第57話 外伝 怪談師の異界漂流記 ⑧
「カニカマー」の量産体制を整え、ノース・ゲートの孤児院にロイヤリティーが届くように契約したという報を確認した只見誠二は、いよいよ北の最果て、「絶望の崖」を目指して出発した。
案内役の精霊パピが、吹雪の中でも消えない青い光を放ちながら先導する。傍らには、どこか頼もしくなったホビットのディン。そして只見本人は精悍な顔つきで、背負った
「セージ、ここから先は『氷の
ディンが槍を握り直し、低い声で警告した。
パピが指ししめした先、雪の壁だと思っていた巨大な塊が、地響きを立てて起き上がった。
全高五メートル。全身が半透明の永久凍土で構成された、生きた氷の要塞だ。一体ではない。周囲の雪原から、次々とその巨体が姿を現す。
「……なるほど。物理で殴るには少々硬すぎるな」
只見は冷静に狩猟笛を構えた。日本にいた頃の彼なら、この絶望的な光景を前に腰を抜かしていただろう。だが、この数ヶ月、数多の修羅場を「声」一つで切り抜けてきた経験が、彼を「恐怖のプロ」から「恐怖を制するプロ」へと変えていた。
「ディン、お前は足元の雪を崩して奴らのバランスを奪え。……仕上げは俺がやる」
只見は狩猟笛の弦を指で弾いた。
ビィィィィィン!!
空気が高周波の震動で歪む。只見が選んだのは、氷の結晶構造そのものを共鳴させ、内部から崩壊させる「破壊の旋律」だ。
「——冷たい身体に、熱い絶叫を。お前たちの静寂を、俺が引き裂いてやる。」
只見は腹の底から、舞台俳優のような朗々とした声を放った。
その声は狩猟笛によって増幅され、不可視の衝撃波となってゴーレムたちを直撃した。
バリバリバリ!!
ゴーレムの表面に、クモの巣状の亀裂が走る。只見の声が、氷の分子一つ一つに「震えろ」と命令しているのだ。
「いまだ、ディン!」
「おう! 喰らいなッ!」
ディンが槍を地面に突き立て、いつの間にか使えるようになっていた魔力を流し込む。ゴーレムの足元が爆発的に崩れ、巨体がバランスを失う。
只見は追い打ちをかけるように、かつて怪談の佳境で見せた「魂を揺さぶる低音」を叩きつけた。
「——砕けろ!!」
ドォォォォォン!!
巨大な音の塊がゴーレムの胸部を貫通した。氷の要塞は内側から弾け飛び、無数の氷晶となって雪原に降り注いだ。
「ふぅ……。声帯が温まってきたな」
只見は汗を拭い、息を整えた。
進軍を続けることさらに数日。標高が上がるにつれ、酸素は薄く、風は刃のように皮膚を削いでいく。只見の頬はこけ、目は落ち窪んでいたが、その眼光だけは以前よりも鋭く、強い光を宿していた。
「見ろよセージ! あれが……『静寂の塔』だ!」
パピの声に顔を上げると、そこには物理法則を無視したような異様な光景が広がっていた。
そびえ立つ断崖絶壁の頂点。雲を突き抜けたその先に、天に向かって伸びる黒い影。それは建物というよりは、巨大な針のようにも見える。
驚くべきは、塔の周囲だけが、激しい吹雪が嘘のように凪いでいることだった。文字通り、音の一切が遮断された「無音の空間」。
「あそこには『沈黙の結界』が張られている。声を出すことさえ許されない場所だ」
パピが震える声で言った。
塔の入り口に辿り着くと、そこには巨大な石の門があり、無数の瞳が彫り込まれていた。
「……ディン、パピ。ここから先は、俺の『戦場』だ。門を開けるには、物理的な力じゃなく、門番の問いに応えなきゃならないらしい」
只見が門の前に立つと、石の瞳が一斉に開き、彼を見つめた。
脳内に直接、重厚な声が響く。
『——語り部よ。お前が持つ千の言葉のうち、一万年語り継がれるべき「一言」を差し出せ。さもなくば、お前の喉を永遠に凍らせよう』
ディンが息を呑む。一万年語り継がれる一言? そんなもの、神様でもなければ答えられない。
だが、只見は動じなかった。彼は、一瞬だけ日本でのライブ、収録スタジオの風景を思い出した。人々が笑い、驚き、時に涙する。その中心にある「声」。
只見は「沈黙の結界」を真っ向から拒絶するように、喉を開いた。
それは言葉ですらなかった。
「——ハハハハッ!」
乾いた、しかし生命力に満ちた「笑い声」。
結界が震え、石の門に亀裂が入った。
『何だと……? 問いに対し、笑うのか?』
「一万年経っても変わらないのは、正論でも格言でもない。……人間が、心の底から笑い、驚くその『震え』だけだ。俺が届けてきたのは、言葉じゃなく、その震えなんだよ」
只見の「笑い」に乗った強い意志——【精神解放:真実の震動】が、石門の問いを粉砕した。
ゴゴゴゴ……と音を立てて、巨大な門が開いていく。
中から溢れ出したのは、この世のものとは思えないほど澄んだ、しかし冷酷なまでの「無」の色をした光だった。
「……行こう。賢者様に、仕事のスケジュールの話をしないとな」
只見誠二。
異世界で最強の武器を手に入れた男は、かつてのふくよかな面影を完全に捨て、一人の「真理の語り部」として、塔の深淵へと足を踏み入れた
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