第19話 好きの理由


あれから、どれくらい時間がたったのだろう。


作業に没頭しすぎて、気づけば辺りは藍色の空にオレンジ掛かったピンクが美しいコントラストを描いていた。


もう、夕方か。

手元から目線を上げる。ずっと下を向いていたからか、首の動きがぎこちない。それに、鈍い痛みも感じる。

視線でトージを捉えると、彼もまた、作業に没入しているようだった。

朝見た姿勢から全く変わっていない。聞こえてくる作業音で彼が細やかに動いているのだけはわかる。


「終わったのか。」


僕の視線に気づいたのか。トージは作業の手は止めずに、短く問いかける。


「あ、はい…たぶん?」


僕の手の中にある、荒削りの木片をトージに見せた。本職の人からすれば大したことない出来だろう。僕自身、脇に並ぶ様々な神具の足元にすら及ばないのは容易に分かる。


「それ!ホダカが作ったの?すっごく上手!」


気配すら感じなかったが、僕の背後にいたコノハに心底驚いた。口から心臓出たんじゃないかと思うくらいには。僕は、たまらず胸に手を置いた。

よかった。どうやら僕の心臓はちゃんと胸に収まっている。


「すごくなんて、ないよ。本当に大したことなくて、昔からちょっとだけ手先が器用ってだけで」


コノハは僕の手から木片を取ると、自分の顔に近づけてまじまじと見ている。


「ホダカはなにか作るのが好きなんだね。」


「…好き、なんかじゃないよ。」


空気が微かに揺れて、コノハの柔らかい声が静かに響いた。彼女から唐突に溢れる言葉に、僕は急いた声で言葉を返してしまった。それは脳を通さず、身体が拒絶する。まるで脊髄反射のようだった。コノハは一瞬目を丸くして僕を見ると、次の瞬間には柔らかな笑を浮かべた。


「ホダカは変だね。」


暖かく落ち着いた声で紡がれた音は、僕の胸をギュッと締め付ける。僕にとって唯一と言っても過言ではないくらいに、コノハは初めてできた異性の友人で、そんな彼女から一つ線を引かれたようだったから。


僕は好きがわからない。


この世に蔓延する好きな〇〇は、僕にとって好きの押し売りをされているようだった。

---だから、なのかも知れない。

僕は好きが嫌いになっていた。


「ホダカはどうして、好きに理由を求めるの?


---好きって。理由がなくても夢中になれちゃう。そう言うものじゃないかな?」


彼女のふわっとした笑顔には、どこか甘い香りが混じる。


僕には好きがまだわからない。


---けど、そのくらい軽くてもいいのかも知れない。そう思えたのも、彼女だからなのかな。


「ねぇホダカ。


ここに、ホダカの世界の文字で私の名前彫って!」


そう言って笑う君はやっぱり眩しくて。

なんだか、物憂げになるのが途端、馬鹿馬鹿しくなった。


この時少しだけ、理由探しを辞められる気がした。

---今まさに頭よりも先に動いた手があったから。


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