第21話 行って帰ってきます。
「ホダカ、用意できた?」
まだ、眠気を纏ったコノハが僕の寝所へ顔を覗かせた。彼女はどうやら、楽しみで寝付けなかったらしい。
「おはよう。」と軽い挨拶を交わして、身軽な荷物と共に玄関へ向かう。
僕とコノハ、それにネル。
今回の二日間の旅はこの2人と一匹でいく事になった。
ネルとも一緒なのか。なんて、先程の邂逅が頭をよぎる。ちょっと気まずさを感じているのは僕だけのようだ。
「コノハ、それ持っていくの?」
コノハのカバンにぶら下がった木彫りの人形は、昨日僕が作ったものだった。
どうやら、トージに紐を通せるように加工してもらったらしい。
「そう!これ、可愛いでしょ?
お守りにするの!旅が無事に過ごせますようにって。」
そう言って、僕の作った拙い木片を大事そうに撫でた。それがなんだか照れくさくって、荷物の最終チェックをするフリをしながらその場をやり過ごす。
傍でネルはクスクス笑っている。
気づかれているのが目の端でわかる。が、この時ばかりはいじってくれるなと願った。
「これを持っていきなさい」
見送りのため、朝早くから起きてくれたトージは、今回同行はできないとの事だった。
どうやら、数日後に控えたお祭りに向けて神具の最終調整があるようだ。
トージの手から渡されたそれは、昨日一目を奪われた女神の涙だった。
「こんなすごいの、受け取れないよ!」
僕の手の上にある"月の女神の涙"を返そうとすると、ネルがふわりと静止した。
「一度差し出された物を突き返すのは心を否定するのと同じよ。
そんなの、礼を欠くにもほどがあるわ。」
どこか懐かしむように目を細めて笑うネルは、今朝の彼女とは別人———いや、別猫みたいだ。
ふと、トージに視線を送ると、その瞳に喫驚の色を滲ませている。
表情は然程変わらないのに、僕には戸惑いや哀しみ、その奥に慈しみが透けて見えた。
「トージ、何かあった?」
僕の問いにハッとしたようにネルから視線を上げると「なんでもない、気にするな。」なんて、僕の頭を勢い任せに撫でた。
「気をつけて行ってこい」
ぶっきらぼうなのに暖かい。なんて、狡い声音が送り出してくれる。
「そろそろ、出発しようか!」
コノハのパッと場を変える力に助けられて、僕たち3人———もとい、2人と一匹はトージの家を後にした。
「トージ!行ってきます!」
ちゃんと、旅立ちの挨拶も添えて。
"行って帰ってきます"その祈りを背中に背負って僕たちは、第一の遺跡へ歩き出した。
———この始まりに密やかに高鳴る鼓動を隠して。隠しきれない足取りは愛嬌を言い訳にして。
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