第3章
第14話 儚き月夜の夢心地
「儚い命と久遠の魂を引き換えに、愛する人達が笑えるならーーー喜んで差し出しましょう」
それは綺麗な月が浮かぶ雲ひとつない夜空に、どこか懐かしい声音が響いた。
僕は多分、この声を知っている。
この、川のせせらぎのように澄んでいるのに底が見えない深い藍色の様な声音を。
でもどうしようもなく。
僕の心が拒むのは、きっと幼い僕を傷つけたーーー世界で一番、残酷で優しい。恩愛をも呑む夜の海の様な声だったから。
月に照らされ、桜が舞う。
まだ肌寒いはずの季節に、僕は立ち尽くしていた。
目に映るのは、桜の木の側で語らう2人の男女。仲睦まじく語らう姿はカップルの様にも見えるのに、なぜだかそうは思えなくて。
不思議と神秘的な2人の姿を、僕はただボーと見ていた。姿形も朧げなそれはあまりにも美しくてなぜだか涙が溢れてくる。
僕は何に流した涙かもわからずに、ただ茫然と立ち尽くしていると1人の女性が僕の方へと向かってきた。
彼女は困った様に笑うと、僕の涙をそっと拭う。その手は冷たいのに、心地いい不思議な手で安心感が僕を包んだ。
僕の知っている母とはだいぶ違うのに、なぜだか母が脳裏に浮かぶ。
「貴方は生きねばなりません。
貴方を愛した者の想いを学び、だが為でもなく、あなたの意志で、赴くままに。」
そういい残して女性は僕の前から忽然と姿を消した。気づくとさっきまでいた、あの男性もいない。
そう脳が認識した途端。
僕はいい知れない不安に駆られた。知らない場所、知らない匂い、知らない誰か。僕を知らない、僕が知らない、僕だけを知らない。そんなところにたった1人で立っていると思うと酷く怖くなったんだ。
誰か。
誰でもいいから。
ーーーー僕を置いていかないで。
「…コノハ」
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