第6話 学生寮

 マイカルとカーリイからは色々と教わることが多かった。と言っても自分から教えてくれじゃ、怪しまれる。

 うまく話を持っていって話させる、それが大事だ。これは営業の極意でもある。

 未來はミワタ建設の営業マンだった。未來の顧客は法人でアパートやマンション建設を計画する不動産会社や住宅会社が得意先だ。

 つまり得意先担当者から正確な情報をいち早く聞き出すことが成績に直結する。

 ミライは巧妙に話を振ってマイカルとカーリイから情報を得ていった。

「ヴァルベルちゃんて可愛いよな」

と敢えてミライが振る。するとカーリイが、

「やめとけよ。妖精だぞ」

と正論を返してくる。

「妖精だっていいじゃんか……」

「ただの妖精じゃねえ」

「高いのか?」

「団長、しっかりしてくれ。ヴァルベルちゃんは高貴なお方だ。団長にも手は届かん」

 という具合だ。但し、ヴァルベルは高貴な生まれと言うだけで、それ以上の情報をこいつらは持っていなかった。

 ひとしきり学食、ステューデント・レストランで盛り上がった後、いざ会計となってミライは焦った。

 金を持っていない。マイカルとカーリイは何の躊躇ためらいもなく提示された金額を確かめると学食を出て行く。

 顔認証だ。ドア上や他にもカメラがあり、たとえどこを見ていても顔を捉えている。確認できると顔に紐付いた親の口座から決済されるのだろう。

 だが、自分の顔はどこの口座にも紐付いちゃいないはずだ。

 だけど、ここでぐだぐだ言っててもどうにもならない。ミライは覚悟を決めるとカーリイに続いて店を出た。

 何か警報が鳴ってバタンとドアが閉まってしまうんじゃないのか。それとも警備にたちまち捕まってしまうんじゃないかとびくびくしながら。

 ところが何事も起こらず、ミライの食事の代金は誰かの銀行口座で決済された。払ってくれたのはいったい誰なのか……。

(もしかしたら、前のスギハラミライの親が決済を!? うわあ! それは申し訳ない。後で必ず返しますから……)

 ミライは心の中で手を合わせた。


 結局ミライたちは同じ寮に住んでいた。ここは大人たちのいない都市なのだ。ならば寮住まいは自明だったかも知れない。

 こうしてミライは無事今日のねぐらに帰ることができた。

「じゃあまた」

「また後で」

とマイカルとカーリイ。最後にマイカルが、

「例の件よろしくな」

そう言って別れたが、例の件て何だ?

 学食では結局そこまでの話にならなかったのだ。次は何とか聞き出さないと、とミライは思った。

 狭い廊下の両側に、幅狭のドアがずらっと並んでいる。

 ミライは昼間学校で見た格納室を思い出してしまった。アンドロイド教員が充電中だった格納室だ。

 ミライは鍵の心配をするまでもなく、顔認証で自分の部屋のドアが開いた。 

 狭い玄関を通って部屋に入ると一番奥にベッドがあった。ワンルームである。

 トイレとシャワールームが左側に並んでいた。右側にはデスクと物入れが作り付けになっている。

「部屋というより通路だな。そうか、風呂とトイレが飛び出したスペースの一部分が向こうの部屋のデスクと物入れスペースになっているのか……」

 ミライが独りごちた。

(なんちゅう機能性。いや合理的過ぎるだろう。ベッドなんて通路いっぱいで足下から這い上がるのか? 縦に置いたベッドで部屋がいっぱいなんて、そもそも何畳の部屋なんだ?)

 ミライは未だかつて扱ったことのない部屋の構造に不信感を抱く。キッチンはそもそもなかった。まさに寝るだけの部屋。

 しかもここにはいくつ部屋があるんだろうか? まさか学校の生徒全員がここに?

 そしてミライたち生徒は本当に人間なんだろうか? 教員たちと同じくアンドロイドで1日の授業を終えるとここで充電するとかじゃないだろうな。

「つまり友達の部屋に遊びに行くというのはあり得ないのか……」

 ミライが独り言を呟いた時、壁に付いているインターホンが鳴り出した。

「ミライ〜!速く来いよ。定例会だぞ」

 声はカーリイだ。定例会ってなんだ?

「すまん、ちょっと腹具合が悪くてトイレ籠もってた」

 ミライが適当な言い訳をする。

「大丈夫か? 薬、貰ったか?」

 どうやら薬も貰えるらしかった。どうやるんだ?

「いや、それ程じゃない」

「なら来られるか?」

「ど、どこだっけ今日は?」

「俺の部屋だよ。チャンネル125。速く来いよ」

 カーリイからのインターホンは一方的に切れてしまった。

(え? 125号室は確かあいつの部屋番号だ。え? あいつの部屋はもっと広いのか?)

(3人も入ったら寿司詰めだろう)

 ミライは頭がおかしくなりそうだった。だが、その時インターホンの隣に壁に掛かったフルフェイスヘルメットのゴーグルを見つけた。

(ははあ。これだな)

 ミライはヘルメットをすっぽり被ってみる。バイザー部分がゴーグルになっている。スイッチらしき物があった。電源を入れる。

「うわああ!」

 そこは大きな広間だった。上等の絨毯が敷かれ、コの字型に大きなソファが置かれている。スタンドライトがいくつも並んでいた。大きな花瓶には花さえ活けられている。

 ミライは思わず声を上げてしまった。部屋には2〜3人の人がいる。今やミライもその1人ということだ。

(ホテルのロビーみたいだ。さて、これからどうしたものか……)

 ミライは少し迷ったが、すぐに音声認識なんだろうと了解する。

「125号室」

 すると目の前の映像がズームされるように125号室の前に到着していた。

 部屋の呼び鈴を鳴らすミライ。

「おせーよ」

とカーリイが玄関から顔を出す。リアルだ。アバターかと思いきや、恐らくは自動生成されるカーリイの実写である。

 たぶん自分もリアルな3D実写映像で見えているのだろう。

「すまん。もうみんな集まっているのか?」

 ミライは当然のようにカーリイの部屋に上がり込む。その場で足踏みすれば歩みは進む。身体の向きを変えれば方向転換する。

 ただし、元の世界で体験した仮想空間とは比べものにならないくらいリアルでスムーズな動きだった。

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