はママと呼ぶようにしている。ママが出て行くまでは、ママの実家とは交流があったので、陽日璃も知っているので、そこは明確にさせたかった。


 「ぱぱのおかあさんがまじょなんだぁ!?それで、ぱぱのちょうじょ、ひなたちゃんがまじょにかくせい!!じゃあ、おとうさん!!じじょのわたしもぉ…まじょになれる?」

 「ああ。陽向みたいに大きくなったら、陽日璃もなれるよ。」

 「やったぁ!!わたし、ひなたちゃんみたいになるぅ!!だから、ひみつぅまもらないとぉ!!」

 「陽向の正体が魔女だってバレたら、大騒ぎになるからな?」

 「はぁいっ!!」


 ふと、義父の言葉が私の中で引っかかってしまった。それが『陽向の正体が魔女』という言葉だが、普通であれば『魔女の正体が陽向』というべきだろう。

 それを自分の中で解釈すると、私は魔女という存在であって、陽向とはあくまで人間の中で生活する為の仮初なのかもしれない。でも、私は魔女に『覚醒した』とも義父は言っていた。

 この姿は魔女としての陽向であって、人間としての陽向はもう存在しないのかもしれない。


 「ねぇ…お父さん?今の私は、誰…なのかな?もう、陽向ではいられないんでしょ…?」

 「正直、ここまで陽向の容姿が激変するとは、流石の僕でも予想してなかった…。」

 「そうなんだ…。でも、私もお仕事とかしなくちゃだし…?」

 「ダメだ!!今日から陽向には、魔女のことだけに専念して欲しいんだ!!」

 「でも、私も働かないと…!!お父さんの稼ぎだけじゃ…。」

 「その件についてはだな…?」


 そう言って義父は、私に向かってこれまでの真相を語り始めた。ママが出て行ってからというもの、我が家の家計は火の車で、私が高校へ行けるようなお金など無かった。極貧とまではいかないが、清貧という表現がしっくりくる感じだった。

 それも全て、先代の使い魔たちの描いたシナリオだった。実際のところ使い魔たちは、人間を装って様々な場所に潜入して働いていた。

 これまでの稼ぎについては、私が魔女を継承した際の活動資金として、先々困らぬようにと使い魔たちは一丸となり、貯めてきたそうだ。

 そんな話を聞いているうち、それなら私が高校進学を諦める必要は無かったんではないかと、モヤモヤし始めてしまった。


 「ねぇ…お父さん?私、本当はね…?高校…行きたかったんだよね…。」

 「本当に、高校の件は…済まなかったと思ってるんだ…。でも、もし…あのまま、高校に進学していたとすると、今日みたいに“陽光の魔女”を陽向に継承させることは、出来なかったかもしれない…。」


 思わず、私の口からは…家計の都合で、泣く泣く諦めるしかなかった高校へと、通いたかったという気持ちが溢れ出てきてしまった。


 「え…?それって…お父さん、どういう意味なの?」

 「“陽光の魔女”を継承させる条件として、まず十八歳の誕生日を迎えていること。次に純潔を守っていること。最後に魔女の素質があることだ。」

 「ああああ!!あの頃、私…友だちって言って…同級生の男の子、家まで連れてきてた!!ま、まさか…ねぇ?でも…お父さん、そういうこと…なの?」

 「あの彼は、陽向に強い好意を抱いているからな?まぁ…?もう、陽向への“陽光の魔女”の継承も無事成功し、本来の僕たちの目的は達成した。だから、今後は陽向の自由…自己責任だからさ?」


 今の会話に登場した“あの彼”とは、小学校からの同級生の影島かげしまくんで、モブ女子の私に対しても優しく接してくれていた。

 そんな影島くんが、私に強い好意を抱いていたなんて、全く気付いていなかった。

 だって、私みたいなモブみたいな特徴のない女子より、特徴的な可愛い女子の方が男子中高生は好きなはずだ。それに、通っていた中学には、どのクラスにも可愛い子がいっぱいいて、過去稀に見る豊作の世代だと言われていた。

 それに、私は恋心が理解出来ないので、恋愛話については完全に避けていて、少しも考えようともしなかった。


 「まぁ、私そういうの興味なかったから…。だから、影島くんとはさ…?ただの趣味が合う友だちだったし…。」

 「陽向がそうは思ってなくてもな?相手側に強い意志があれば、押し切られることだってあるんだぞ?普通の人間では、性別差や体格差の関係もあるしな?無理矢理ってことだってある。その危険性を排除するには、生活する場所や時間帯を変えるしかないと、僕たちは判断した。」

 「そういえば、卒業してからは私、影島くんに会ってないかも…。バイトの時間、平日の日中メインに選ばせたのって…それが理由だった?」


 家計の都合で、中学の頃の私はスマホなど持てなかった。だから、中学時代に仲の良かった同級生の連絡先は、当時教えてもらったSNSのIDくらいしか知らない。

 殆どの同級生は高校に進学しており、私がスマホを買えたのは本当に最近のことだ。そして、いざSNSのアプリから、同級生のIDを検索して友だち登録しようとしても、殆どのIDが変わっていてダメだった。

 高校デビューとか、恋愛とか、推し活とか、色んな理由で同級生たちはIDを変えたんだと思う。繋がっていれば新しいIDの連絡がくるのだろうが、そもそもスマホが持てず繋がっていなかった私には、到底無理な話だ。


 「まさにその通りだ。魔女の継承を優先するばかり、酷なことを陽向にはさせてしまった。私たちのせいで、陽向の青春を奪ってしまって、本当に申し訳なかった…。」


 義父たち使い魔には、逆に私はお礼を言いいたいくらいだ。

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