第5話 学園都市

「わたしは妖精なの」

 ミライの質問にヴァルベルは答えた。ただそれじゃ答えになっていないとミライは思う。

 あの時妖魔トライブは木の下に入ってこられなかった。ミライはそう思った。まるで何かにさえぎられるように、妖魔トライブは手を伸ばすこともできなかったのだ。

 だからレーザーポインターの光をヤツの目に当てることができた。だからあれは何だったのか尋ねたのだ。

 でもヴァルベルは、疲れたのか顔色も悪かった。やがて別れを告げて帰って行ってしまった。

 ミライには彼女を引き留めることはできなかった。あんな目に遭ったのだ、もう楽しくはないだろう。

 第一、人がたくさん死んだのだ。ヴァルベルの目の前で子供が……。

(仕方ないよな……)

 ヴァルベルを見送ったミライはここで初めて現実的な問題に気が付いた。

「ああ? 俺の家はどこにあるんだ?」

 もう少しすれば陽が暮れる。夜あんなのと出くわしたら、ミライは考えただけで震えが来た。

 ミライに家についての記憶はなかった。

(そりゃそうだよな。突然現れたんだ、家なんてないんじゃ……)

 ミライは心細い気持ちを抑えながら街を歩いた。どこか渋谷に似ているような気もする。でも、それは表面だけの話だ。

 碁盤の目のような道路、無駄のない配置で建てられたビル、緑道や公園もきれいに整備されていて、ここは最初から計画された街なのだ。

 それでも時おり、くねった道や急な坂道に出くわす。住宅街のような静かな一角もある。

 整いすぎたこの街に、あえて崩しを入れたような、そんな作り物めいた不思議さがあった。

 そして確かに街は緑が多かった。森のような場所すらあちこちにある。さっきの公園だって広大な広さだ。

「団長! 何やってんの?」

 当てもなく歩いていたら、ミライは突然誰かに声を掛けられた。 

「何やってんだよ。こんなとこで」

「大丈夫だったのか? サカモトは」

 明るく親しげな声だ。振り返ったミライが見たのは、クラスメートのマイカルとカーリイだった。

(こいつらのことは記憶がある)

 ミライは思った。ただし顔は同じではない。でもこいつらが幼馴染みのカーリイとマイカルだという認識はできていた。

(どういうことだろう? そうか、この身体の持ち主の記憶が残ってて……? いや、それより先ず話を合わせないと)

 だからミライはごく自然に笑顔を見せた。

「いや、今さ、妖魔トライブに襲われて」

 ミライがそう切り出すと、ふたりは驚いて急に真顔になった。

「マジか……。大丈夫だったのか?」

とマイカル。

「ああ。でも5人亡くなった」

「最近多いよなあ。これで2500人くらいだっけ?」

 何気なくカーリイが言った言葉にミライは愕然とした。

「そんなに……?」

「ああ。この間は運動公園に出て26人死んだだろ」

「やっぱ狙いはヴァルベルちゃんかねえ」

とカーリイだ。ミライはきっとなって尋ねた。

「それ、どういうことよ?」

「決まってんじゃん」

「いや、分かんねえよ。どういうことだ?」

 ミライが息せき切ってカーリイに詰め寄った。

「……何か変だぞ、団長」

 カーリイが怪訝な顔をする。

(まずい)

「いや、いや。何でもねーよ。わりー、わりー」

 ミライが慌てて取り繕う。

「それよりメシは?」

 ふたりの会話を意にも介さず、マイカルが言い出した。

「どうすんの?」

「いや。当てはないけど」

とミライ。

「ライホにすっか」

「行こ、行こ」

 3人は繁華街を抜けて住宅街の方角へ歩き出した。

(聞きてえ。なんとかこいつら喋らせる手はないかな)

 歩きながらミライは考えた。先ずはこの世界の仕組み?を理解することだ。でも、不信感を抱かせては元も子もない。

 それにしてもヴァルベルが狙われているってどういうことなのか。

 着いたライホはまさにどこかで見たファミリー向けレストランだった。

「ファミレスかよ!?」

 ミライが声に出した。するとカーリイとマイカルが軽蔑の目を向ける。

(しまった! まただ。やっちまった)

 ミライは慌てて口をつぐむが後の祭りだ。しかし、この後衝撃の事実をミライは知るのだった。

「ライホはスチューデント・レストラン、つまり学食じゃねえか」

「団長は何言ってんだかなあ」

 そうなのだ。ライホには家族客がいなかった。子供はいる。子供はいるが親がいないのだ。ちなみにライホというのは運営会社の名前だ。

 そしてもうひとつ、ミライは気が付く。 

 今日ヴァルベルと歩いた所でも、大人を見掛けていない。一人もだ。いや、ごく若い大人はいた。恐らく大学生なのだろう。

 例えば元の世界の自分のような31歳のおっさんはどこにもいないのだ。この異世界には。

 学園都市はまさに園児、生徒、学生だけの街だった。恐らくショップなどで働いているのも全て学生アルバイトなのだろう。

(そうか。どうしても大人でなければならない職業は、サカモト先生のようにアンドロイドなんだ!)

 何とも不思議な異世界に転生したものだとミライは思った。

 普通中世の城とか町とかで、魔法と剣でバトルするのが異世界転生じゃないのか?

 そういうところで、チートスキルでのし上がっていくのが転生者の醍醐味かと思っていたが……。

 来てみれば自分は高校1年生で、元の世界ではただのサラリーマンだから、発揮出来るチートスキルもなく……。お先真っ暗だな、と思う。

「で、団長。例の問題はどうする?」

 突然マイカルの声が聞こえた。

「え? あ? な、何だっけ?」

「だめだよ、団長!」

「しっかりしてくれよ、団長!」

 今度はカーリイもミライを揺すった。ところで、

(団長って何だ?)

持ち上げられているようで、どうもそうじゃないらしい。

(ただのあだ名か。あだ名って今はダメなんだよな、学校では。ここではまだOKなのか……)

 ミライは今が西暦1925年だと思い出した。ただし同じ時間軸の世界ではないのだろう、ここは。100年前ってことはなさそうだ。

(とにかく今はここを知ることだな)

 ミライは思った。

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