第16話 ご馳走様だって忘れずに
「それ、どういう意味?」
その声に、料理からみんなの方へ視線を戻した時。僕の目に映ったのは、奇異の目だった。
あれ?僕変な事言ったっけ?
僕にとっては当たり前の食前の挨拶は、どうやらこちらでは違うようだ。そう、思い至るまでに、少々時間を要してしまった。
「ーーーえっと。
"いただきます"のこと?
この世界には、食前の挨拶みたいなのってないの?」
そう問いかけると、皆一様に首を横に振った。本当に不思議なようでコノハの目には興味の色が灯って見える。
「ーーー僕のいた世界。国っていうのかな?
そこには、食事の挨拶として、食材や作り手、そして命に感謝を伝えるんだ。
料理をしてくれた人への感謝はもちろん、どんな食材にだって命があって、それら全てが僕の命に繋がっている。だからそれら全ての恩恵を余す事なくいただきますって伝える文化でーー」
少し長々と喋りすぎたかもしれない。説明が長ったらしくなるのは僕の性分で悪癖だ。
そう思うと、急に恥ずかしさが込み上がってくる。多分、今、耳まで赤い。それを隠したくて下を向いてしまう。
「いい言葉だな。」
トージの声が、僕の耳を通った。
なんだか、ちょっと認められたようでこそばゆい。
「ホダカの世界って面白いね!
ーーーちょっと行ってみたいかも。」
「あら、お行儀良くて、息苦しいわね。」
僕の気恥ずかしさを知ってか知らずか。明るく軽やかなコノハの声が聞こえて、そしてお決まりのネルの悪態が聞こえる。
この猫、僕の世界の何を知ってるんだ。とちょっと苛立ちはするものの、朝食を囲む。この何気ない空気感がたまらなく心地がいい。
そんな会話をしながら、僕たちは朝食を食べる。
「ーーーおいしいな。」
久方ぶりに食べる誰かとの朝食は、僕の胃を優しく温める。それは料理の温かさなのか、この空間の暖かさなのか。僕にはまだわからない。でもずっと浸っていたくなるくらいにはリラックスしているのも事実だ。
「ねぇ!私、昨日一生懸命に考えたデートプランがあるの!」
そういう、コノハは食事を早々に食べ終えて、大きな紙を出してきた。そこには、これまた大きな文字で何か書かれている。僕には全く読めないのに、なぜだかわかる。
きっとまた、巻き込まれるんだろな。デートって言ってるし。
「朝から晩まで!なんなら翌日深夜まで!
〜弾丸、巫女伝説遺跡の旅〜をしたいと思います!」
高らかに読み上げられたデートプランは、若手芸人顔負けのハードスケジュールだった。
僕は、食べていたパンが喉の奥に詰まりそうになる。
ーーーコノハは僕をどうしたいんだ?
見るからにハードすぎるだろ、旅って。
・・・これ、ちょっと疑似恋人に求めるレベル、超えてない?
そんな僕の困惑をよそに、女子2人は盛り上がっている。
どの遺跡から攻めるか。なんてちょっと物騒な物言いで。
「そうと決まれば!
明日から、死ぬほど楽しもーね!」
なんて、まばゆい笑顔を炸裂して、僕に一分の断る余地を与えない。僕に拒否権なんてないよな。そんな諦めの境地ももう、お手のものだ。
少しばかりの期待を込めて、トージを見る。
愛娘の楽しそうな姿を、それはそれは感慨深そうに、愛おしそうにみていた。
やっぱり。僕には断れないようだ。
そう、悟った僕は、静かにスプーンを置いた。
ーーーもちろん。
「ご馳走様」だって忘れずに、両の手を合わせて。
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