一年生の間は本当に退屈だった。学校に行っても席は離されて隙間だらけで、給食も黙って食べなくちゃいけなくて、運動会も音楽会も有った様な無かった様なよくわからない状態で、遠足も参観も無く、非常に淡々と時が過ぎて行く感じ。折角せっかく小学校に入ったのに、余り楽しい思い出がない。

 診療所も待合を半分位閉鎖してる感じで、患者さんは自宅から診察予約して、順番が近くなったらメールとか電話で呼び出して、待合には精々せいぜい五人程度しか居ない様に調整されてて。それでも年寄りとか、呼んでも無いのに早く来ちゃったりして、そんな時には外にベンチ出してそこで待って貰ったり。なんかもう大変。予約は電話でも受け付けてたけど基本はネットで、呼び出しも基本はスマホの通知とかで。そしてそんなシステム作ったのは父だったりする。なんかそう云うの得意なんだって。そんな感じの仕事してるみたいだし。

 本当にこの一年位は、かく感染者数が爆発的に増えちゃって、皆すごくバタバタして大変だった。この期間に潰れて仕舞ったお店とかもあるみたいだし、うちの診療所で愚痴を云う人も後を絶たず、皆暗い、疲れた顔ばっかりで、見ていて本当に気持ちが沈んだ。それでも母の手伝いは、手を抜かず、遣り過ぎず、適度にこなして、例の感染症だけは徹底して駆逐する様にしていた。感染症の流行なんて僕一人で頑張ったところで、大勢たいせいは変わらないんだけどね。それでもしないよりはマシだし、これで身の周りの人達だけでも助けられるなら、無駄ではないかなって、父が云うので。そんなものかと思って、そこだけは頑張った。

 一年生の終わりから二年生に上がる位にはそれも下火になって来て、もう大丈夫って国も云い始めた様で、規制なんかも次第に無くなって、少しずつ普通の生活が戻って来た。そんな最中さなかに、その人は来たんだ。

 二年生に上がってぐだったと思う。母が医師会の用事で家を空けていて、父と二人で留守番していた日に、家へ遣って来た。昔の父の仕事仲間だと云っていた。父の昔の仕事ってなんだろう。僕は今しか知らない。

 その人は何だか奇怪おかしな人を連れて来ていた。髪が黄緑色で、左目の周りに黄色い星模様を描いて、あご矢鱈やたら尖っている。あ、顎は余計なお世話か。

 「よう、澤田。久しぶり」

 「シンさん! 元気にしてましたか? 警備会社の方の景気は如何どうです?」

 「まあまあかな。お前の方がお稼ぎじゃないのか?」

 「僕ではなくて、嫁さんがですね」

 「ははは、由紀ちゃんに食わせてもらってるか」

 父はまり悪そうに頭を掻いて、「ところでそちらは?」

 「僕は神田さんのビジネスパートナーです。クラウンと云います」

 「クラウン?」

 僕と父と、声が揃って仕舞った。

 「あは、勿論本名ではないですよ。ハンドルネームみたいなもんです」

 「はぁー……」

 「今日はこのクラウンさんの紹介と、あと息子さんの様子を見に来たんだけど」

 「弘和は未だ、七歳ですよ」

 「来月八歳になります!」

 「うん、まあ、兎に角未だ小学二年生です」

 神田さんは僕のおでこの辺りをじっと見詰めて、「澤田、お前大したもんだな。よくここ迄仕上げたよ」

 「未だ未だ……と云いたいところですけどね、まあ僕の能力は軽く超えていると思います」

 「指導が好いんだな」

 「まあそうでしょうね」

 「謙遜しろよ」

 父と神田さんは二人で笑い合っている。僕のことを話している様なのだけど、何のことやらさっぱりだ。

 「しかしあの澤田がなぁ。監察医の由紀ちゃんとあっという間にくっついたと思ったら、ユキちゃん監察医辞めて名古屋に帰っちゃうし、お前も一緒に辞職してくっついて行っちゃうし」

 「いやまぁ、そのせつは……って、シンさんだって結局辞めてるじゃないですか。それも係長と一緒に。御蔭で零課も立ち消えでしょ」

 「俺のことは好いんだよ。ところで弘和君の能力、治癒だけじゃないんだな」

 「え?」

 そう、父には話していない能力が、僕にはある。必要ないと思って云ってなかっただけで、別に隠していたわけじゃない。

 「バリア張れます」

 皆の周りにバリア張ってみた。父が兎に角驚いている。

 「ええー! ヒロ、お前凄いじゃないか! 何で云ってくれなかったんだよ!」

 「だって診療所に関係ないし」

 「関係なくてもさー!」

 神田さんは鳥渡苦笑気味に、「それだけじゃないよね。いわゆる状態異常と云う様な物にも対処できるみたいだ」

 それは鳥渡、何云ってるのか判らなかった。

 「今ここで状態異常を作り出せないから……否クラウンさんなら作れるけど、何と云うか……」

 「そうですねぇ……幻惑させちゃったり、意識飛ばしちゃったり出来なくもないですが、誰に掛けるかって問題が」

 「まあそれに就いては、いずれこちらの方で訓練の機会を作りますよ」

 僕は訓練されるのか? なんだか何を話しているのか、さっぱり解らない。

 「然し見事に、とんびが鷹を産んだ訳だ。――まあ多分、由紀ちゃんの素質が大いに影響しているんだろうけどね」

 「えっ、妻にも何か能力ありました?」

 「本人気付いていないけどね。まあ使う機会も無いのかも知れないけど。弘和君の防御能力は由紀さん譲りなんだと思うよ。お前達が電撃結婚したのだって、そうした根底の所で通じ合うものがあったからなんじゃないのかな。自覚は無いんだろうけど」

 「ええ、そうなんだ……でも気付いてないなら一生気付かないまゝで好いですよ」

 「それは同意するよ」

 「それと、いずれにしても、妻に弘和のことは……」

 「云わないよ。秘密は厳守する。必要な時にはこのクラウンさんが、集団幻覚で秘匿してくれるから」

 父は安心した様に僕を見た。

 「ヒロ、お前いずれ、この人達と一緒に悪者と戦うことになると思う」

 「えっ、何それ? 仮面ライダーとかみたいな?」

 「うーん、まあ……そう……かなぁ?」

 「ヒロくん、で好いかな?」

 神田が僕を覗き込む様にしていて来た。

 「あっ、いや……僕もハンドルが好い」

 「ハンドル?」

 「ユーキとか……」

 「お母さんの名前かな?」

 「お母さんはユキ……僕は、ユウキが好い!」

 「ええ、ヒロお前、自分の名前気に入ってなかった?」

 父がちょっと悲しそうな声でそう云うので、僕は慌てゝ否定した。

 「そうじゃないよ、自分の名前は大好きだよ! ただ、ハンドルにしてみたくて」

 「ほら、クラウンさん、あなたがハンドルネームなんか使うから」

 「えっ、わしの所為!?」

 わし……とクラウンさんは云った。西の人かな。名古屋ではなさそう。

 「変なもんに憧れるんだなぁ、子供って」

 父は呆れた様に、それでも納得してはくれた。僕の能力の半分は母のモノだと云っていたし、母がそのことを自覚していないと云うのも寂しいから、ハンドルネームで母の要素を少しだけ……なんて考えていたのだけど、でも純粋に、ハンドルネームってなんかわくわくする。違う自分に変身するみたい。

 「じゃあユウキ君、近い内にまた。ヒーリングの練習を一緒にしましょう」

 そう云って、神田さんとクラウンさんは帰って行った。なんだか浮世離れした様な一日だった。

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