第22話 龍の古道


コノハを先頭に歩くこと、体感として一時間弱。

暑さも相まって僕はすでにバテていた。現代日本人の体力はあまりに脆弱な様だ。

先を歩くコノハとネルは飄々としている。


「二人とも…ちょっと、早いって!」


ぜぇぜぇと肩で息をしながら必死に二人の後ろに喰らいつく。茂みの多い獣道を変わらない足取りで進むコノハとネルに笑われているのがわかる。


なんかあの二人、仲良くなってない?


ほんの少しだけ、ここにはいないトージが恋しくなった。

女子って数が増えると途端怖くなるんだから。


「ホダカ!置いてっちゃうよー!」


「コノハ、焦らせちゃダメ。彼は異界の王子様なの、不敬になるわ。」


僕への容赦ない嘲笑が先方から聞こえる。

本当に、女子って怖い———きっと現代なら多様性なんて謳い文句で、この主語の大きさへ批判殺到だろうな。なんて、僕の淡い反感が顔を出す。控えめな主張は教室の隅で過ごす僕と同じだ。

うん、やっぱり。女子の徒党は怖い。

そんな女子二人の背中を追うしかない、僕の足は今日も健気だ。


「それにしたって、暑すぎ…。」


一昨日。僕がこちらに来た日からまだ少ししか経って無いのに、世界は蒸し暑さが際立っている。


普通、気候ってこんなに早く進むものかな。


———まあ、異世界なんだから。僕の狭量な常識に収まりが悪いのだって頷ける。

胸に沸いた騒めきに、僕は少しばかり横柄な理由をつけて無理矢理飲み込んだ。


「ここかな?」


暫く歩いた先で僕の前を歩いていた二人が不意に歩を止めた。

そこは先と大して変わらない、獣道があるだけだった。


「———ここに遺跡があるの?」


辺りを見回したってそれらしい物は見当たらない。

それどころか、目前にあるのは生い茂った緑と足取りの悪そうな如何にもな道だけだ。


それに、深く考え無い様にしてたけど、遺跡はあの不思議な形の地図によると、モノノハナ霊峰を中心にできた五つの街に一つずつあるらしい。

こんなバテバテの僕が言うのもなんだけど、徒歩一時間弱で着く距離って、いくらなんでも近すぎるよな。

つまり、二人の目的は遺跡じゃなくて別にあると言うことだ。

———じゃあ、ここに何があるんだろう。


「ねぇ、ここに何があるn———」


「静かになさい。」


言い終わるよりも先に、ネルから制された。

その瞬間、辺りの空気がピリッと変わった。張り詰めた空気が空間を支配している。


スッと一呼吸、間が置かれて空気が震えた。

その中心に立っているのは————コノハだ。


つなぎたまえ あゆみの記憶

  渡し声よ 乙女の残滓

ひらきたまえ 土のまほろば

眠りの瀬より 龍を起こせば


忘れじの道よ 黄の龍よ

呼びかけに今 こたえたまえ


記憶のうねび 超えてゆけ

わたしの歩み 導きたまえ


コノハの唄に呼応する様に、大気が揺れる。

————何が起こっているんだ?


僕たちの周りだけ、激しい地鳴りが響く。

唸る様に道が割れて、その一帯の空間が開いた。


なんだこれ…。

絶句する僕を嘲笑う様に、ネルは言う。


「忘れじの道…龍が記憶の残滓を記録する古の道よ。」

ネルは当たり前みたいに空間の切れ目に入っていく。

まるで、あるべき場所に帰る様に。状況が飲み込めない僕を置いて。

僕を疲れとともに軽く吹き飛ばし、驚きの反動が痛みとしてお尻に広がる。それが無情にも現実を突きつけた。


「ホダカ、行こう!」


差し伸ばされた手に惹かれて、痛む臀部が尾を引く。この及び腰が、まるで僕の心境を体現する様で情けなさに苦笑を浮かべる。


そんな中でも、やっぱり君は目が眩むくらいに眩しくて。

一歩踏み込む勇気だってくれるのだから、振り回されるのもそう悪くないのかもしれない。





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