第56話 外伝 怪談師の異界漂流記 ⑦
城の跡地から立ち上る土煙を眺めていた只見は、蛇が消えた場所に不思議な光が灯っているのに気づいた。だが、死骸の跡とはいえ、ヘビのいた場所には近づきたくない。
「……おいディン。ちょっと見てきてくれ。まだ動いてるかもしれないから、慎重にな」
「えっ、俺かよ!? 怖えよ!」
ディンはブツブツ言いながらも愛用の槍を突き出し、光る箇所をホジホジと探った。すると、何やら小さなものがモぞモぞと動く。
「うわっ! まだ生きてるぞ!」
只見は反射的に狩猟笛を構え、「またヘビか!」と身構えた。
「危ねーだろ!! むやみに突っつくのをやめろ!!」
キンキンと響く鋭い声と共に、光の中から飛び出してきたのは、ヘビではなく、大きなカブトムシのような翅を持った、掌サイズの小さな妖精(精霊)だった。
「あー、耳が痛い! 全く、せっかくあのクソヘビの呪縛から解き放たれたと思ったらこれか!」
精霊は「パピ」と名乗り、実はあの大蛇がこの地の魔力を吸い上げるために、精霊の力を封じ込められていたことを明かした。パピは恩返しとして、賢者の塔がある「絶望の崖」への最短ルートを案内すると申し出た。
パピの案内で、二人は氷と雪に覆われた海へと辿り着いた。そこは流氷が押し寄せる過酷な最北の地だったが、驚いたことに、そこには巨大なテントや氷の家(イグルー)が並ぶ村が存在した。
そこでは、筋骨隆々の「シロクマの獣人」や、凍土の鉱石を探し掘り進むドワーフ、そして寒さに適応した逞しい人間たちが共存していた。地球のイヌイットの生活を彷彿とさせるその村には、意外にも冒険者ギルドの「最北端支部」が設置されていた。
ギルドに入ると、既に「影の教団の壊滅」と「聖蛇神の消滅」の報が、魔法通信によって届いていた。
「あんたが只見か! よくやってくれた! 教団の連中にはここらも手を焼いてたんだ」
支部長のシロクマ獣人は、只見の肩を叩いて豪快に笑った。その功績により、只見とディンのハンターランクは一気に二階級上がり、木札から銅色の板、ランク「D」へと昇格した。
だが、村は今、ある問題を抱えていた。
「実は、海が荒れて食糧難でな。さらに悪いことに、近海に『
通常は1メートルほどの蟹だが、現れたのは10メートルに届くかという怪物だという。只見たちはランクアップ直後の初仕事として、その蟹退治を請け負うことになった。
海辺に現れた巨大蟹に対し、只見は狩猟笛をギターのように抱え、歪んだ重低音を響かせた。
「——茹で上がる準備はできているか?」
音波の振動で蟹の硬い甲羅を内部から揺さぶり、意識を失わせる。そこにディンの槍が急所を貫き、見事に討伐成功となった。
しかし、問題はその先だった。
「これ、デカすぎて食いきれねえぞ。外に置いとけばいいが、この極寒だと『冷凍焼け』でスカスカになっちまうんだ」
確かに、ただ凍らせるだけでは身の水分が抜け、不味くなってしまう。只見は、山積みになった最高級の蟹の身を見て、ふと思いついた。
(……そうだ。加工すればいいんだ。日本が世界に誇る、あの技術を)
只見は、村の入り江に自生している、テングサに似た赤い海藻に目をつけた。それを煮出して抽出した液を、薄いシート状に固める。そして、巨大蟹の身を細かくほぐし、塩と微量の魔導植物の澱粉で固めたものを、そのシートで包み込む。
「名付けて、『カニカマー』だ。」
これが、奇跡の保存食となった。海藻の皮で包むことで、極寒の外気から中身を守りつつ、解凍しても瑞々しさが損なわれない。
只見はこの製法を独占せず、冒険者ギルドと共同開発商品として正式に登録した。
「セージ、これ……美味すぎるぜ! 持ち運びも楽だし、冒険者の携帯食に最高だ!」
ディンが夢中でカニカマーを頬張る。
只見は、日本で培った交渉術を発揮した。
「ギルマス、この『カニカマー』の販売利益から、私に5%、ディンに3%のロイヤリティを。……そして、2%を、あのノース・ゲートの孤児院へ寄付するという契約でどうでしょう?」
ギルド側も、この画期的な保存食の価値を認め、快諾した。こうして、只見たちが旅を続ける間も、北の海から孤児院へ、そして自分たちの軍資金として金貨が流れ続ける仕組みが出来上がった。
「よし、これで軍資金も食糧も万全だ。……パピ、案内してくれ。いよいよ『静寂の塔』だ」
スリムになった怪談師は、カニカマーを一本噛み締めながら、吹雪の先にそびえる賢者の塔を見据えた。
現代に戻るまで、あとわずか。だが、その塔の主は、カニカマーの味よりもずっと、一筋縄ではいかない存在だった。
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