第12話 まだ見ぬ明日
モノノハナ霊峰の麓にコノハの住む家があるらしい。
そこに同居している親代わりの男。「トージは少し変わり者で、普段はあまり人と関わらないから最初は怖いかも」と、聞いてから僕は少し焦っていた。
---だって。
いくら成り行きで、どう考えても10対0であちらが悪いにしても。
僕が一週間限りの疑似恋愛契約を締結してしまったのは事実なのだから。
しかも、なんだよ親代わりって。めちゃくちゃ複雑なんだけど。親代わりの人里離れたところに住む、人付き合いしない男とか今日僕、死ぬの案件じゃん。
そんな思いをまた見透かす猫もどきは、僕の方を見てニタニタ笑っている。
こいつ…絶対性格悪いな。
「なぁ、コノハ?
僕、明日がくるかな?」
少しいたたまれない空気に耐えかねた僕は、ネルからコノハに話題を移した。と、言うより助けを求めた。
きっと大丈夫だよ。なんて微笑んでくれるのを期待して。
「…どうして、ホダカは"明日が絶対に来る"って思えるの?」
その一言に、僕はドキッとした。
僕の知っているコノハの一面と違うから、なのか。
それとも、僕の無意識の本質みたいなものに触れられたからなのか。
兎に角、僕の体から一気に温度が消えるのを感じる。
視線の先にいるコノハは僕に背を向けて歩いていて、僕には表情が読めない。
暗がりの中コノハの涼やかな声が静寂の中響いた。
「今夜の月だって見れるかわからないよ?」
先程の声とは打って変わって。
コノハのクスクス笑う声が聞こえてくる。
僕がその声にひどく安堵した後、次はネルが口を開いた。
「あら、今夜が最後の晩餐かしら?」
「それなら、とびきりのご馳走にしなきゃね!」
なんて、毒気の効いた女子トークに僕の体温が戻ってくる。
---なんだ、冗談かよ。
あまりのブラックジョークに緊張の糸が切れる。
「ねぇ、ホダカ。
---ドキドキした?」
「…僕の心臓に謝ってよ。」
本当に、可哀想だろ、僕。なんて冗談が言えるくらいには肩の力が抜けていた。
ごめん、ごめん。と笑う彼女は、僕よりちょっと大人みたいで、それがまた、心地いい。
きっと、コノハなりの気遣いなんだろうな。
僕の緊張を解くために。
さっきまで、僕の横を歩いていたネルがフワリと僕の肩に乗ってきた。
「自分で歩けよ、ネル」
「いいの?嘘から始まった恋に名前つけちゃって」
こいつ、コレを言うために、僕の肩に乗ったな。
---コノハに聞こえないようにするために。
「…うるさい。猫もどき」
僕の絞り出した声は恥ずかしさからか熱が籠る。
何故だか否定できない僕の情けない一言に、ネルは満足気に笑っていた。
「2人とも、着いたよ!
トージ!会わせたい人がいるの!」
---僕の心の準備もままならないまま、僕史上初の彼女のお父さんにご挨拶イベントなんて。
痛む心臓と泣き出しそうな胃に心の中でそっと手を合わせた。
---明日の朝日が見れますように、と。
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