第9話 ネルという名の猫もどき



広場の奥、ひっそりと佇む屋根付きの展示。

古びた木の案内板に、ぐにゃりとした、見慣れない文字が並んでいた。


「あれ、なんだろう?

なにかの展示…かな?」


自然とそちらへ歩を進めようとした時、コノハが僕の手を引き、静止させた。

「うーん。」と煮え切らないコノハの反応は少し不自然だ。


「私、苦手なんだ、こういうの。」


難しそうでしょ?なんて言う彼女の顔は苦悶の色を浮かべていて


---きっと、勉強とか苦手なタイプだな。

と容易に想像がついた。



そんな彼女の反応とは裏腹に、読めないその文字に僕は引き寄せられる。それが何かもわからないのに。



---知りたい。無性に。



その時だった。


「--その感覚は、悪くない選び方ね」

風の上を転がる様な声。微かだがはっきりと僕の耳に届いた。


横にいるコノハも聞いた様で、僕たちは目を合わせる。


「こっちよ」


先程の声は、より鮮明に。

僕たちの背後から響いた。



振り返ると、そこには、二股の尻尾を揺らしながら、こちらを見上げる小さな生き物がいた。


むしろ、この生き物しか---いない。


---こちらの猫は、喋るのか?


僕の視線の意図に気づいたのか、コノハが真横に首を振っている。

そんな僕たちの戸惑いを知ってか知らずか。


この不思議な猫もどきは言った。


「“読めない”と思ったでしょう?

でも、あなたには、聞こえたはずよ。音も、意味も、あの木の下で。」


不可思議な言い回しが、より一層ーーー

この猫がただの猫でない事を物語っている。


「私はネル。あなたの言葉で言うなら


--そうね、案内人。あるいは、門番。」


ネルと名乗る、この不可思議な生き物は、小さく首をかしげて、目を細める。


---笑っているのか?

そこには、愛らしさと底知れぬ品位が同居していた。



また、風の上を転がるような軽やかな声で、ネルは語る。

"知りたい"という、僕の知識の欲を刺激するように。

無邪気な欲は、もう後戻りできない。

---そんな不穏を孕んで。



「あなたが見たいと願ったものは、きっと、もう隠しきれないわ。」

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