2日目

2日目。

2日目というより、1日目がずっと続いているような感覚。

昨日はいつの間にか寝ていた。

起きてすぐ、酷い偏頭痛と吐き気に襲われた。

水分をとってもすぐ涙と鼻水になって流れていってしまうせいだろう。

頭が働かず食欲もないので、適当に塩を舐めて水を飲んだ。

経口補水液でも買っておけばよかった、と思う。

カーテンを開けた時、窓から昨日掘った墓穴が見えて、また泣いた。


庭に出て、鉢植えのブルーベリーに水をあげようとしたら

モンシロチョウが鉢植えに敷き詰めたバークチップの上で、ひらひらと踊っていた。

いや、小さな脚を使ってゆっくりと歩き回っていた。

普段は神様も天国も全く信じていないくせに、そのモンシロチョウを見つめながら

「これは『ちび』なんじゃないだろうか」

「何かを伝えに戻ってきてくれたんじゃないだろうか」

などと大真面目に考えて、コットンに砂糖水をしみ込ませ、

モンシロチョウのそばに置いた。

モンシロチョウはしばらくクルクル回転し続けていたが、

砂糖水に気付くと舌を伸ばして吸っていた。

花の方がいいだろうかと、ツツジの花をひとつ摘んで戻ると、

もうモンシロチョウの姿は、どこにもいなかった。

風が強かったから、飛べずに困ってクルクル回っていたのかもしれない。

飛んでいったんじゃなくて、風に飛ばされてしまったんじゃないか。

もっと安全な場所に移動させてあげた方がよかったのかもしれない。

急に大きな喪失感が戻ってきて、急いで家の中に入り、

玄関の床にへたり込んでむせび泣いた。

私はいつも、こういう後悔ばかりしている気がする。


あとは大体、1日目と同じ調子だった。

昨日よりも体力が落ちた、生きる気力が削がれた、罪悪感が更に増したと感じる。


『ちび』の前に飼っていた子を亡くした時、私はまだ幼かったけれど

血色が失われ、力なく横たわり、全てが白灰色へと変わった猫は

私が知っている子とは全く別の存在に見えて、恐怖と悲しみで泣き喚いた。

「返して」と思った。あの子はこんなんじゃない、返して、返して、返して。

あの時も気絶するほどに胸が締め付けられて、

痛くて苦しくて悶絶しながら号泣した。

過呼吸を起こし床に転がる私をみて、母はなぜか安心したように薄く笑っていた。

感情を表に出すのが下手だったので、年相応に顔をぐしゃぐしゃにして泣く私をみて

母はホッとしたのだろうか、と今になって思う。


「こんな思いをするくらいなら、猫とはもう一緒に暮らしたくない。」

「大好きになってしまったせいで、お別れがこんなにもつらいとは思わなかった。」

「もう大好きにならないようにする、絶対に二度とこんな思いはしたくない。」

あの時はそう強く思ったし、こどもながら誓いに近い決意をしたはずなのに

結局私は、あれからも何度か猫を保護してしまっている。

これは優しいだとか情が深いなどという話ではなくて

私が手を伸ばさなかったせいで、命を失うかもしれない存在が怖いだけなのだ。

臆病で愚かで、もうどうしようもないと自嘲してしまう。

うっかり愛してしまって、いつか失う日に怯え続けることも同じくらい怖いのに、

私はいつだって、同じ間違いばかりを繰り返している。


大切な存在を亡くした人へ向けて、

「時間が解決してくれる」という言葉が使われることについて

あれは間違いではないけれど、何の慰めにもならないな、と思った。

その時間が一体どれだけかかるのか、誰も知らないから。

人によっては数時間かもしれないし、自分の人生が終わるまでかもしれない。


私はどのくらいかかるのだろうか、と考える。

いつか撮りためた写真や動画を眺めながら、微笑む日が来るのかもしれない。

今は『ちび』との記憶が、すべて鋭く私に突き刺さるけれど

何年も海の中を転がり続けた硝子みたいに、鋭さを失っていって、

触れても痛みのない、丸みのあるキラキラとした美しい思い出の欠片になって

記憶の宝箱から取り出しては眺められるようになるのかもしれない。


でも、それは今じゃない。

慟哭してしまわないように、左手でギュッと首を押さえつける。

声を嚙み殺すことは出来るようになっても、涙はとめどなく流れてしまう。

私を動かしていた、大切なものが欠けてしまったと感じる。

返して、返して、返して。神様がいるなら、『ちび』を私に返してほしい。

あの頃から肝心な部分は何も成長していない、私はずっとこどものままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る