第10話 風の示す先



ネルは語る。

それが役割だと知っているから----




「“縁”とは、気づいた者から始まるものよ。


だからあなたが立ち止まった時点で。

物語はもう、廻り始めているの。」



ネルはそう語ると、尻尾で看板を刺した。



---なにが、言いたいんだろ?


僕には少しも、わからない。

けれど直感的に、感じている。

ネルが僕たちの"何か"を知っている事を




「ネルは、どこからきたの?お家は?」


ここで口を開いたのは、コノハだった。

優しく語りかけるように、ネルと目線を合わせるようにしゃがむ。




---また、迷子?

あの時もそうだった。数刻前の邂逅の時も。


これがコノハの性格なのか---。

どれだけ探しても僕の思考からは出てこない言葉。深く考えていないような短絡的な言葉は、僕には少しだけ心地が悪い。

まるで喉に引っかかった小骨みたいに。



その問いに、僕は微かなひっかかりを覚えつつも、そんな性格なんだろうと飲み込んだ。




「お家……ね」


ネルの小さな呟きに、時がひと呼吸だけ止まったようだった。


「昔、あった気がするわ。

でも、ずっと前に見失ってしまったのかもしれない。

気づいたら、“帰る”という言葉だけが、宙ぶらりんになってたの」


その瞳は微笑んでいた。

けれどその奥にあったのは、拠り所のない僅かな濁り。



「だから今は、“ここにいてもいい”って誰かが言ってくれれば、それで十分よ」


軽やかにそう言って、ネルは地面にくるりと一回転。

尻尾の軌道で言葉の重さを風に混ぜる様に。



「ねえ、居場所って---。

自らが探すものでもあり、ときに誰かが与えるものでもあるでしょう?」



その言葉に、僕の心には温かさと得体の知れない喪失感が湧く。

このざわめきの理由が知りたくて。

コノハの方へ目をやるも、コノハの表現は僕には見えなかった。

でもきっと彼女は微笑みを浮かべているだろう。僕を連れ出した、あの顔で。



「さあ」


ネルはそう言って、もう一度尻尾を振ると、木の案内板の方へ軽やかに歩き出す。


「風が読めと言ってるわ。今なら、聞こえるかもしれない」

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