第11話 愚か者の体現者




「ねぇ、ネル。

この巫女ってなんなの?」


展示されているからには、何か大事なものなのだろう。それがなんなのか知りたくて、僕は看板の文字に目を凝らす。



「ふふ。そうね…。


---それはきっと、“誰かが見落としてしまった祈り”を拾う人のことよ。


巫女の祈りだけが、空に届くと思っている"愚か者の体現者"ともいえるわね」



「今は分からなくてもいいわ」と、尻尾を左右に振りながら、僕たちを見つめる。見透かされているような、少し居心地の悪い視線だ。


僕の横にいるコノハは、難しい顔をしている。

ショックを受けているのかな。それとも、怒ってるのか。表情の変化は微かなもので、僕には読み解けない。


---でも。

それもそうか。自分の役割が、"愚か者の体現者"なんて。あまりいい気分じゃないよな。


興味本位で悪い事したな。僕はこの世界の人間じゃないわけだし。

そう思って辺りを見渡すと、どこか逃げ道を探すように1つの地図が目に止まった。



---1つの山を中心にできた5つの街の図。



「じゃあ、この地図!

本当にこんな風に街ができてるの?」


少し上ずる声を無理矢理隠して。

僕は不思議な構造をする地図の上の街を指差した。


まるで五行説のような図は、僕にほのかな馴染みと場違いな違和感を与える。



「この地は右回りでできているの。

中心にそびえるは、モノノハナ。

四つの季節、四つの祈りが、山の軸を回って循環してゆくのよ。生の均整がとれてて美しいでしょ?」



まただ。

ネルの言葉は、僅かに批判の色を滲ませている。

それは陽の当たる人達には見過ごしてしまいそうな、微かな仄暗い色。



「……見なさい」

尻尾の先で指したその先は、人々が忙しなく出入りしていた。

彩られた布、飾り、どこかで鳴る太鼓の音。


「七日夜、大きなお祭が開かれるのよ。


……かつては祈りだったもの。

今はもう、本当の意味なんて忘れられた、空っぽの祭。

それでも人は、踊るのが好きなのね」



祭なんて、大抵そんなものだろう。そんな思いとは裏腹に僕の口から出た言葉はあまりにも意外だった。


「……そんなものに、意味なんてあるの?」


ネルはまた、僕の心を見透かした様に笑う。

彼女の尻尾が草をひと撫でしてから、こちらへ向いた。



「意味を求めるのは、変えようと思う者だけよ。

……あなたは、どうなの?」



僕には、返す言葉が見つけられない。

けれど心の中には、火種みたいな小さな違和感があった。


しばらく、静寂が僕らを包んだ。その時ーーー


「あの〜……」

控えめな声が割り込んだ。


コノハだった。恐る恐る、手を挙げている。


「なんか……話の腰を折るみたいでごめんね、でも……」

「外、もうけっこう暗くなってるよ?」


言われて見れば、空はすっかり茜を通り越していて。

足元にも、遠くの家々にも、灯りがぽつぽつと灯り始めていた。


「このままだと、帰り道大変かも」


どうやら山裾の辺りに家があるようで、暗くなると危険なのだそうだ。


「トージの作るご飯、美味しいよ!」



そう言って。

彼女は、僕と一匹を引き連れて帰路についた。

帰り道にはコノハの歌声だけが響く。

それは夜道にそっと光を添える、街灯のようなあたたかな歌声だった。

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