第15話 いただきます。



「ホダカ!起きた?」



なんだか酷く安心する声が聞こえる。

まだ焦点も定まらないのに、わかる。

コノハだ。僕の顔を心配そうに覗き込む彼女が容易に想像できた。



なんだ。夢だったんだ。


内容も思い出せない。なのに優しく残酷な夢だった。そんな気がする。



「汗、すごいよ?まだ調子悪い?」


そう言って僕の額にそっと手を当てる。彼女のひんやりとした手が今はとても心地いい。



「大丈夫だよ。

なんか、夢見が悪かったみたい。

もう、覚えてないんだけど。」



「そっか。


ーーーじゃあ。朝ごはん、食べよ?」



快活な声、明るい笑顔、軽やかな空気。

彼女が纏う全てが僕に朝を告げるようで、自然と笑みが溢れた。



コノハに手を引かれるように居間に着くと、すでに朝食が並んでいる。まだ、温かいようで微かに湯気が立っていた。



「あら、黄泉の国はどうだった?」



僕達の横を颯爽と通り過ぎながら悪態も忘れないのか、この猫モドキ。

ニヤリと笑う顔がちゃんと嫌なやつで、僕は思わずキッと睨みつけた。それでもネルの小馬鹿にしたような笑みは変わらない。


"絶対、前世は悪役令嬢だろ"


僕なりの悪態は口には出せなかった。多分、3倍くらいの悪態が返って来そうだし。だから心の中で、毒吐いた。



「昨日は良く眠れたか?」


硬くて、重くて、深い。それでいて耳馴染みのいい声が左耳に響いた。


トージだ。

僕は左側にクルッと体ごと向けると、ちょうど台所からこちらに来ていた。手にはネル用のごはんと水を持っている。


僕の脳裏には昨晩の失態。あまりの緊張感で意識を飛ばした恥ずかしすぎる惨事が浮かぶ。

それと同時に、顔を見て倒れるなんてあまりに失礼な失敗で居た堪れない気持ちになる。



「・・・えっと、おはようございます。

昨日は大変なご無礼を働き誠に申し訳ございません。」



言っている僕でも、酷すぎる謝罪に彼はふと笑うと「気にしていない」と言ってくれた。

昨日はただ恐怖が先にあったのに、今朝はその強面に暖かさを感じる。先入観から勝手に彼を見誤っていたのかも知れない。



「昨日、君のことをコノハから聞いたよ。


異界から来たんだろう。帰るまでは家にいなさい。」


ああ。本当に、こんなに暖かい人だったのか。

そう思うと同時に、僕は昨晩の失態が猛烈に恥ずかしくなった。人としての器の違いを見せつけられている、そんな気さえした。



「ーーーなら、なにか。

役に立たないかもしれませんが手伝わせてもらえませんか?」



彼、トージには気にするなと言われたが、それこそ僕には居心地が悪い。それを察してくれたのか、トージは後で作業場に連れて行ってくれる約束をしてくれた。



「ーーみんな揃ったんだし、朝食食べない?」



「冷めちゃうよ」と言うコノハの言葉に、みなが席に着いた。

暖かな日差しが差し込み、スープから湯気が立ち昇る。こんな人の多い朝食はいつ以来だろう。そんな悲観めいた、それでいて悪くない心地よさを感じながら僕は手を合わせた。



「いただきます。」

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