第23話 記憶の入り口
————忘れないで。
ここはまるで、古の記憶が埃をかぶって呼吸している様だった。
———不思議な空間だ。まるで異世界の中の異世界の様な空間に足が竦む。
今僕を突き動かすのは、右手に感じる温もりだけだ。
隣を歩くコノハは小さな驚きと好奇心を含んだ瞳をより一層輝かせている。
「———コノハ、これってなんなの?」
なんとも形容し難い光景に僕の怠けた警戒心が警報を鳴らす。
一歩進む度にうねる道はまるで生き物の様だ。歩いたことはない、が龍の背を歩いている。そんな錯覚を起こすには十分なほど僕には異様に感じる。
「この龍の古道はね、巫女にしか開けない道なんだって。
この世界を知るために巫女に許された時の記憶の道。
えっと、ここは外の時間から隔断された空間で…」
「なんだったけ?」なんて屈託のない笑顔で小首を傾げるコノハ。
———もしかしてだけど、安全かもわからない見切り発車に僕は巻き込まれたのか?
僕たちの前を歩くネルがクルッとこちらに顔を向けた。
「貴方の世界の言葉を借りるなら、此処は常世の道。
現世の時間から外れた無為の間。
———この道を使えば目的地へ掛かる時間はそんなにかからないわ。」
僕の呆けていたであろう顔を見てネルは言葉を選び直してくれた様だ。
つまり、ここには時間の概念がないって事なのか。
旅立ちの際かかえた疑問にようやく合点がいった。見せられたスケジュールは絶対に二日じゃどうしようも無い過密さで。どう移動したって無理ゲーじゃ無いかとすら思っていたのだから。
「便利だよねー!」なんて、まるで他人事の様に彼方此方を見ては楽しそうにはしゃぐコノハに、僕の腸の熱が急上昇している。
彼女の動きに呼応してリズミカルに動く光の輪は、触れるとシャボン玉の様に弾けた。
———なんか、馴染んで無いの僕だけ?
僕の秘めやかな怒りがスッと引いていくのがわかる。
なんだかコノハを見ていたら、この不思議を楽しまないのが損な気がしてくる。
錯覚かもしれない。それでもいいやって思えるくらいに彼女はキラキラしているのだ。
歩く度にうねる道、足の裏に感じる鼓動、冷ややかなのに暖かい風、弾ける光の輪。
こんな面白い物、楽しまなきゃ損だ。そう思えてくるんだから不思議だ。
———きっと僕だけなら、こんな風にはなれなかった。
違うことがこんなにも嬉しくなるなんて、僕は知らなかったんだ。
「私、都会に行くのが夢なの!」
———唐突に聞こえた清涼を帯びた明るい声音が、僕たちを包んだ。
透き通った水の音の様な声は憧れを語る。
誰のでも無い声音に、僕もコノハも無意識に体が強張った。
まるで空間そのものが喋った様な…そんな、不思議な響きだった。
きっと何かが始まる。漠然とした確信の気配が漂う。
———次の瞬間、目の前の光景が、ゆっくりと色を変えた。
夜明けの唄〜この恋はやがて、世界の理を変えていく〜 咲昇ル @hobiron1108
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